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第18話 御前試合、始まる

 ターニャ副所長が、去った後、俺とルッソはしばらく言葉を出せずにいた。


「行かないよね?副所長の練習場…」

「当たり前だ!ターニャは相当こじらせちまってるし、なによりルッソの貞操が危い!」

「怖かった。人ってあんなに、ギラついた目が出来るもんなんだね。」

「あれは、最上位捕食者の目だ。絶対に近づいてはいけない…」


 俺とルッソは、おしっこをした後のように、ブルっと震えた。


 それから俺たちは、関節技や、寝技の訓練は人目を避けてやるようにした。

 以前感じていた視線を追うと、諜報部の女子たちが覗いていたことが分かった。

 お前らヒマなのかよ!


 ターニャ副所長は、俺たちの訓練に顔を出し、汗を拭く為の布を持って来たことがあった。ルッソに手渡し、『風邪を引くかもしれないから、今すぐ拭きなさい』というから、ルッソが体の汗を拭くと、すぐにもぎ取り、天高く掲げた。そして、布を絞り出して、ルッソの汗を飲んだかと思うと、何かを唱えはじめた。


 俺たちはすぐにその場から逃げ出した。

 ルッソは震えていた。

 ターニャ副所長は、既に壊れてしまったのだろう。


 早く異端審問かけられればいいのに。


 ターニャ副所長の練習場に行くことは当然なかった。



**



 暑い季節が過ぎ、ついに運命の日がやってきた。


 御前試合だ。


 新入りである13歳前後の鑑定色:黒の少年たちが入ってくる。

 女子には女子の序列の決め方があるため、この御前試合は男子だけの取り組みになる。この御前試合は、女子訓練生をはじめ、外部の者も観戦できることもあり、ちょっとしたお祭り騒ぎである。


 秋を感じる涼やかな風が流れたと思うと、楽隊の音楽が流れ出す。


 異端殲滅騎士団、通称:教会騎士団の登場だ。


 その先頭を歩いているのが、堂々とした体躯が鎧越しでも分かる、金髪碧眼の男、ユバル・ロコルその人である。

 歴代最強の異端殲滅騎士団長の呼び声高く、歴戦の猛者である。


 しかし…


「ユバル様ー、きゃー、ぎゃー、ひでぶ!」


 最後なんか起こったか?


 いやはや、この耳をつん裂くような女子の奇声に辟易する。この熱狂ぶり、ビートルマニアも顔負けだ。

 そりゃ、少し歩けば風が流れるような、見た目爽やかで、たぶんマッチョ高身長で…

 

 何だろう。死ねばいいのに。


 モテる要素をゴテゴテ盛れば良いってもんじゃないだろ、男というのは。


 俺は生前決してモテたわけではない。ただ、結婚はしていた。


 結婚できない非モテ男子には、3つのことを、この際言っておきたいと思う。

 まずは、『清潔感を大事に』だ。身なりを整え、1か月ごとに美容室に行くことは大事だ。

 次に、『良い人であれ』ということ。とにかく女の話を聞け。次の話を促せ。そして何でもいいから褒めろ。何もなければ『俺と違って、すごいんだね』とか曖昧なことを言えばOKだ。

