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第15話 起死回生の手術

 アレンは、『こいつの責任です!』と下品な政治家のように、俺に責任をこすりつけてきた。


 所長はじっとアレンを見て、口を開いた。

「訓練生アレン。君は右下腿を受傷し、サーノ訓練生は左肘と急所である左のこめかみを受傷している。急所を狙わず、急にスネを殴ってくる奴がいるかな?」

「それは…」

「いろいろ勘案して、この処分とした。」

 所長はため息混じりに言った。

「むしろアレン。君にとって寛大すぎる処置といってもいいと思うが。」

 ジロリとアレンを見る所長には、威圧感があった。


「…分かりました。」

と、アレンは顔を歪ませながら答えた。


 所長が俺に目を向けた。

「訓練生サーノ。君もこの処分で不服はないか?」

「ありません。」


 所長はにっこりうなづいた。

「それでは、二人とも訓練に励むように。今度私闘があった場合は、二人とも問答無用で、強制労働送りとする。しばらく監視下に置くので、普段の行いに注意しなさい。以上だ。」


「2人とも退室しろ!」

 ターニャ副所長に指示され、俺とアレンは退室した。


 部屋を出たアレンは、案の定、絡んできた。


「御前試合で、合法的にベーラの目の前で殺してやる。」


 ベーラは、毎年御前試合を観戦しに来る。

 外部の人間が観戦するためのチケットがあるらしく、意外と人気で簡単に手に入らないとベーラが以前言っていた。


 アレンがベーラをオカズにしていた期間は年単位だ。


 若いというより、キモい。


「そのイカ臭い、イカみたいに折れ曲がった右足をどうにかしてから言えよ。」

「ほざいてろ。白魔導士を呼んだ。俺のこれまで貯めた給金がふっ飛んだがな。明日には完治するだろう。」

「なんだと…」


 俺の左肘のコンディションを考えると随分と不利な状況だ。


「せいぜい、この残された3ヶ月お祈りでもして腕を治してろ。まぁ、棄権しても、闇に紛れて殺すけどな。ヒァハー!」


 そうして、アレンは右足を引きずりながら去っていった。



**



 サーノとアレンが去った後、所長とターニャは2人について話していた。


「それにしても。面白いな、サーノという奴は。」

 所長が愉快そうに言う。


「そうでしょうか。私には単なるセクハラ男に見えますが。」

 ターニャが、眉を潜めて吐き捨てるように言った。


「そうだな。しかし、第1組のトップと闘って、足の骨を折った事実は大きいぞ。」

「そうかもしれませんが。」


 スッと所長の顔つきが険しくなる。

「しかも、アレンはスキルを用いたんだな?」


 ターニャも険しい顔になり、

「アレンがスキルを用いた『熱』が現場に残っていたこと、これまでの騎士団における彼の戦闘経験を照らし合わせると、間違いないかと。」


 所長は、背もたれに体を預け、天を仰ぐ。

「訓練所内で、対人にスキルを使用したら、王令違反で死刑だ。その事実さえ忘れるほど、アレンは追い込まれた。」


 所長はニヤリと笑った。

「サーノという奴が面白いというのは、当然の評価だな。」

「はい…」


 所長の職種は重戦士という、まさに脳筋なジョブで、『強敵、即ち友』というよく分からない理論を持っている。

 強者に対して、親愛の情を持ち、拳を合わせてきた。というか、戦わないと仲良くなれない病気だ。


 ターニャは大きなため息をついた。


「オラ、ワクワクすっぞ!ターニャ。あの二人の監視は怠るな。もし、何かしらの違反があれば、手ずから心根を確かめてやる。」

「承知しました。」



**



「それで本気なのかい?」

 ルッソが心配そうに聞いてくる。


「本気に決まっているだろう!1カ月も休んでいられるか?」

「それもそうだけど…」


 俺たちは今、野外訓練の準備室にいる。

 そして、今まさにルッソが、俺の左肘にナイフを突き立てようとしていた。


「ポンチの怪我を見ただろう。回復薬を直接骨にかければ、骨がくっつく。」

「それはそうだけど。だからといって、骨折を治すのに、肉を切る人なんか初めて見るよ。」

「ルッソ、常に常識を疑え。進歩は常識を破ったところにあるんだ。」

「…分かったよ。じゃ、いくよ!」


 グサリッ!


