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第11話 父親の後悔

「君は誰なんだい?」

「…」

 ルッソがズバリ本質を聞いてきた。

 俺は逡巡したが、打ち明けることにした。


「俺は、佐野トオル。神の使いだ。」


 いや、嘘ついてないからね。

 サーノに取り憑いた時、女神アンダンテが、『神の使い』って言ってたらしいし。


「…そうだったんだ。あの殴られた時に、サーノに何か憑りついたと思っていたんだけど。神様の使いだったんだ。いや、だったのですね。トオル様?」

「別に敬語は使わなくていい。今まで通りのサーノと呼んでくれ。」

「分かったよ。」


 さすが、ルッソ。いくら誤魔化しても見抜いていたよね。俺のやり方をいろいろ不思議に思っていただろうに、合わせてくれて…いい奴だな。


 フッと、ルッソが笑った。なんか中性的で、きれいな顔立ちだな。


「いや、てっきり、心の薄汚い、小汚いおっさんが乗り移っちゃったかもしれないと思って、すごく心配していたんだ。」

「…」


 ハイ、のっぺらごま塩様復活しました!

 完全復活です。


 醜い心を抱えて今日も必死に生きている地球の皆様、いや、同志、お待たせしました。

 今からこのイケメンに目にもの見せてやりますよ!

 プライドとか全部、へし折ってやるんだから!


「…サーノ?」

「しかし、以前のお前たちの野外訓練についてだが!」

「うん。」

「お前たちは貧弱で、いつも魔物から逃げ回っているばかりだったな。」

「そうだね…」

「それが、どうだ?!今日、俺が来てからは、魔物と戦うことが楽になっただろう!」

「その通りだよ。本当にありがとう!」


 ぐはっ!

 なんだその、本気のありがとうスマイルは!

 のっぺらごま塩様30のダメージ!


「…サーノ?」

「しかし、お前たちの幼馴染関係についてだが!」

「うん。」

「ルッソ、お前はベーラに惚れているだろう!」

「えっ!?」

「見れば分かる。これでも俺は少しだけ、ほんの少しだけお前の人生の先輩なんだ!」

「そうなんだ…分かるもんなんだ…」


 フフフ。

 カマかけりゃ当たるもんだな。

 それではいくぞ! のっぺらごま塩様、会心の一撃!


「そして、ベーラはサーノに惚れている。」

「…」


 フフフ…ハーハッハ!


 実にくだらない、実にくだらないことだと思いませんか?同志の皆様。

 美しい男女の親友とか幼馴染関係とか、結局三角関係でこじれて終わるんですよ。

 そして、フラれた奴は、腫れ物を触るように扱われ、弾かれていくものなのです。

 私は中高一貫男子校出身で女子の友達もいないけど、それくらい分かるのです。


「…知っているよ。」

 ルッソはつぶやいた。


 えっ!?今なんと!


「ベーラをずっと見てたら、それくらい気が付くよ。ベーラは、ツンデレでまっすぐだから。僕と二人でいても、話すことは、サーノのことが多かったからね。」

「…サーノに嫉妬しなかったのか?」

「嫉妬したよ。」

 ルッソはうつむきながら答えた。

 

「今も、サーノが黒魔法を使えたり、魔物の強さが分かったり、見たこともない治療ができるようになって、嫉妬しているよ。なんで、僕だけ何もないんだろうって思う。」

「…ふん。親友に好きな人を取られた上に、その親友の方がスキルが高いときた。鑑定色が黒で無能のままのルッソは、惨めなもんだな!」

「そうだね…」


 ルッソはやや涙目になりながらも顔をあげた。

「でも、何度も何度も悩んだけど、結局それはそれ、これはこれでしょ。いくら惨めで無能でも、それを抱えていかなきゃいけない。僕は…ずっと嘆いて生きるくらいなら、『今』を僕なりに一生懸命生きたいと思うんだ。」

「…」

「今のサーノを支えることが、僕にとって、一生懸命に『今』を生きることだよ。」

「…」


 ぐべらッ!

 なんだその、吹っ切れたさわやかスマイルは!

 のっぺらごま塩様、痛恨の一撃!


 …同志の皆様、もうよろしいでしょうか?

