第8話 野外訓練
少し暴言を吐く看護師さんが登場します…
野外訓練の準備室で、俺はひたすら地面に頭をこすりつけていた。
「サーノ、頭上げてよ。もう治ったから。」
「本当に申し訳ない。ほんの出来心で、ちょっとだけ出しちまったんだ。」
まるで、どこぞのクソDV彼氏みたいな言い草だが、人の目もあるので、魔法の詳細を語ることはできない。ルッソもそれを理解して、頭を上げろと言ってくれている。優しくてスマートな奴だ。
しかし、クソDV彼氏と言えば、夜間の救急外来で最も腹が立つ存在だ。
自殺目的で、睡眠薬大量内服して昏睡した女子が救急車で運ばれてくると、フニフニと付いてきている。救急外来に付き添いで来る奴はまだいい。
問題は、こちらから電話をかけても、「そんな女知らねーよ!」と罵声を浴びせてきたり、通知拒否する男だ。
俺が、電話口で、クソDV彼氏に「迎えに来ていただけませんか?」と低姿勢に説得をしている横で、姐さん看護師が大声で、
「てめぇが、さんざん抱き散らかした女なんだから、チ○コ勃てずに、義理立てろや!」
と、がなり立てるもんだから、クソ彼氏もエキサイトして、間に挟まれて大変だったこともある。
看護師さんって、どこに怒りのトリガーがあるか分からないからね。
睡眠薬女子には、一応、覚醒した後、自殺目的で飲んだのかは聞くようにしている。だいたいは、生きづらさを忘れるためとかだ。しかし、ガチの自殺手段として服薬していた場合は、それ相応のケアが必要だ。
フフフ、いけない。
一度でも長時間土下座をした者なら分かると思うが、土下座をしていると走馬灯のように、いろんな出来事が甦ってくるものだ。
「分かったよ。」
ルッソが、体を引き上げてくれた。
(魔法が使えたんでしょ?)
(ああ。)
小声で、他の奴らが気づかないようにルッソと会話する。
夕食の時間のため、5番食堂の方へ歩きながら魔法の特徴を確認していった。
(効果時間はどれくらいだった?)
(僕が完全に視力を取り戻した時には、あらかた治療が終わっていたよ。)
となると3分程度の効果時間か。
(じわじわ見えるようになってきたか?急に見えるようになったか?)
(じわじわ見えるようになった。)
完全に視力を失っている時間は3分よりかなり短いだろうな。
「ルッソ、少し俺の実験に付き合ってくれるか?」
食堂におかれた砂時計、おそらく肌感覚で3分程度で落ちるもので、こちらの世界では1単位時間というらしい。アンダンテと地球の時間単位や距離単位はそっくりなので、俺に分かりやすいよう、地球時間に直して考える。
食事を終えて、対面に座るルッソに時間計測をお願いして、無詠唱で自分に黒魔法ダークを放った。すると、3分の砂時計が全然落ちない時間で効果が切れた。
やはり、無詠唱になると効果が落ちるというセオリーがあるらしい。
今度は、人に聞こえない程度に、呪文を詠唱して自分に「ダーク」を放ったら、時間は3分程の継続した。早口では、効果時間は半減したので、おそらく声量に関係なく丁寧に詠唱すれば、効果に2倍程度の差が出るのだろう。
とはいえ、無詠唱は便利だ。誰にも気づかれないのだから。
人体実験に満足した俺に、ルッソが話しかけてくる。
(しかし、地味な魔法だね。)
(ほんと地味だな。)
(かけられた人しか分からないね。)
地味で効果がどれほどあるのか分からないが、明日の魔物相手の野外訓練で試してみようと思う。あとは、他にも黒魔法があるかどうかだが。
そうして、俺とルッソは、あんなこといいな、できればいいなと夢物語を話しているふりをして、黒魔法の候補を挙げていった。
就寝の時間になり、ベッドに横になりながら、俺は、何回、無詠唱のダークが使えるかどうか自分にかけながらカウントしていった。
というのも、多彩な黒魔法があった方がよいだろうが、まずは視野障害のダークを実戦で使えるようにした方がいいと判断したからだ。