 最後に、『身の程を知ること』だ。もっと良い女がいるはずなどと思うな。その女は、既にお前にはもったいない。

 この3つを実践すれば、気がつけば結婚している。そういうものだ。


 だから、女にモテる努力もせず、自分のルックスに胡座をかいてる奴が、俺は…


「だーいきらいだい!」


「サーノ、どうしたの?」

 ルッソが心配そうに俺を見ている。


「いや、あの金髪サイコ野郎。性格が歪んで見えたんだ。」

「何言ってるんだよ!ユバル団長は、本当に人格者だよ。寒村の危機には、それこそ率先してクワを持って駆けつけ、寄付もしたと聞くよ。」

「…軍としての訓練はどうしたよ!農作業している場合じゃないだろうが!」

「僕に怒らないでよ…でも、ユバル団長、これまで敗北を喫したことは、一度もないらしいよ。」


 なんだよ…


 天は二物を与えずって言ってたじゃないか。

 ルックスが良くて、歴代最強の騎士団長で、泥臭く人助けする人格者なんか…


「畜生めぃ!だーいきらいだい!」


 ルッソが、悲しそうに俺を見ている。


 いいのだ。

 俺は決してブレない。いつでも非モテ男子の擁護者だ。



 御前試合の『御前』というのは、『教会幹部』の目の前でという意味だ。

 しかし、坊主ではなく騎士団長がこの御前試合にきたことは初めてという。

 場はすでに、異常な盛り上がりを見せている。

 女子だけがユバル団長にワーキャー言っているわけではない。

 男子もだ。

 というのも、この試合で活躍したほとんどは、教会騎士団に入職することになるのだが、騎士団長に直接アピールできる機会は、そうあるわけではない。

 なので、男子諸君も鼻息を荒くしているわけである。


(あぁ、鼻息がかかりそうで、ヤだヤだ…)


 今、俺たちはゲストの騎士団長を前にして、野外競技場に整列している。その数ザっと250名程度。これから御前試合が始まる。


 ユバル団長が壇上に立つ。


 ユバル団長は、少し時間をとり、周りを見渡している。

 観衆は熱狂からシンと水を打ったように静まりかえる。

 そしておもむろに口を開いた。


「西国は停戦を迎えた。我々は、軍備を解き、その平和の果実を噛み締めるべきなのか?いな、始まりなのだ!」


 観衆が、ユバル団長に熱いまなざしを向ける。

「機が熟せば、また彼奴きゃつらは、この西国を蹂躙せんと攻め込んでくるだろう。」


 ユバル団長は、大きく息を吸い込んだ。

「諸君!!異端殲滅騎士団、いや、西国は、私を超える英雄を欲している。英雄の座を、その手でつかむのだ。奮闘を期待している!」


 サッとマントを翻し、階段を降りていく。


 静まり返った会場から、どこからともなく「ユバル様、万歳!!」という声が上がった。

 万歳の声が会場を包み込み、熱気が最高潮に達した。


(ばんざーいって、将軍閣下かよ。)

 俺は、周囲に冷ややかな視線を向けていると、こちらを見ている男に気が付いた。


(イカ臭アレンか…)


 目力めぢからだけで人を殺すつもりなのか、恐ろしいくらい俺を睨んでいる。そして、いやらしく笑ったと思ったら、観客席の方に目をやった。その視線の先を追うと…

 ベーラがVIP席に座っていた。


 再びアレンに目を向けると、こちらに向かって舌なめずりをしてきた。


 キモっ!


 あいつ、久しぶりに見たけど、キモさに磨きがかかったな。

 きっと、口から墨ではなく、精を吹き出し、女性を恐怖に陥れるイカ怪人め。

 許さ゛ん゛。



 主賓の挨拶が終われば、御前試合、つまりバトルロワイヤルが始まる。20m四方のリングに10人が選手として上がり、最後まで生き残った者が勝ちというシンプルなルールだ。

 降参するか、戦闘不能になるか、リングから落っこちるかで敗北が決まる。

 リングは5つ用意され、それぞれで戦いが行われる方式だ。1つのバトルロワイヤルに制限時間30分が設けられている。

 それぞれのリングで5試合行われるので、今日1日で御前試合は終わる。

 第1組と第5組は、均等にそれぞれのリングに割り振られる。第1組や、第5組が1つのリングに固まった場合、力の判定に不公平感が出るからだ。

 そして、横並びのリングで、来賓席から一番よく見える3番リングに、俺は縁がある。


 なにせ、今年を含めて3年連続でここで戦うことになるからだ。


「辛い思い出だ。」

 俺はひとりごちた。

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