第13話 恋愛の終え方
季節は流れ、汗ばむ時期になってきた。
ルーチンワークと、魔力切れを起こしてから就寝するという独自の魔力成長プログラムを組み合わせた、サーノ・ブートキャンプを始めてもう3か月程度になる。
また、4回程度野外訓練を行って、レベルも3から15に上がった。場違いな強敵に出会うこともなく、順調そのものだった。
時々、同じ第5組の連中が、武器を隠すなど、くだらない嫌がらせをしてきたが、回復薬の瓶を割られるようなことなく、野外訓練中に暗殺されそうになることもなかった。まぁ可愛いものだ。
いつの時代、どの世界にも、頑張ろうとする者の足を引っ張る奴はいるものだ。
人間の本質だね。
「訓練生、サーノ、ルッソに面会者だ」
係の教官から告げられ、俺たちは面会室に向かう。
面会の最短間隔3か月で、やって来てくれるのは、ツンデレ女子ベーラだ。
速記官の女性の前で立ち止まり、敬礼とともに
「サーノ、ルッソ、参りました!」
「入れ!」
というやり取りをして、面会室に入る。
「ちょっと。何となく雰囲気変わった?」
「まぁな。かなりルッソと一緒に訓練頑張っているぞ。」
「そうだね。」
「ベーラの顔色もいいみたいだな。」
「そうかしら。」
たしかに前回よりも顔色はいい。
加えて、前回のようなキツいコルセットはしておらず、夏に良く似合う花柄のワンピースに清楚な白い帽子をひざ元に抱えていた。
「それで便p…」
「ベーラのその服、とても可愛らしいね!!」
ルッソが俺の問診にかぶせてきた。
ベーラは少し頬を赤く染め
「そうかな。ちょっと正装と違うけど、これもまたいいかなって。」
ルッソが俺の方を睨んでいる。
いやいや。
俺がいきなりウンコの事を聞くようなデリカシーのないおっさんに見えるか?
そうじゃなくて、前回の面接から、三か月間の食事療法、運動療法を行って、効果あったのか、医師として責任をもって聞く必要があるわけだ。
まぁ、質問は『便秘は治ったか?』だけどね。
「ベーラ、シャバの方はどうだ?」
前回の面会の時も、やってみたかったんだが、ちょっと小声ドヤ顔でアウトローな感じに聞いてみる。
ほら、ここって刑事ドラマでよく見る、拘置所の面会室に似てるじゃん。
「シャバ?何の事か分からないけど、街の様子は変わらないわ、平和そのものね。魔国との停戦協定結んでしばらくなるから。戦争税が減った分だけ、私たち商人にはありがたいわね。」
魔国というのは、俺たちのいる西国の北西にある魔族の国だ。西国とは海を隔てているが、数年前まで、西国と魔国は戦争していた。
「先の戦争では、商人たちは、たんまり儲けたんじゃないのか?」
「人聞き悪いこと言わないで。私たちはヤクザな武器商人と違うの。うちの主力商品は農産物で、火国に輸出することよ。戦争中は、農産物をかき集めるのに大変だったんだから。名誉毀損で訴えるわよ。」
火国とは、西国と海を隔てて南西にある国らしい。なんでも生活魔具と言われる魔道具が優れているらしいが、砂漠のような厳しい気候で資源は少なく、食物は他国からの輸入に頼っているらしい。
「すまんすまん。」
「まぁいいわ。停戦の影響もあって、教会は喜捨料を減らして、貴族以外にも白魔法の治療が受けられるようにしたわ。戦争で駆り出されていた白魔導士が帰ってきたから、次は、戦争に疲弊した国民を癒すことが神の思し召しということだわ。」
「ふーん、そこらの金取るだけの生臭坊主と違うんだな。」
「あんた、何てこと言うの!」
ベーラが青筋を立てる。
「今の教皇台下だからこそ、他の土着宗教に寛容だし、国民こそ大事という教会方針になったのよ。あんたの何千倍は懐の深い方なんだから!」
…ヤバイことを口にしたか。
後ろの速記官の気配も変わったからな。どうやら教皇をイジると危うい。
「訓練で、心がやさぐれたのかもな。台下のご尊顔でも眺めて、心安らかにしたいものだ。」
「ふん。教皇台下は、地方巡教を積極的にやってらっしゃるから、訓練所にも来ていただけるかもしれないわ。」
