第41話 ワンダの嫌いなもの
「待て!」
俺がまさに、パラリシスを放つ瞬間ワンダ軍曹は叫んだ。
「話を聞いてほしい。」
俺は警戒心を露わにしたまま、沈黙で促した。
「お前の身の上は分かったつもりだ。ただ、私の直観が、お前は魔の者と捉えているのだ。」
「…魔族ではありません。」
「そうだな。お前は神の使いだと思う。ただ、元々の体の主に、わずかに…あるのだ。」
「…」
「お前がこちらに来る前だと思うが、訓練所に立ち寄るとお前が必ず目についた。第5組であるにも関わらずだ。」
「…そういえば、腹を蹴られましたね。殺す気だったんですか?」
「いや、そうではないが、訓練所に行けば必ずお前を見た。しかし、何も起こらなかった。」
ワンダ軍曹は、俺が転移する前からサーノに魔の匂いを嗅ぎ取り、定期的に観察していたらしい。
「ブレイブハート…」
「はい?」
「テノワル突入の際に、私が使ったスキルだ。力が溢れる感じがあっただろう。」
「…」
スキルはあまり公言しない方がいい。ワンダ軍曹はあえて、口にしている。
「私のスキルは、魔族には効果がない。訓練所の時にも、お前にスキルを使ってみたが、やはり効果はあったんだ。」
「だったら!」
「お前は魔族ではない。しかし、引っかかる。私は、お前を完全に信用してはいけないのだ。」
「そうなんですね…」
ここで、ワンダ軍曹の声のトーンが変わった。
「軍人として生き残るためには、躊躇なく殺すこと、そして臆病であることだ。」
「はい…」
「サーノよ。これだけは忘れるな。裏切る味方は必ず息の根を止めるんだ。温情など要らない。」
「分かりました。」
月が高くなり、テントに光が差し込む。
ワンダ軍曹は微笑んだ。
「…難しいものだな。私の頭はお前を信頼しているが、私の体は警戒している。こういう時は、大体殺していたのだが、今は分からないのだ。」
「…まぁ、人を完全に信頼するとかできませんから。仕事を一緒にして、信頼できなかったら殺せばいいんじゃないですか?」
「サーノ…」
共通の困難を乗り越える時、人間の本性が出るものだ。仕事で仲良くなることもあれば、『こいつとはもう一緒に働かねぇ』と決意することもある。『もう一緒に働けないね』という意思表示が、この世界では『殺す』それだけのことなのだ。信頼できれば、今は生かしておくが、命の保証はしない、まさに極道の世界だ。
「とにかく、俺が変なマネしなかったら、生き延びれるんですよね。」
「…その通りだ。」
「じゃ、俺はワンダ軍曹の信頼に応えますよ。」
「…そうだな。お前の言う通りだ。」
この調査を一緒にやり遂げようと、二人の気持ちがピッタリ重なった気がしたその時だ。
「魔族の匂いついでに、もう一つ言っておくと、私の最も嫌いなものは医者だ。」
「え?」
何だろう。
ワンダ軍曹の嫌いな属性をとことん身に着けてる俺って?
