第10話 救急治療
コンパートメント症候群に陥ったポンチの右足を救うため、俺とルッソが救急治療を行うことになった。
野次馬が来るのも面倒なので、場所はそのまま、野外訓練の準備室で行う。
準備室の中央部は吹き抜けになっており、南中した太陽の光が良く入るため、術野が良く見えるだろうという算段だ。タルトには準備室の出口で人払いをお願いしている。
まず、暗殺技で使う細針に回復薬を塗り、両手の合谷という手のツボを刺す。
「何すんだ!てめえ!」
「ルッソ、患者が興奮している。黙らせろ。」
「分かったよ!トウッ!」
ルッソ、ポンチの首に手刀を加えて、上手に気絶させた。
本当は、麻痺とかの黒魔法の候補はあるのだが、いきなり試すわけにもいかないし、黒魔法の存在をパンピーに知られるわけにはいかない。
「サーノ、その針は?」
「痛みを和らげる麻酔のツボを刺している。」
「へー。」
ドヤ顔で言ってやった。
しかし…そうだな。
さすがにこの鍼麻酔はルッソもおかしいと思うかな。もう俺がサーノではなく佐野トオルだと気付いているかもしれない。ルッソは頭いいからな…
タルトには、人払いを任せていて、少し離れた位置に立ってもらっている。
ルッソにカミングアウトするか。
…精神病患者として異端審問かけられないよね。かけないでね。処刑しないでね。
「ルッソ、あのさ…」
「他にも、麻酔のツボってあるの?」
ルッソを見ると、大丈夫と頷きながら、目で合図してきた。
分かったよ。
今はワークアップに専念しろっていうことだよな。
「ある。関元といって、ヘソの近く、ここだ。」
「なるほど。」
「足の麻酔に効くとも言われている。」
「ふむふむ。」
ツボの場所は、自分が専門医取得後に、研修させてもらった鍼灸医院で学んだ。正直全部は覚えていない。ツボの位置を写真アプリと連動させてほしいものだ。
何となく、ポンチにもう一度鑑別スキルを使ってみると、関元の位置が青く光っていた。
(おお)
鍼をゆっくりその位置に刺していくと、白くフラッシュした。
(クリティカルヒットってことかな?)
なんとなく、その深さがいいんだろうということで、置き針にした。
今度は「合谷」と念じてみると、手の親指と人差し指に付け根のところが青く光った。
(あ、やっべ。間違って刺してた。)
ルッソもいるので、自信満々の様子で、青く光っている点に刺し直し、白くフラッシュするところまで鍼を進めた。
「うむ、これでいいだろう。」
「結局、合谷ってどこなの?」
「あ、ごめんなさい。今刺している場所ですね。最初のは忘れてください。」
ルッソさん。流してよ〜。分かって言ったでしょ。
「オホン。じゃ次に、赤く腫れている右足に切り込みを入れる。中の不要なものを取り出して、足の血流をよくしてやるんだ。回復薬を塗ったナイフを取ってくれ。」
「はい。」
コンパートメント症候群は、骨、筋膜、骨間膜で囲まれたスペースに神経や動脈が通っていて、スペースの中で出血など起こると、スペースが窮屈になって神経や動脈を障害する病気だ。
ポンチの場合はかなり重症なので、筋膜を切り開いて、窮屈になったスペースを開放する必要がある。仮に動脈の損傷があれば、さらに血管縫合など考えないといけないが、おそらく回復薬で止血できるだろう。そうじゃなければ、腹の傷が回復薬をかけて治る道理が分からない。
あと好都合なのは、回復薬で治療すると感染を起こしていないことだ。たぶん、回復薬にはよく分からない殺菌作用がある。なので、俺はあらゆる器具に回復薬を塗り込んで処置を行った。
ザクッとナイフがすねの部分に入っていく。
ポンチを見る。寝ている。太陽が降り注ぐ中、天に召されたように見えるが、おそらく鍼麻酔がうまくいっているのだろう。
