第25話 痴情のもつれ
いよいよ、この訓練所に残って、魔物防衛戦に身を投じる者と、ケープリアに避難する者との別れの時間は迫ってきた。
気が立ったベーラに話しかける。
「ベーラ。落ち着いて聞いてくれ。」
「何よ。」
「俺もルッソも、ここで魔物と戦うことになる。この意味は分かるな?」
「うん…」
「俺たちが、食い止めなければ、すぐそばのケープリアも危険になる。だから、何かあれば、絶対逃げろ、生き延びるんだ。」
「ちょっと、やめてよ。ユバル団長もいるんだから絶対に勝つんでしょ。」
「ベーラ。物事には絶対ということはない。そうだろ?」
「ええ…ってあんた、まさか?」
「もちろん、生き伸びる。今度は俺たちからベーラに会いに行くさ。」
「サーノ…」
「もう一度、飛び込んでこいよ!しばらく抱きしめてやれないんだから…」
「え、えっと…そんな…急に…」
「お前の洗濯板、受け止めてやる!」
「死ねよ!」
ベーラの鉄拳をもろに胸に受けた俺は、まだ肋骨が折れていたことを思い出し、悶絶した。
「ぐぉぉぉ…」
俺がうずくまっていると、ベーラが振り返った。
「必ず会いに来なさいよ…」
フンドの手を引いて、集合場所に向かった。
ルッソは、うずくまる俺に肩を貸し、起き上がらせる。
「サーノ、大丈夫かい?あのさ…そんなに頑張らなくていいと思うよ。」
青いな、ルッソ…
お前は、まだ若いから『揺さぶり乙女大作戦』の威力を知らんのだ。
『私はあいつのこと、好きなの?嫌いなの?あいつは、私のこと好きなの?嫌いなの?』そんなことを枕を噛みながら考えるのが、乙女は大好物なんだ。カリギュラ効果なのだ。
そうしてあらかた俺に注意が向いたところで、鼻くそをぺろりと食べてみる。恋の終着地点へ一直線だ。
若者の恋愛とは、実らぬものなのだよ。
そして、目が覚めたベーラは、いつもそばにあるルッソの優しさに気づき、恋愛成就するのだ。
ルッソよ。まぁ、俺に任せて、大船に乗ったつもりでいろ。
俺は何も言わずに、ドヤ顔とともにサムズアップした。
ルッソは首を傾げた。
*
軍議が行われる訓練所長室に向かうと、部屋の中から、けたたましい音が聞こえてきた。
「お、落ち着け!レナ!」
あの声は、ワンダ軍曹。
「失礼します…」
俺は、会議が踊って進まないのかと思い、慎重に所長室の扉を開く。
部屋の中を探ると、さっきのフード教官がワンダ軍曹に馬乗りになり、腕を振りかぶっていた。フルボッコだ。
えっ、何これ。
議論が白熱している雰囲気じゃないぞ。
「おい!ここは、軍議の場だぞ!」
ユバル団長が、呆れたように言う。
部屋にいるのは、ユバル団長、訓練所長、ターニャ副訓練所長、ワンダ軍曹と、レナと呼ばれたフード教官と俺の6人だ。
「ワンダ!お前は子どもがいるにも関わらず、あたしを弄んだのか!?」
レナ教官がワンダ軍曹を問い詰める。
俺は全てを悟った。
ほほほ。驚きましたよ。
まさか、妻子がいながら、それをひた隠し、見た目麗しい女性と性的関係を持つなんて。
まさに外道。
夜の軍事演習で、その巨砲をぶっ放していらしたのですね!
その漢っぷりに、俺は敬礼で応えた。
ワンダ軍曹は、訓練所長の方をすがるように見やる。
訓練所長が、やれやれと首を横に振りながら、ため息まじりに言った。
「レナ。俺がワンダに、子どもがいることは黙っていろと言った。それに、お前とワンダは別に男女の関係ではなかろう。」
なんと、ここでプラトニック!
プラトニック不倫。それは、最も複雑で純粋な愛の形だ。
というか、町一つ陥落しているのに、こんな痴情のもつれを話していていいのか?
軍議はどうした?
