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第16話 禁断の黒トレ

「はぁ、はぁ、死ぬ…」

 隣で、ルッソが白目を剥いて倒れている。


 ほんの出来心で、胸痛を引き起こす黒魔法:アンジーナを自分たちにかけて、ランニングをしたら、いつもの3倍は違う負荷になり、吐いた。


 ほんの出来心で、麻痺を引き起こす黒魔法:パラリシスを自分たちにかけて、ビーチフラッグをしたら、吐いた。


 ほんの出来心で、暗闇を引き起こす黒魔法:ダークを自分たちにかけて、組み手をしたら、股間にルッソの一撃が入り、悶絶し吐いた。


 黒魔法を使ったトレーニング、通称『黒トレ』は究極の加重トレーニングだが、見た目が地味すぎる。同じ第5組の奴が、俺たちの尋常じゃないへばり様に呆れていた。


 しかし、効果は絶大だ。


 『アンジーナ』をかけると心肺負荷になるのか、スタミナが上がり、『パラリシス』から体を動かすのは神経リハ的な負荷なのか、神経と筋肉の連動がよくなり、全体として体の動きにキレが出てきた。『ダーク』は、目で相手を追うことだけではなく、気配を読むという能力を改善させると思う。


 黒魔法だけではない。


 俺は、鑑別スキルの新しい使い道にも気が付いた。


 というのも、野外訓練で、ポピュラーな毒キノコに何となく鑑別スキルを使った際に、なんとキノコが黄色く光ったのだ!


 それで、この鑑別スキルを用いると、毒や病変は黄色に光ることを導き出し、以来訓練のために日々の食事にも鑑別をかけて、毒を盛られていないか確かめるようにした。


 もちろん、野外訓練では、少しずつ訓練所から離れた場所で、無理ない程度にレベルの高い魔物も倒し、レベルを上げていった。


 この『レベルが上がる』は、俺が異世界を感じる瞬間だ。


 明らかに地球にいた時と、体の動きが違う。


 例えば、俺は今、100mを10秒を切る程度で走れるだろうし、片手で懸垂や、逆立ち腕立て伏せを軽々できる。よくある『地球と重力が違う』というわけではない。明らかに魔物を倒し続けている中で、『壁を超えている』という実感があるのだ。


 ルッソも同じように体の次元が変わったことを実感しているので、多分、こちらのレベルを上げていない人間と地球人の身体能力は変わらないと思う。


 さらに、驚愕の出来事が起こった。


「ルッソ、レベルが上がっているぞ…」

「本当だ…」


 黒トレを始めてから、野外訓練をしていないのに関わらず、レベルが上がったのだ。


 ルッソも聞いたことがないらしい。

 黒トレでレベルが上がったことは、ルッソの仮説によると、『魔物は神様が与えた試練であり、神様の名を借りる魔法に被曝ひばくすることも、神様の試練と見なされるから』ということだ。


 じゃ白魔法を受け続ければレベルが上がるのか?

 このあたりは調査が必要だ。


 とにかくだ。


 体が壊れない程度に、黒トレを続けて、アレンに負けない力が必要なのだ!


「ルッソ、次は関節技と寝技の訓練だ!俺は自分にパラリシスをかけて、お前の仕掛けた技を返す。それを交互にするぞ!」

「分かったよ!」



「サーノ、大丈夫かい?」


 いかんいかん、自分を追い込みすぎた。


 ルッソがアキレス腱固めをしかけてきたところで、パラリシスとアンジーナを自分にかけると、あまりの痛さと呼吸困難で気を失った。


 塩加減と黒魔法はほどほどにだ。


 足は…動く。関節は粉砕されていなかった。


 それにしても、ルッソも力強くなったな。


 寝技と関節技をほどほどに訓練した後、俺たちは、訓練の振り返りと、ツボにはりを刺して身体を回復させた。


 俺、こんな真面目だったっけ?と思うが、ベーラをいやらしく見ているアレンの精子みたいな顔を思い浮かべると戦意が湧いてくる。

 ルッソの熱意にも当てられて、スポ根漫画顔負けの特訓風景になっている。

 時々、何か視線を感じることもあるが、また第5組の奴らが、嘲笑っているんだろう。くそー、負けないぞ!



 ルッソと組み手をしている時に、どうしても気になっていたことを確かめることにした。


 アレンとの戦いの時だ。


 あの時、アレンは、右ストレートに全体重を載せて、◯ルトラマンのように飛び込んできた。俺は相手の右ストレートを、右手で外側に払いつつ、クロスカウンターの要領でそのまま右肘を、相手の鼻っ面にぶつけてやろうとしていた。


「ルッソ、お前右手で俺の顔に打ち込んで来い!」

「えっ、こうかい?」


 俺はルッソの右パンチを右手で払った。すると近い距離にルッソに顔があり、ちょうど右肘をルッソの顔にくらわす位置になる。


 右肘をルッソの顔に当てる真似をして寸止めする。


 なぜか周りで息を呑む雰囲気があった。


「ルッソ、この体勢から、俺の左こめかみを殴ってみろ。」

「え?できるわけないよ!」


 そりゃそうだ。


 この体勢からパンチを俺のこめかみに当てれるわけがない。しかしあの時、俺は、左こめかみに衝撃を受けて、アレンとの勝負が決まった。


 パンチが見えなかったのだ。


「ありがとう、ルッソ。」

「うん、この体勢からこめかみ殴れるって、人間技じゃないね。」

「そうだな…」



**



 鬼気迫る黒トレをサーノとルッソが行っている頃、訓練所の諜報部では、『ある監視対象が尊い』ということで話題は持ちきりだった。

 副所長であるターニャには、諜報部の長を務めていることもあり、諜報部から様々な情報が上がってくる。その中には、アレンの情報ファイル、新たに監視対象になったサーノの情報ファイルもあった。


「アレンは元々監視対象だからな。」


 アレンは、訓練所でもトップレベルの実力があるので、教会騎士団の実務に時々同行しているが、その素行は問題視されていた。特に、諜報部の女子にも、アレンの盗賊狩りの様子は筒抜けで、思うところがあった。


 とはいえ、諜報部としては、仕事さえ完遂すればいいので、アレンの行動は不問としていた。


「まぁ盗賊狩りにおける奴らの非道について情報封鎖が大変になってきていたが、あの事件で、少しは頭を冷やしたか。」


 事実、アレンの訓練態度は改善している。第5組相手に受傷したのは、屈辱的な経験であったに違いない。


「…サーノは、どうだ?」


 ターニャはサーノの情報ファイルを手に取り、読み進めていくと、わなわなと手が震えた。

「この文書の報告者を至急呼び出せ!」



「長官!報告したのは私であります!」

「この書類に記載された内容は事実なのか?」

「事実であります!」


 ターニャは、鋭い眼光を諜報部員に向けた。


「異端審問に当たる内容なのか?」

「それは…おそらく客観的には、そうだと考えます。」

「しかと見たのか?」

「それは…」


 この報告している諜報部員は女子訓練所のトップの者である。騎士団に同行し、経験を重ねているが、まだ、実務経験は少ない。


「貴様を信用しないわけではないが、訓練生に最も重い処罰を下さねばならぬ異端審問だ。私が直接監視する。いいな?」

「分かりました!」

「このことは、絶対に言外するな!」

「分かりました!」

「諜報部長官の名に懸けて、この報告の真偽を確かめてやる!」


 諜報部員は、見たこともないターニャの意気込みに威圧され、呆然と立ち尽くすのであった。

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