第26話 不可解な作戦
脳筋訓練所長のベイズが「クソッタレ!」と罵る、オークジェネラルについては、所長が既に熱くなってしまっているので、有益な情報を得られそうになかった。
ワンダ軍曹が口を開く。
「オークが畜生以下であることは確かだが、その上位種となると、知能もあり、かなり厄介だ。魔物が統制など取れるはずもないのだが、彼奴がいるなら話は変わる。」
ワンダ軍曹によると、基本的には魔物は多種になることはなく、組織的な動きはできないらしい。しかし一部の高位の魔物は、別種類の魔物も統率することがあるという。
オークジェネラルも統率できる高位の魔物とされている。しかも人間の女を使って繁殖を試みようとするものだから…
陥落したテノワルの状況は推して量るべしだ。
ベイズが怒り心頭になるのは分かる。
リサの報告は続く。
「魔物どもは、ウ・デス川沿いにある街道を通り、当地へ侵攻してくると思われます。」
ウ・デス川は、遠く東に離れたパレニス山脈から、貿易都市ケープリアまで流れる、西国随一の大河である。
この訓練所も、陥落したテノワルもウ・デス川から近い場所にある。この大河がもたらす肥沃な土地で、この地域は、西国の食料庫となっている。何度も訓練所の講義で出てくる話である。ちなみに、ベーラの実家はこの地域の食料を火国に輸出し、一財産築いているというわけだ。
まぁ、進軍は、水源の近くが便利なので、このオークジェネラルは小賢しい。
「短時間の斥候活動にも関わらず精緻な報告だ。ありがとう。」
ユバル団長は、リサを見る。
「貴様ならどう戦う?リサよ。」
リサはチラッと、ターニャを見る。
ターニャが頷くのを確認して口を開く。
「僭越ながら申し上げます。こちらの戦力は、教会騎士団20、戦闘可能な訓練生300、戦闘可能な訓練所職員100、その他の戦力100程度。対する魔物は10000。と圧倒的な兵数の差があります。」
ユバルは、頷いて続きを促した。
「ただ、魔物たちはその種類によって侵攻速度が異なり、徐々に魔物の密度が疎になりつつあります。数の差を覆すには、斥候に陽動を行わせ、魔物どもを分断し、各個撃破。明日には到着が見込まれる、ケープリアからの援軍をとともに彼奴らを蹴散らすのが得策かと。」
リサが述べ終わると、ターニャは苦笑いした。
俺は、リサの戦略はいい作戦だと思うよ。
孫子の兵法でも、『実を避け、虚を撃つべし』と言うし。さすが諜報部のエースだな。
「いかがなさいますか?」
ベイズが、ユバル団長に尋ねる。
「悪くない。が、私がいることを忘れていないか?」
「…? も、申し訳ございません!」
リサが土下座する。
「リサよ、頭を上げろ。普段の異端狩り程度では、私の力を貴様に見せることが出来ていなかった。それで戦力分析をせよというのは、ちと酷というものだったな。」
「はっ!」
「一万は私が斬る。以上だ。」
はっ?
寝ぼけてんのかな、この人。
「分かりました。では、ユバル団長の一太刀にお任せしましょう。」
ベイズが頷きながら言う。
一太刀って、おいおい。ベイズも大丈夫か?
ターニャが、リサに諭すように言う。
「ユバル団長の聖剣技は、魔物が幾ら押し寄せようとも、浄化の光により無に帰せる。しかし、距離があると、剣技が届かぬ。つまり、魔物をより密集させ、一気に葬り去るにはどうすればいい?」
「先頭の敵を食い止めつつ、後方の敵を加速させる…分かりました!」
そこでリサが一呼吸入れる。
「男子訓練生には、先頭の魔物集団に対して侵攻を食い止めさせます。後方のオークどもには、女子訓練生で釣ります。女の裸を馬にくくらせ、最前線方向へ走らせれば、彼奴らは食いつくでしょう。そうして敵を密集させたところで、訓練生もろとも、ユバル様の一太刀を放てば、一気に葬れるかと。」
リサの考えを聞いて、ベイズはユバル団長に視線を送る。
スゲーな、ぶっ飛んでんな。
そんな訓練生もろとも叩き斬るような、人権無視な作戦が成り立つわけ…
「その通りだ、リサ!ただし訓練生もろともではなく、合図で離脱させ、私が一太刀を加える。惜しかったな!」
ユバル団長が深く頷き、リサを褒める。
成り立つんかーい!!
一太刀がどんなものか知らないが、合図ごときで、聖剣技の射程から訓練生全員が逃げられるのか?
訓練生全員囮大作戦じゃねーか!
