第27話 覚悟
訓練所長室にて。
「ご高配ありがとうございます。」
ベイズ訓練室長はユバル団長に頭を下げて言う。
「久しぶりに、一騎当万と言われる、魔物を蹂躙する団長の勇姿を拝見できると思ったのですが。」
ユバル団長はベイズを見やる。
「ベイズよせ。あの時私も若かった。…魔国との戦争が終わった今、軍事衝突の機会は限られている。実際の戦場で、若手の登用を考えるのは、当然だ。」
「はい。」
「最近の王国は、弁の立つ文官が幅を利かせるようになった。それはそれで、民の平和の為には大事だがな。」
「王都では、宰相がその権勢を振るっているとか?」
「フフフ、ベイズよ。貴様は宰相閣下に、思うところがあるのか?」
「いえ、滅相もありません。」
「私は一騎士に過ぎない。民のために異端を斬るのみ。内政にとやかく言わん。」
「しかし、力がなければ、民を守れますまい。」
「危機管理としては、力が必要だ。他国が、我が国のように徳高いのであれば、心配は要らぬというものだが、なにせ神をも恐れぬ蛮族どもだ。文官は、蛮族に餌をチラつかせ、彼奴らを黙らせておけばよい。しかし、一度こちらに攻め込もうものなら、我が教会騎士団をもって、神の威光がここにあることを心根から分からせねばならぬ。」
ユバル団長は空を睨む。
ベイズはその雰囲気に息を呑み、話題をかえる。
「して、魔物どもの防衛にあたり、今年の訓練生は、団長から見ていかがでしょう?」
「そうだな、体術の程度は可も不可もなくというところか。まぁ第1組については、我々と任務をともにすることがこれまであったからな。大きく実力を見誤ることはなかった。ただ、アレンが敗北したことには、多少の驚きはあったな。」
「団長は、ずいぶんとサーノを買っていらっしゃるように思います。」
「フフフ、そう見えるか?お前も面白いと思っているのだろう?」
「はい。」
「サーノの体術も、生き残りの戦略もユニークではあったが、結局奴が、どうやってアレンを下したのか、私には分からなかった。もちろん、スキルはそう明かすものではない。脅して教えろとは言わないが、この防衛戦をどう戦うのかで、奴を見極めたいと思う。」
「なるほど。しかし矢面に立たせるのは、やや厳しいのでは。」
「いざとなれば、ここにいる教会騎士団だけで、魔物どもは蹴散らす。訓練生参加はあくまで実戦経験だ。訓練生に実害が出ないよう、後方支援は怠らんつもりだ。」
「ありがとうございます。」
「それに、命が懸かっている場面ほど、人の本性が出るものだ。苛烈な作戦下で、サーノの奴がどういう策を練ってくるか楽しみではないか?もちろん、敵前逃亡するならその程度の器だが。」
「そうですね。」
フッと、ユバル団長は苦笑いを浮かべた。
「しかしまぁ、リサは苛烈だな。あれは参謀に向かない。人を道具として考えねばならぬ場面もあるが、それは極めて限られた状況だ。」
「申し訳ありません!」
ここでターニャ副訓練長が深く頭を下げる。
「いや、いいのだ。訓練生の瑞々しい感性が、戦況を大きく変えることは、歴史が証明してきているからな。とはいえ、裸の女を馬に縛り付けるというのは…笑いをこらえるのが辛かったぞ。」
「大変失礼しました!」
「ターニャよ。それで、魔法攻撃部隊は、もう魔物の裏を取っているのだろうな?」
「はい。ここにいるレナ以外の攻撃魔法士はすでに、魔物の裏へと走っています。レナは、訓練所正面で迎え撃ち、訓練生を援護します。」
レナは、痴話喧嘩のポンコツな雰囲気と180度異なり、髪をかき上げ自信ある様子で答えた。
「はい、魔法攻撃部隊は抜かりありません。最大火力で、敵後方に一撃を加えた後、諜報部とともに戦線を即座に離脱します。…諜報部の訓練生には、服を脱がなくてもよいと伝えておきます。」
ユバル団長は、その返答を受けて、ベイズに指示する。
「分かった。では、ベイズよ。訓練生が死なぬように、訓練所職員による後方支援も頼んだぞ。」
「はい、分かりました。」
軍議も終わりだという雰囲気の中で、ターニャは口を開いた。
「しかし、この魔物の侵攻、気になります。」
「…ターニャもそう思うか。」
ベイズは何の事だ?という様子で、ターニャとユバル団長の二人を見る。
「はい、そもそもオークジェネラルが厄介とはいえ、1万を率いることができるかというと微妙です。何か、裏で手を引いている者がいることも想定した方がよろしいかと。」
「そうだな、この混乱に乗じて、良からぬことを考えている者がいるかもしれない。怪しい動きをしている者がいれば、すぐ捕縛せよ。また早急に、テノワルの町に調査隊を派遣し、事の詳細を見極める必要がある。」
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講堂についた、俺とワンダ軍曹は、なぜか訓練生の歓声を受けていた。
(なんだこれは?)
すると、第1組でアレンとタッグを組んでいたジギが近づいてきた。
「サーノ、ここでは力が全てだ。訓練生最強だったアレンをお前は決闘でもって倒した。それに、タッグを組んでるお前が言うなと思うかもしれないが、アレンは、驕り高ぶっていて、訓練所内の評判は悪かった。」
ここに集まった訓練生達から、「ありがとー」「助かったぞー」という声が聞こえてくる。アレン、お前って奴は、かなりヘイトを集めていたんだな。まぁ死人を悪くは言うまい。しかし、こんなに講堂に人が集まるものなのか。
俺は、ジギに目を向ける。
「そうか。聞いているかもしれないが、明日は魔物と戦うことになる。」
「諜報部から聞いた。」
「一万だぞ。」
「諜報部から聞いた。」
「魔物に殺されるのかもしれないんだぞ!」
「そうかもしれないな。」
「兵站の管理とか、魔物と戦わない役割もあるし、場合によっては戦地から離脱できるんだぞ。」
「戦うだけが仕事じゃない、それも分かっている。」
「じゃなんで、男子訓練生ほぼ全員がここに集まっているんだよ?!」
「俺たちに安らぐ場所はない。そうだろ?」
ジギが、講堂に集まった訓練生を見やり、尋ねる。
「そうだー!」「人間の裏切りの方が、魔物より怖い!」などの反応があった。
そうだよな。
ここにいる連中は、鑑定色が黒ということで、迫害を受け、親兄弟を殺されるか凌辱されるという凄まじい経験をしている奴が多い。
この訓練所で『強い奴が偉い』という、シンプルなルールの中でしか、もう生きられなくなっている。完全に人間社会の落伍者だ。
「死ぬ気なのか?」
俺は、ジギに問うた。
「死なないための訓練をこれまでやってきたつもりだ。」
ジギは、強い眼差しで俺を見た。
俺は天を仰いだ。
マジで、やるのか。
こいつら、人間社会で生きることに絶望し、『魔物との戦いで死ぬならそれでいい』なんて考えが透けている。俺一人逃げたところで、結果は変わらないだろう。
とはいえ、俺がこいつらと一緒に戦って、何か変わるのだろうか?
しかし…
「若い奴らがみすみす殺されるのも気分が悪いな。」
俺は覚悟を決めた。