鑑別スキル:レントゲンモードで、ポンチの足を確認し、解剖学的に間違いのないように処置を進めていく。
筋膜を開いた時に、バッと血が出る。
急いで汲んできた井戸水で洗う。
あとで回復薬で殺菌処理するから問題ない。
幸い、動脈性出血のような、ピューピューと血が噴き出てくることはなかった。
「ここに回復薬を少しかけてくれ。」
「うん。」
理科の濾過実験のように、ルッソが棒を沿わせて、回復薬を静かに止血したい部分へと注ぐ。そうすると、モノポーラー電気メスの凝固モードのように、出血がおさまる。
結局スネの前側と外側にに切り込みを入れて、血の塊を除去することができた。
本来ならしばらく切開したまま、シューレース縫合でもして、経過を見ることもあるが、この世界には回復薬がある。
状態をみながら、筋膜や皮膚、層ごとに細かく組織を寄せて、手順を踏んで回復薬をかけつつ閉創していく。外科手術で傷を閉じる時と同じだ。
ポンチの足先に血流が戻って、冷感もなくなり、処置を終了した。
まぁ、欲を言えば、ちょっとズレてくっついた骨折部分をまたへし折って、矯正した上で治療したかった。しかし、さすがにポンチも痛みで目を覚ますだろうし、やめておいた。
刺していた鍼を抜き取り、ルッソに向かって言った。
「ワークアップ終了。お疲れ様。」
「…お疲れ様。」
…しまった。
思わず、『お疲れ様』と言ってしまったが、さすがにバレたか。
ルッソも『もう隠す気ないよね。』と言わんばかりの目をしている。
…あとできっちり話さないといけないな。
ポンチの治療が成功し、もう少しで目を覚ますことをタルトに伝えた。
「お前、すごかったんだな。」
「…金はもらっているし、自分の仕事をしただけだ。」
タルトとルッソが顔を合わせて、笑った。
「ハハ、法外な治療費だもんな。」
「人の弱みに、これでもかというくらい付け込んでたからね。」
そうそう、俺は善人でもなんでもないし、敬愛すべき無免許外科医のように、ヒューマニズムや地球環境のために動いているわけでもない。
「サーノ。」
タルトの力強い視線とぶつかる。
「本当にありがとう。」
タルトが深々と頭を下げた。
…まいったな。
俺が救急外来で仕事をしていた時は、一命を取り留める処置をした後も、患者が助かるか分からない状況は続くものだった。多くはそのまま入院、もしくは、治療に難渋する重症の場合は、他の大病院に転送することになる。
救急外来は治療の入り口でしかない。
だから、救急医に患者が『ありがとう』と言うのは、遊園地に来たばかりで受付嬢に『今日は楽しかったです』というようなもので、場違いだ。
もちろん、そのまま救急外来から帰宅するパターンもある。しかし、そんな時でも、状態がよくなるかどうか、時間を使って診断をつけるだけだから、医者は患者に『油断すんなよ!』と必ず念を押す。
あんなリスク、こんなリスク、いっぱいあるけど~♪ だ。
患者に訴えられないように、医者はしつこくリスクを説明する。俺もそうだった。
だから…
タルトのこんなに真っすぐな『ありがとう』に出会ってしまうと、目頭が熱くなる。
「明日も足の様子を見せてくれ。」
表情を悟られないように、そう言うのが精一杯だった。
野外訓練の日は、午前は野外訓練で、午後は自己訓練となっている。新たな魔物がいた場合、訓練所に報告する必要がある。何もなければ、自己訓練の時間で、自分たちなりに魔物討伐を振り返る。課題を発見し、改善する方策を練るのだ。
俺とルッソは、処置のために、昼飯を食べ損ねた。とはいえ、振り返りは必要だとして、午後には、使用者がいない筋トレスペースへ向かった。
口火を切ったのは、ルッソだった。
「君は誰なんだい?」