 親子ほど年が離れた子に意地悪して、逆に人生を説かれるのはもう限界です…


 のっぺらごま塩は大量の涙をどこからか流して、空へ消えていったのであった。





「大変申し訳ございませんでした!!」

 ルッソにこれで何度目かになる土下座をした。


「いいよ。これは本音だし。本当は、サーノともっと早く話し合うべきだったと思うんだ。ただ、ベーラには、内緒にしておいてほしい。」

「分かりました!」


 俺は地面に頭をこすりつけながら、心に固く誓った。


 絶対ルッソにいいお嫁さんを見つけてやる。こいつは、漢の中の漢だぜ。


「いい加減頭上げなよ。」

 ルッソは俺の両肩を掴んで引き上げる。


「サーノは、生まれ変わる前どんなんだったの?神様の元で修行してたとか?」

 ルッソは、俺の前に座り、尋ねた。


「そんなことはない。しがない医者だった。ま、女神には頭を踏まれたまま、『魂磨いてこい』と言われたけどな。」

「ふーん。時々、ノミくらいに器が小さくなるもんね。」


 キツい。キツいね。真実って残酷だよね。


「その通りだ…ここよりもう少し文明が進んだというか、そういう国で医者をしていた。」

「へー、そうなんだ。」

「そこで、急病の患者が運ばれる場所で働いていたんだ。」

「医者ってことは、偉かったんだよね?」

「そんなことはない。こっちみたいに鑑定色:白とか言って、運命づけられているわけではないしな。なるための努力は必要だと思うが。」

「頑張れば偉くなれるって憧れるね。仕事は大変だった?」

「まぁ、大変だったかな。7日に3日は、当直といって、真夜中も眠らず急患を受け入れる仕事をしていたからな。」

「えっ!それって、普通に死ぬよね!?」

「だから死んだ。」


 沈黙が流れた。


「もしかして、そっちの世界って、医者は奴隷なの?」

「…たぶん違う。」


 ちょっと自信がなくなってきたぞ。


「…でもさ、すごいよね!さっきみたいに人の体を見て、何が悪いか分かって治療できるってさ。」

「そうだな、自分の病気は見抜けなかったけどな。」

「え?」

「俺は、くも膜下出血という、頭の中で血管が破裂する病気で死んだ。その兆候はあったのに、無視していた。しがない医者どころか、ヤブ医者というのは本当のことだ。」

「そうなんだ。僕はそうは思わないけど…家族もいたの?」

「いた。妻と5歳の息子が。」

「…それは辛かったね。」


 そうだな。


 特に息子のヒカルについては、発達障害があったからな。妻のサユリとは、どこの通所サービスに通うのか本当に悩んだ。サービス先のスタッフが書いた、ヒカルの発達アセスメントシートを見ながら、二人でよく話し合ったものだった。

 コミュニケーションの問題で、幼稚園でも友達が全然できていなかった。幼稚園の先生には、『今日も、ヒカル君は、一人遊びが上手でしたかね。あとは一人で園庭を走り回っていました。』なんてフィードバックがあるたびに、やきもきした。

 一人遊びのおもちゃが、同じ幼稚園の子に冗談で取り上げられて、『大喧嘩になっちゃいましたね』と先生からフィードバックを受けた日は、ヒカルも不安定だったし、サユリも不安定になっていた。


 一喜一憂の日々だった。


 仕事中には、サユリから『私がちゃんと親の愛情を受けてなかったから、ちゃんとした母親になれないんだと思う』といったメールがよく届いた。『大丈夫だから』と外来の合間に電話し、短時間だが、サユリの慟哭に付き合うことがあった。

 家に帰って、ヒカルのブロック遊びが乱暴だったりすると、ギュッと抱きしめた。


『お母さんと、お父さんはいつでもヒカルの味方だよ』


 それは、夫婦二人の合言葉にしていた。

 ヒカルは本当に優しい子だった。それは俺やサユリが一番知っている。

 エレベータのボタンが押すのが大好きで、同乗した人には『何階ですか?』と聞くし、誰にでも分け隔てなく、明るく『こんにちは!』と挨拶ができる子だ。ただ、他人の表情を読むことがほんの少し苦手なだけなんだ。


 家には、ホワイトボードを用意した。目からの情報が、ヒカルにとって、一番理解しやすいから、よく絵を書いた。

 俺も何度もヒカルの似顔絵を描いて説明したから、『あなた、他の絵は下手だけど、ヒカルの似顔絵だけは上手ね』とサユリが褒めてくれたことがあったな。




「あぁ、もうダメだ…」


 手の甲にボタボタ雫が落ちてくる。


「なんで、俺、死んじまったんだよ…」



 次の言葉が出ず、しばらくうつむいていると、不意にルッソが、俺の頭を抱きしめた。


「…いやいや。おっさんにはな。これは恥ずかしい…」

 そう言うと、ルッソも涙声で

「孤児院のシスターはいつも、こうしてくれたから。」


 ルッソの優しさが心に満たされていく気がした。


「…ヒカルも、大きくなったら、きっとルッソみたいな優しい子になっただろうな。ありがとう…」

 何とか絞り出した。


「ルッソ、キモいおっさんの願いだ。息子と思って抱きしめていいか?」

「うん。」

 ルッソの背中に手を回す。


 心の底でずっと思っていた。

 

 あの時、どうせ死ぬなら鎮痛薬を探し回るんじゃなくて、なんで、そばで寝ていたヒカルを抱きしめられなかったんだ。てめぇはいつも、『ヒカルの味方だ』って言ってたんじゃなかったのかよ。って。


「…ヒカル、ごめん。もう、お父さん、ヒカルを抱っこできないよ…」

 ルッソの胸を借りて、俺はむせび泣いた。





 そして。

 俺の抱える背景を理解してくれたルッソとともに、新しい黒魔法にチャレンジすることにした。

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