7回だな…
時間とともにスキルを使う魔力が回復するか分からないが、今日は10回程度ダークを使ったので、これが俺のマックスだろう。
とはいえ…ひどい。
二日酔いのように頭が割れそうに痛いし、吐き気もある。体は全く動かせない。魔力切れというやつだろう。敵に囲まれた状態で、魔力切れを起こすと即死だ。
二日酔いの気持ち悪さが少しずつ改善していることを感じつつ、俺は眠りについた。
野外訓練の日。
朝出かけて、日が一番高くなったところで帰って来いという、随分アバウトな訓練だ。一応サバイバルトレーニングを兼ねているので、時間になるまで、正門は閉門されており、サボって帰還できないようになっている。もちろんケガなどした場合は別だが。
昨日のけが人もあったので、もしかしたら、中止になるかもと思っていたが、決行された。野外訓練では第1組から第5組まで、それぞれ2人ずつ出る。一応10人単位でまとまって野外行動することを推奨されているわけだが、自己中心的な奴が多く、第1組は早くも勝手にどこかへ行ってしまった。
昨日も、第1組がしっかり連携していれば、いくらシルバーウルフが強いとはいえ、問題なく帰還できたはずだ。
訓練所側は、魔物退治を通して友情を培え、みたいなノリなのかもしれないが、口減らしのために訓練生を魔物に殺させようとしてるんじゃないか。
そうこう考えてたら、いつの間にか、俺とルッソだけになってしまった。
「あ。魔物だ。」
それでも、このあたりは、レベルが低いというのだろうか、強くない魔物しかいない。昨日のシルバーウルフなんて、滅多にでくわすものではない。
「ゴブリンだね。」
ゴブリンは、小鬼のような魔物だ。ググれば出てくるイメージそのもので、ざっと体長は1m前後か。
俺は早速鑑別スキルを用いて、ゴブリンを見る。
この鑑別スキルは、ダークのような黒魔法と違って、無制限に使用できる。そのことは、ルッソと俺の体で証明済みだ。
― 種族:ゴブリン、Lv:3、状態:普通、弱点:氷 ―
そして、レントゲンモードでは、ちょうど心臓のあたりの位置に赤い光が見える。おそらく魔石で、魔物の心臓部分だ。
(ダーク)
無詠唱で、ゴブリンに黒魔法をぶち込む。
「ギギギ…」
ゴブリンが、あたりをキョロキョロしている。
「チェストー!」
ゴブリンに駆け寄り、魔石の位置に向かって、刃こぼれした鉄剣を左肩から心臓の位置まで切りつけた。
「ギー!」
ゴブリンはそのまま、目の色を失って倒れた。
「はぁ、はぁ…」
俺が転移する前にも、サーノとルッソで、魔物と戦ったことはあるみたいだが、結構苦戦していたようだ。ゴブリンとはいえ、素早い動きをするようだったしな。ただの目くらましが、魔物に効くというのは、収穫だった。
「サーノ、すごいね!一撃じゃないか!」
ルッソが駆け寄ってくる。
「まあな。魔石の位置が分かるようになった。ルッソにも教えるよ。」
ルッソの目が大きく見開いた。
「…うん、頑張るよ。ところで、チェスト!って何?」
「一撃で殺し遊ばすわよ、という意味だ。お前も言ってみろ。勇気が出る。」
「うん。」
正門近くにおいた薪を取りに行き、殺した魔物を焼灼する。死骸をそのまま放っておくと土壌汚染や高位の魔物を呼ぶと考えられているので、殺したら焼く、コレ、ゼッタイ。
結局、ルッソと俺で魔物を挟み込み、俺が注意を引き付け、ダークを使う。そして、ルッソが背後からナイフで魔石を貫くという戦法が効果的だと分かった。
その戦法で、鑑別スキルも用いながら、俺たちよりも同等、ないしレベルの低い魔物単体を、効率的に殺していった。
日も高く上ったところで、残りの魔法回数も1回になり、俺たちは訓練所に帰還した。
正門をくぐると、同じ野外訓練をしていた連中がもうすでに帰還していたが、剣呑な雰囲気で言い合っていた。
「お前、いい加減にしろよ!!」