やっぱりここで殺されるのかな。
「昔の話だ。フンドが生まれた時に妻が死んだことは聞いただろう?」
「…はい。」
ワンダ軍曹は、テントの天井を見つめ話し始めた。
***
「もう少しだ、頑張れ!」
王都下級市民街にあるワンダの家で、クララが急に産気づいた。
慌てたワンダは、夕闇の中、懇意の産婆のもとに走り、往診に来てもらった。
産婆の声に合わせてクララが力を込め、ワンダはいきむクララの手を握り、無事を願った。
「ヒィーーーー!!」
クララが悲鳴に近い絶叫をあげるたびに、ワンダはクララの額の汗を拭き、励ました。
「ヨイショ!!出たよ!」
「オギャー!オギャー!」
産婆が赤子を抱える。
「ワンダさん、そこのお湯持ってきて!」
「はい!」
ワンダは、産婆のそばに産湯を走って運んだ。
「そんなに慌てなくていいんだよ!」
産婆は、微笑みながら、赤ちゃんを産湯につけて、へその緒を切った。
「ほら、元気な男の子だよ」
布で水滴を拭きとりながら、産婆は赤子を抱いてクララの見えるようにした。
「…私の、赤ちゃん…」
クララは涙を浮かべながら赤子に微笑みかける。
ずいぶんと落ち着きを取り戻したワンダは、クララと産婆の様子を見ながらつぶやいた。
「よかったな…」
しばらくすると、クララの顔色が青白く変わった。ワンダは、心配そうに産婆を見ると、
「アリャリャ。よく血が出るね。胎盤が硬いね、これは…」
「婆さん。クララは大丈夫なのか?」
「当り前さね。と言いたいけれども…」
産婆が顎に手を当てる。
「ワンダあんた、貯金はあるんだろうね?」
「…どうしてそんなことを聞く?」
「お医者を呼んだ方がいいかもしれないね…」
ワンダの顔つきが変わった。
「何言っているんだ!いくら金を積んでも、連中、獣人なんか診ちゃくれねぇだろうよ。婆さん、あんた、この王都で、獣人がどんな扱いされてるのか知ってるだろ?」
「知ってるさ。痛いほど知っている。でも、あたしゃ直感を信じるようにしてんだよ。」
ワンダは押し黙った。
「クララ、お前はどうだ?」
「私は…実験台にされるのはイヤ…」
「クララ…」
そうしている間にも、クララからは血がダラダラと流れ続けており、時間はあまり残されていなかった。ワンダは大きく息を吐いた。
「クララ、医者を呼ぼう。ちょうど先の戦役で褒賞が入ったばかりだ。一応念のために、医者に診てもらえばいいんだ。婆さん、どこに行けばいい?」
産婆が、腕のいい医者と紹介してくれた、ガナシア治療院にワンダは向かった。夜も更けており、治療院の門は固く締められていたが、ワンダは門を叩き、
「妻を助けてください!お願いです!」
と、懇願するように何度も叫んだ。
しばらくすると、陰険な目つきの男が現れた。
「獣風情が。何事だ?」
ワンダは、拳を握りしめた。
頭を下げつつ事情を話した。
「先生は不在だ。それに医術は獣人にはもったいないものだ。二度とここに来るな!」
「そこを何とか!」
「黙れ!」
「まぁ待ちなさい、ゴルゴン。」
門の奥から、白衣を来た男が現れた。
「先生!」
「話を聞くと、患者は出血で瀕死だ。獣人よ、助かるとは保証できんが、それでもいいか?」
「はい!お願いします!」
先生と呼ばれた男は頷いた。
「ゴルゴン。いつもの往診セット、それと例の止血薬を持ってきなさい。」
「先生、お代の方は?」
男はワンダを気遣うように見た。
「獣人。私の治療代は高いが、払えるか?」
「…分かっています。助かるなら命に代えても払います。」
「案内しなさい。」
ワンダと医者たちが、クララの元に駆けつけると、産婆は必死に止血処置をしていたが、クララの表情はさらに青白くなっていた。出血がひどいことは一目瞭然だった。
「ガナシアだ。これは、ガマから抽出した止血剤だ。これを染み込ませて、患部に当てよ。」
「はいよ。」
ガナシアは止血剤入りの布をゴルゴンから受け取り、クララの元にいる産婆に手渡した。
しかし、出血が治まる様子はなかった。
「…思ったより出血がひどいな。」
「先生、どうしますか?」
ゴルゴンと同様、ワンダもガナシアの答えを待った。
沈黙の時間が、ワンダを押しつぶすかのようだった。
ガナシアは口を開いた。
「獣人、お前の妻の容体はかなり悪い。出血の根元を取る。つまり、この女は、二度と子を産めなくなる。いいか?」
ワンダは急な決断を迫られた。
とはいえ、ここに駆けてくるまでに、『何としてもクララの命だけは救いたい』その気持ちだけは固まっていた。クララは返答できる状態ではないため、ワンダが答えた。
「先生、お願いします。クララを助けてください!」
ガナシアはゴルゴンに対して、的確に指示を出していく。
「ゴルゴン、患者の子宮を摘出する。その際に、栄養動脈を残らず結紮する。麻酔剤。」
「産婆どけ。」
ゴルゴンは、産婆を追いやりながら、クララの口元に布を当てた。
間もなくクララは意識を失った。
「クララ!」
「心配するな。スネークビーの毒を薄めたものだ。じきに目を覚ます。円刃。」
手術が始まった。