ユバル団長が軍議参加者全員の顔を見渡し、宣言する。
「今からこの魔物防衛戦を、ガーと来たのをギュッとしてポン作戦と命名する。通称ガーギュッポン作戦だ。」
ベイズが続く。
「今から、この訓練所長室は、ガーギュッポン作戦司令部とする。作戦は先程のとおりだ。各部隊に作戦の詳細は追って伝えるので、まずは部隊の士気を高めておけ。重要な情報等あれば、ガーギュッポン司令部に集中しろ。」
頭湧いてんのか、こいつら。
いや、作戦の中身もそうだが、ネーミングセンスも壊滅的だ。ガーと来たのをギュッとしてポンってなんだよ。ポンって。
先の大戦では、その希望的観測、情緒的なメンタリズム、その場しのぎの司令系統で、旧日本軍は壊走した。そのノリの遥か斜め上を行っているぞ。
だいたい『ガーと来たのをギュッとしてポン』とかで、部隊の士気が高められるわけないだろ!
ユバル団長はリサに、引き続き斥候部隊から情報を集中しろと指示を出し、退席させた。
今度は俺の方を見やり、言った。
「サーノ。貴様が訓練生をまとめよ。できるな?」
できるわけねーだろ!
今まで、ゴミの5組って言われてた奴の話を誰が聞くんだよ!
「一つ質問よろしいでしょうか?」
俺はユバル団長に問いかけた。
「なんだ?」
「聞きしに勝るであろう、団長の聖剣技ですが、魔物に航空戦力がいた場合はどうしたらいいのでしょうか?」
ユバル団長は嬉しそうに笑う。
「鋭いな。貴様が指摘するように、我々にとって、脅威なのは、ドラゴンやワイバーンと呼ばれるドラゴンもどきがいた場合だ。確かに私の聖剣技も届かないだろう。しかし、その心配は現時点ではない。」
「なぜでしょうか?」
「飛行できる魔物は、鳥たちと違って、飛行時に独特の波長を出すのだ。その波長に反応する魔道具は、現時点で反応していない。航空戦力は脅威だからな、斥候には必ず、その魔道具を持たせている。」
戦艦武蔵が、太平洋戦争で、ハエにたかられるように戦闘機に沈められたことは、大砲主義が機動力に屈した証左だ。
ユバル団長の聖剣技が、大砲と同じで、敵機動力の前には無意味な事を訴えて、作戦撤回としたかったが、そうしたハエどもは、敵戦力にはいないらしい。
うーん。この囮大作戦の変更は難しいのか。
どうしたら、この場を切り抜けられる?考えろ、考えるんだ!
「勤勉で優秀な者は、いつでも我が参謀として迎え入れたい。しかし、サーノには如何せん戦闘経験がないからな。ワンダ軍曹とともに、魔物どもの前面に立ち、訓練生を率いて戦うとよい。」
なんでやねん。戦闘経験というより死んでまうやろが。
こうなりゃ泣き落としだ。
「ユバル団長!私には、過分な任務です!」
「サーノ、貴様には期待している。下がってよいぞ。」
「ユバル団長!」
ユバル団長に縋りつこうとしたが、ここでターニャが割り込んでくる。
「サーノ訓練生!下がれっ!」
「いや、しかし。」
「しかしもかかしもない!貴様には、訓練生を早急にまとめる任務がある。すでに、諜報部で、貴様に協力するメンバーは講堂に集めている。ワンダ軍曹もいらっしゃる。そう臆病風に吹かれていては、将の器とは言えんぞ!」
将の器とか要らんわ!俺は管理職が大嫌いなんだ!
しかし、これ以上の問答は無用だという雰囲気になっていた。
「はい…」
俺は観念した。
ターニャは、俺の返事に頷き、
「貴様はとにかく戦い、ルッソ訓練生に魔物の指一本近づけるな!行け、サーノ!」
と、指図した後、ターニャはワンダの方にクルリと向いた。
「それでは、ワンダ軍曹殿、この不束者をよろしくお願いいたします。そして、ルッソたんの安全をお守りください。」
最後に糞腐女子ターニャが、私情を思い切りぶっこんで来やがった。
俺は、追われるようにガーギュッポン作戦司令部をあとにした。
しかし、これは死ぬぞ。
前門に1万の魔物、後門に無慈悲な聖剣技だ。
横を歩くワンダ軍曹を見るが、微笑をたたえているだけだ。
俺は、これまでの行動を振り返りながら、合法的に始末されてしまう理由を探した。そうこうしているうちに、訓練生が待つ講堂の扉の前に着いた。
(落ち着け。これまで何度もこの土下座で切り抜けてきたじゃないか。何とか逃げ出そう。)
俺は、額に手を当てた。
意を決して、扉を開いた。
「サーノだ!」「おおっ!」
歓声が俺を包んだ。
えっなんで?




