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第40話 静かな夜

 洞窟の壁画に、現状と似ているところがあることを見出した俺たち。

 ルッソが、『ドラゴンが近くにいるかもしれない』とか、おっかないことを言うもんだから、俺は帰りたくなっていた。


「サーノ。『調査はここまでだ』と言っても、この先どうするのだ?」

 ワンダ軍曹が俺に問う。

 

「ケープリアに結集しているだろう軍の助力を得ます。あらかた話は分かったので、我々の調査は終了し、この状況をまず報告するべきかと思います。」

「あたしもサーノ訓練生の意見に賛成かな。みんな、嫌な予感があるんでしょ。」

 レナ教官の言葉に、皆がうつむく。


「ちょっ、ちょっと待つったい!森が腐っちゅーのはどうすると?」

 パリーが慌てて、引き上げムードの俺たちを止めにかかる。


「パリー、何も見捨てるとは言ってないぞ。援軍を得て、十分に力を蓄えてドラゴン征伐に向かうんだ。そうだな。10年くらい先の話だ。」

「そげん待ったら、森がなくなるばい!」

「えぇと…そうだパリー。一緒に森を出よう。森はこの世界には、たくさんあるんだから、たぶん。」

「ダメたい!このトルバの森にはじっちゃんの魂が眠っとると。絶対守らないけんと!」

「パリー…」


 パリーが食い下がるので、『どうしたものかな』と鬱蒼と茂る木を見上げる。


 ワンダ軍曹が、口を開いた。

「しかし、軍としてはもう少し確度が高い情報でないと動けないぞ。」

「えっ?」

「当然だ。ドラゴンとなれば厄災級の魔物だが、この目で確認できたわけではないからな。軍は動かすだけで、金がかかる。『進軍して何もありませんでした』では、司令官の首が飛ぶぞ。」

「魔物が暴れるのを黙って眺め、無辜の民の命が失われてもよいとおっしゃるのですか?!」

「その民に重い税を課して、軍は動いている。軍の浪費は許されない。それは、民に対する背任行為だ。」


 ワンダ軍曹は、ここでニヤリとした。

 …悪い予感しかしない。

「サーノよ、お前がそこまで、民を思う人間だったとは意外でしかないが、要は確度の高い情報を得れればいいのだ。」

 ワンダ軍曹は俺を見る。


(ヤバいよヤバいよヤバいよ)

 頭の中で、俺の生命警戒音(通称デガワ)が鳴り響いた。


「私とサーノが偵察し、本当にドラゴンがいるか確認する。」

「ちょ、このバカ犬、死にたいのか!」


 あ、言っちゃった♡


 おや、ワンダ軍曹が爽やかな笑顔を浮かべて近づいてくる。

 逃げなきゃ。おっと、足を持ち上げられた。そして…

 ジャイアントスイングきたーーーー!!

 

「ウオリャーーーーー!!!」

 ワンダ軍曹は咆哮をあげた。


 そして、ハンマー投げのように、俺は空高く放り投げられたのだった。

 

 ぎゃーー。


 グングン高度が上がっていくところで、周囲を見ると、ひときわ高い山の一部が黒色に禿げて、黒が森を侵食している様子が見て取れた。


(あの黒は何だ?)


 そう考えていると、俺は落下に転じ、今度はグングンと地面が近づいてくる。


 ズボーーン!!


「ホワタ!!」

 俺は、燃〇よドラゴンで、オハラを踏んづけた時の表情のまま着地した。

 地面が随分と掘れたが、意外にも…


「折れてない!」


 歩けるのだ。だいぶこの間の戦いで身体機能が上がったことを自覚した。


「何か見えたか?」

「…あちらに黒色の何かに侵食される森がありました。」

「行くぞ。」

「えー。さっきので足が折れましたよ。」

 俺が、歩けないことを猛烈にアピールしていたら、

 

「サーノ、僕も行くよ。」

「ワタシモ、イク」

 ルッソとヒーちゃんも行くと言い出した。何を言っているんだ。


「いやいや、君たち、これは物見遊山じゃありませんよ。下手したら死ぬんですよ。ぼかぁ、そんな命知らずなこと反対だなぁ。」

「分かってるよ。でもこのまま、知らないふりもできないし、もうしたくないんだ。」

「ルッソ…」


 ワンダ軍曹がニヤリと笑う。

「お前たちは、もう第5組じゃない、第1組なんだ。自分の力で未来を切り開く、そういうものだ。」


 俺は、ヒーちゃんを見やった。

「ヒーちゃん、これは、もしかしたら嫌な記憶が戻るかもしれないぞ。それでもいいのか?」

「ワタシ、ナゼコノカラダ二ナッタカ、シリタイシ、モドリタイ」

 ヒーちゃんは、強い眼差しで応えた。


 俺は、振り返って、レナ教官とパリーに伝えた。

「なんかもう3人ともやる気満々で逃げられそうにないので、レナ教官は、訓練所まで戻って現状報告お願いします。俺たちが数日戻らなければ援軍の手配も。」

「わかったわ。」

「パリー、途中までレナ教官の道案内を頼む。」

「わかったばい。あと、その黒い笛は証拠になるかもしれんけ、軍に渡すったい。」


 俺の心にワンダ軍曹の、『高値で売れそうだ』という言葉が響いた。

 