なるほど。
ちょっと教会に対するイメージが変わったな。
現場の話をロクに聞かず、現場ファーストなどとほざく病院管理者もいるが、現場に足を運んで意見を聞くトップというのは、共感できるぞ。
「ふーん。とにかく、街が平和を取り戻していくのはいいことだよな。」
それからルッソにアイコンタクトを送る。
『?』マークを顔に浮かべていた、ルッソだが、血の気が引いていく。
「サーノ!?」
「ところで、ベーラ。お前、好きな奴いるのか?」
ブッとベーラが息を吐き、ルッソは目を白黒させている。
「はぁ?今の話、どこに恋バナ要素あった?バカなんじゃないの?!」
「街に平和が戻れば、人は恋に生きるもんだろ。街に恋人の一人や二人いないか気になったんだ。」
「頭湧いてんじゃないの?」
「いないんだな?」
「いないわよ!」
「俺たちを待っているということでいいんだな?」
「は?ルッソには帰ってきてほしいけど、あんたは鉱山で果てやがれ!」
「は?鉱山でイケなんて、俺を無機物フェチかなにかと思っているのか?」
「そんなこと、言ってねーよ!」
ベーラが腕をまくる。
「サーノ訓練生!」
後ろから速記官の声が鋭く飛んでくる。
ベーラもハッとした表情で、振り上げた手を下ろす。
情報収集は終了だ。
ベーラには、他に好意をもった男はいない。
ただ、良家のお嬢さんだから、ボヤボヤしていると見合い相手とか湧いてきそうだが。
俺はベーラに切り出した。
「俺たちは、ベーラの元に帰りたい。」
「…」
「だから、俺たちは今、血を吐くような訓練をしている。ルッソ、そうだよな!」
「そうだよ!」
「だから何よ…」
「俺たちが帰るまで、結婚するのは待ってくれないか?」
グッと真剣な表情で、ベーラを見つめる。
「別に…結婚しないし…」
ベーラが真っ赤になって下を向いて言う。
「約束だぞ。約束するって言ってくれ!」
「本当、今日あんたおかしいんじゃないの? …分かったわよ、約束する。」
やや、ベーラがうるんだ瞳で言うようになってきたので、雰囲気を戻しておく。
「ありがとう、ベーラ。君は俺の言うことを守って、食事、運動頑張ったようだね。」
「うん。なるべく野菜も摂るようにしているし、歩くのも頑張っている。」
「なかなか、言われてできることじゃない。自分を誇ってほしい。」
「…そうかな。」
「毎日出るようになったんだな?」
「うん、毎日出るよ…って、何言わすんじゃい!」
俺も、34年間を禁欲坊主で過ごしたわけではない。
恋愛もして、結婚もして、子どももいる。いわゆるオトナの男なのである。
誤解を恐れずに言うと、女を幻滅させるのは簡単なことだ。
例えば、好きでもない女が、俺に猛烈なアタックを仕掛けてくるとする。
ここで、『好きじゃないから』と誠実にお断りをする。すると、女は片思いを続けてしまう。
これは、お互いのために、よくないことだ。
どうするべきか。
簡単だ。付き合うのだ。
逃げれば、追いかけたくなるし、追いかけてくると、逃げたくなるのが、人の常である。
まずは、逃げない。そして、付き合う。
その後、女の目の前で、ペロリと鼻くそを食べる。そして連絡を絶つ。
万が一だが、女からまた連絡をしてくることもある。
また目の前で、ペロリと鼻くそを食べる。
この繰り返しで、百年の恋も一瞬に冷める。
幻滅は、恋愛の本質でもあるのだ。
ルッソの恋路のためには、俺は鼻くそを食べる覚悟なのである。
「時間だ!退室しろ!」
速記官が声を出す。
「ちょっと…」
ベーラが手招きするので、耳を傾ける。
「最近、ここを出るときに、妙にやらしい視線を感じるの。なんか怖くて。」
俺とルッソは顔を見合わせる。
「「それは、自意識過剰だよ。」」
「お前ら、耳の穴から手突っ込んで、奥歯ガタガタ言わしたろか、ゴルァァァ!!」
「…ベーラ嬢?」
速記官がベーラをなだめる中、俺とルッソは面会室から退室し、すぐに第三棟へ駆け出した。