 痛ーー…くない?

 スゲー、合谷ゴウコクスゲー!


 肘の手術をする前に、鑑別スキルを用いて、自分のツボに鍼麻酔はりますいを行っていた。

 たしかに、触られて、刃が皮膚を切っているのはわかるが、痛くない。不思議な感触だ。


「あらかじめ書いておいた線に従って、皮膚を切ってくれ。」

 俺は、ルッソに指示を出しながら、尺骨肘頭しゃっこつちゅうとうつまり、骨折した肘部分を露出しようとした。


 俺は上腕の筋肉、肘部管ちゅうぶかんと同定しつつ、ルッソに解剖の知識を伝えた。そして見えやすいように、右手に持った食事用フォークで術野を広げる。

 ルッソは出血があれば、回復薬を優しく細い棒を使って少量注ぎ、器用に止血していく。


 手術の際は、出血を抑えるために、腕の根元にきつく布を巻いている。つまり時間が経てば経つほど、俺の腕には血が流れなくなって、最悪腐ってしまう。

 かといって、布をほどけば、手術野は出血で見えなくなってしまい、手術どころではなくなる。


 手術は、時間との戦いなのだ。


「ルッソ、そこに見えたのが骨折部だ。ここに回復薬を!」


 俺はフォークで肘頭部を固定し、回復薬をかけてもらう。

 当初、転位骨折はないと思っていたが、上腕三頭筋に引きつられて、骨折線が大きく広がっていた。

 ルッソに牽引けんいん矯正してもらいながら、回復薬を骨折部にかけていき、俺は鑑別スキルで骨折部の黄色い光が消えるのを見届けた。フォークで骨をつつき、しっかりくっついたと確信した。


「よし、完璧にくっついている。あとは閉創へいそうしよう。」

 30分砂時計の砂が落ちるか、落ちないところで、手術が終了した。


 現代日本の肘の手術でも、手術時間30分といえば、たいしたものだ。


 ゴッドハンド、ルッソ誕生の瞬間である。


「ルッソ、ありがとう!お前には、整形外科の才能がある。」

「サーノの言われたように手を動かしただけだよ。」

 ルッソは恥ずかしそうに言った。


 肘を動かした時の痛みは、完全によくなった。

 ナイフを突き入れた部分の傷も分からないほどである。

 この回復薬を見ると、異世界に来たこと、そして地球で死んだことを強く感じる。



「アレンの奴、許せないな…」


 ルッソがここまで怒るのは珍しい。


 俺は、ベーラをシコシコ覗いていたアレンが、御前試合で合法的に俺を殺すつもりらしいという話をした。

 ルッソは静かに聞いてくれていたが、怒りをあらわにした。

 ルッソの満身の怒りを受けて、俺も改めて、『くそー』と思うようになった。


 アレンのような腐った性嗜好をもったイカ野郎につける薬はない。

 強姦はクソなのである。


 昔、恥を忍んでレンタルしたアダルトビデオに強姦シーンがあると、『チクショウ!表紙の女優だけでなく、裏のシーン解説もしっかり読めばよかった!』と最悪な気分になったものだ。加えて強姦された女が、男の言いなりになるという展開も、許せなかった。


 だから、俺はもっぱら痴女系ジャンルにお世話になった。女上司しかり、女家庭教師しかりである。


 やはり行為には最低限の合意というか、愛が必要だと思うんだ。


「サーノ?」


 いかんいかん。また崇高なことを考えてしまった。


「とにかくルッソ、ベーラを変態イカ野郎に穢されるわけにはいかない。」

「うん!」

「しかし、アレンとの実力差は歴然としている。」

「うん!」

「この3ヶ月は、死線を超えるようなトレーニングが必要になる。」

「うん!」

「やってやろう、ルッソ!第5組でも、ここまでできるんだということを見せてやろうぜ!」

「うん!」

「訓練に黒魔法を取り入れるぞ!」

「えー。」


 地味だけど、効果的だと思うぞ。たぶん…

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