「いや、これは、俺が持っておく。捜索の手がかりになるかもしれない。」

「わかったばい。気を付けるったいね。」


 俺たちは二手に分かれた。



 空に放り投げられた時に見えた山がトルバ山といって、この辺りで一番高い山とのことだった。トルバ山から森の侵食が起こっていたことから、俺たちはトルバ山に向かった。


 日が暮れ、森の中で野宿する。運んでいるテントは二つだったので、一応、俺はヒーちゃんと2人で寝ることを提案したが、却下となり、男3人、一つのテントで眠ることになる。


 とはいえ、一人は見張りで外なので、実質二人だが。


 今の時間帯はルッソが見張りをしてくれていて、俺とワンダ軍曹が休みの番だ。


 地球でいったら今は夜の12時を過ぎたあたりか。


 病院当直と魔物の見張りは全然違うけど、命が懸かっているところは似ているかもしれない。こっちは自分の命を朝までつなぎ、病院はなんとか患者の命を日勤帯までつなぐということで。

 俺が物思いに耽っていると、ワンダ軍曹が話しかけてきた。


「元の世界にも夜はあったのか?」

「ありました。」

「静かな夜だったか?」

「いや、俺は医者をしてましたからね。急病人の担ぎ込まれる音で騒がしかったですよ。」

「お前の世界では、医者は寝ずに働くものなのか?」

「7日のうち3日は、夜寝ずに働いていました。」

「…死ぬな。」

「はい、死にました。」

「医者は奴隷だったのか?」

「…たぶん違うと思います。」


 自信なくすな〜。

 新型コロナウイルス感染症の流行で、エッセンシャルワーカーだなんて褒めそやされるけど、医者なんて確かに低時給の長時間肉体労働だ。ワーケーションなんて夢のまた夢だったな。


「家に帰れないだろう、それだけ働けば。」

「…はい。」

「私も、遠征があると、なかなか家に帰ることができなかった。『フンドの気持ちを考えなさい』と姉にはいつも言われたものだ。」

「ワンダ軍曹は、男手一つでフンド君を育ててきたんですよね。」

「いやいや、育てられてない。」


 ワンダ軍曹がフーと息をついた。

「子どもに何か買って帰ったことはあるか?」

「…本当にたまにですね。」


 思い起こせば、息子のヒカルにプレゼントを買って帰った記憶があまりない。誕生日プレゼントは妻のサユリが用意してくれていた。それに今の時代なんでもネットショッピングだ。大きなプレゼントを抱えて家路につくお父さんは、もう少なくなったと思う。


「遠征先で珍しいおもちゃの剣があってな。それをフンドにあげようと買ったんだ。何で自分がそうしたのか、今では分からないけど、バカだったな。フンドが喜んでくれるだろうと思ってすごくウキウキして帰省したんだ。でも、フンドは気に入らなかったのか、そのおもちゃの剣を放り投げた。」

「…」

「今まで、フンドに手をあげたことはなかった。でも、その時は…知らないうちにフンドを殴っていたんだ。」

「…」

「姉の剣幕はすごいものだった。でも、フンドの怯えた目に、心が折れそうになった。教会や家族を守るために剣を握っているのに、おもちゃの剣を投げられた位で、子どもを殴り、愛を失った。」

「いや、それは…」

「子どもが子どもを育てているようなものだ。父親として後悔ばかりだ。」

「…それは違いますよ、ワンダ軍曹。」

 ワンダ軍曹の視線とぶつかる。


「子を持って知る子の恩といいますし、未熟な人間が親をやって成長していくんです。子どもに手をあげた拳の痛み、心の痛みを決して忘れず、父親としてフンド君を何回でも慈み愛せばいい。今を生きてる軍曹には、それができるんですから…」

「サーノ…」

「俺には、もう何もできない。何もしてあげられない…」

 見上げるテントの天井が滲む。



「いい父親だな。サーノは。」

「いえ…全然ダメでした。」


 俺の鼻をすする音が響く、そんな時間が長く続いた気がした。


 ワンダ軍曹はおもむろに体を起こし、つぶやいた。

「…私は、お前を殺すつもりだ。」


 俺は一気に警戒レベルを引き上げ、無詠唱の黒魔法を放とうとした。

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