俺は、ユバル団長を見ると、団長は天を仰いでいた。
「体を重ねたかなど関係ないだろう!ベイズ、なぜそんなことをした?答えろ!」
レナ教官が興奮そのまま、訓練所長に問い詰める。
「レナ、お前の精神状態が危うかったからだ…」
所長は、レナ教官に頭を前後に揺さぶられながら答えた。
ベイズ訓練所長とレナ教官の話を、俺なりにまとめるとこうである。
ベイズ訓練所長とレナ教官とワンダ軍曹は以前、教会騎士団内で、同じ魔物討伐チームに属していたらしい。レナは、ワンダに明らかな好意を寄せていて、気持ちの揺れによって、攻撃魔法の力が大きく変わるという驚くべきポンコツぶりを発揮していたらしい。
ワンダには子どもがいることを黙らせ、レナには『魔法で活躍したら飲みに行こう』とだけ言えと、ベイズは指示した。
ワンダの関心を引くために、レナの魔法はどんどん向上した。そしてチームも波に乗っていたのだが、「待てど暮らせど、ワンダとデートできない』と、レナはむしろ苛立ちが募るようになった。
最終的にはベイズの手引きにより、ワンダは他の部署に転属となったということだ。
…だからチームに男と女がいると面倒なんだよ。
こうして、ベイズ訓練所長がレナ教官に首を締められてるし、ユバル団長は死んだ魚の目になっている。ターニャ副訓練所長は、なぜか目をランランと輝かせていた。今の話に興奮する要素あったか?
もうこの連中に肩書は要らないな。
ベイズが涎を垂らしながら失神したところで、レナがワンダ軍曹に目を向ける。
「それでも、ワンダは、あたしに色目を使ってただろ!奥さんと子どもがいながら!」
「…妻は、死んだ。フンドが生まれた時にな。」
えっ、そうだったの?
男手一つでフンドを育てているのか。
「そ、そうか…悪いことを聞いたな…」
レナの歯切れが悪くなる。
この軍議の場に雰囲気もへったくれもなかったが、レナがトーンダウンしたので、ワンダ軍曹は、渋い男やもめ顔で言う。
「とはいっても、姉にフンドを預けたりして、業務優先でやってきたことは確かだ。」
「そうなんだ…」
「もういいか?」
ユバル団長が、しびれを切らしたように言う。
この部屋にいた、全員が強く頷く。ベイズも涎を拭きとり、訓練所長顔に戻っていた。そして、何もなかったように場を取り仕切り始める。
「この場にいるのは、ユバル騎士団長、ワンダ軍曹。訓練所側からは、私ベイズ、ターニャ諜報部長官、レナ魔法部長官、そしてサーノ訓練生代表です。訓練所としてはこれが最高戦力です。」
ユバル団長がうなずく。
「分かった。それで、今後の作戦ついてだが。」
「それに関しては私が。」
とターニャがキリッとした雰囲気で話を始める。
「まずは、教会諜報部を加えた当諜報部の精鋭に、魔物の位置、規模、侵攻速度、離散の程度を測らせています。」
「いつ頃情報が得られる?」
「もう間もなくかと。」
その時、部屋の扉を叩く音がした。
「リサです。魔物侵攻について報告です。」
「入れ。」
「はっ!」
リサがスッと部屋の中に入り、ターニャの側に控える。
「リサ、報告しろ」
「はっ!魔物どもの群は、訓練所から北東に約80の距離。その数約10000。侵攻速度は毎時5。率いるはオークジェネラルです。」
「オークジェネラルだと!?それは本当か?」
ベイズは思わず声をあげた。
オークってあのオークかな?エロゲーでエルフと仲良しこよしの?
「はい、間違いありません。」
「なんということだ…」
ここは、恥を忍んで聞くしかあるまい。
『オークとエルフとの絡みは観れますか?』って。
「発言を許可してください。」
「なんだ、サーノ?」
「その、オークジェネラルというのは、どのような魔物なのでしょうか?」
「訓練生ならあまり出会うことはないだろう。」
ベイズは、少し間をとり、吐き捨てるように言う。
「オークジェネラルは、オーク族の最上位種だ。彼奴らは、他種族の女を苗床にする残忍かつ狡猾な連中で、一言で言えばクソッタレだ!!」




