第八十話 戦う決意
「魔法使い共、魔法だ、動きを止める魔法を使え!」
「使っています」
魔法使いのおねーさん達が、手を前に出し必死の表情です。
「貴様ら程度の魔法では俺には全く効かんぞ」
魔人が全く何事もないように近づいてくる。
「くそー」
「うおおおーおおーお」
勇者ペグ様が、剣を振りかぶり、魔人へ突進する。
間合いに入ると勇者ペグ様が剣を振り下ろす。
魔人はそれを笑いながら後ろへかわす。
「くらえーー」
勇者ペグ様が剣をそのまま、胸の位置で止める。
その剣で、突きを繰り出した。
「その程度か」
魔人が右へかわすと、勇者ペグ様の剣を持つ手を右手で掴んだ。
左手は剣を掴み、両手で勇者ペグ様の剣と手をひねり上げた。
バッキッ
勇者ペグ様の腕の骨が折れる音がした。
「ぎゃああーああー」
ばさばさ、ばさばさ
森に轟く勇者ペグ様の絶叫に驚き、森の鳥などの動物が逃げ出した。
魔人はさらに手を持ち変えると、もう一周手をひねり上げた。
バキッボキッ
勇者ペグ様の手が絞った雑巾の様にネジネジになった。
「うがあーーああーーあー」
さらなる絶叫が森に響く。
「あーあー折れちゃった、くひひっ、痛そうだな、おい」
「げらげら」
魔人は楽しそうである。
「うっ、うっ、ぐううー」
勇者ペグ様は魔人の前にひざまずきうなっている。
その顔は激痛に歪み油汗が大量に噴き出している。
魔人は、膝で勇者ペグ様の顔を蹴り上げた。
バッキッ
「ガハッ」
鼻がめり込み、前歯が吹き飛んだ。
勇者ペグ様はそのまま、地面に崩れ落ちた。
まるで、魔人に頭の上で手を合わせ、土下座をしている様な格好になった。
だが、その手はネジネジで、折れた骨が飛び出していた。
魔人は顔を魔法使いのおねーさんの方に向けた。
「ひっ」
魔法使いのおねーさんは短い悲鳴を上げると、さらに必死な顔をして、魔人に両手を向けた。
必死で動きを止めようとしている。
「がーーあ、うっ、うごけねー」
魔人が動きを止めた。
魔法使いのおねーさんが少しほっとした顔になった。
「なーーんてな」
「ぎゃーあはっはっはー」
「まさか、魔法が効いたと思っちゃった」
「効くかよ、てめーらの、くそ魔法なんかがよ!」
魔人は、魔法を掛けられていないように歩き。
一番近くにいた魔法使いのおねーさんの、手をつかんだ。
バッキ
「きゃーーあー」
魔法使いのおねーさんの黄色い悲鳴が森に響いた。
魔法使いのおねーさんの両腕がひねり上げられ、あり得ない方向に曲がって折れていた。
魔人は女でも手加減する気はないようだ。
わたしは、この光景を見て、腰が抜けてしまった。
恐すぎる。
勇者が勝てない相手に普通の女子高生が勝てるわけがない。
恐い、恐い、恐い。
恐ろしくて何も考えられなくなった。
あたりの景色が少しずつ白くかすんでいく。
やがて、真っ白になった。
「まなちゃん、まってー」
「ふふっ、あいちゃん競争よー」
あーこれは、あの日、算盤塾帰りの、あいちゃんとわたしだ。
わたしは、自転車を漕ぎやすくするためサドルを一杯に上げ、あいちゃんと競争して勝とうとしていたわ。
貧乏だったわたしの自転車は、後ろのブレーキが壊れていたんだっけ。
「よーし、勝ったー」
交差点の停止線がゴールだったわね。
ゴールしたわたしは、前輪のブレーキをかけたけど、その時壊れちゃったんだ。
必死で足で止めようとしたけど、サドルを上げすぎていたため、つま先しか地面に付かなくて、二車線の道路に飛び出しちゃったんだ。
運悪く自動車が来ていて、わたしは、恐怖のあまり目を閉じてじっと動きを止めて、引かれる瞬間を待ってしまったんだわ。
キイーイーイーイイ
幸い、自動車のブレーキが間に合って、わたしはトンと車が当たる程度で終わり。
そのとき自転車ごと倒れて膝と肘をすりむいただけで済んだんだっけ。
「うわーーん、まなちゃーん」
あいちゃんが大声で泣いていたわ。
あの時、わたしは、生きることを諦めていた。
目を閉じて、じっと固まっていた。
もし、生きようと思うのなら、後ろでも、前でも進むべきだった。
もし車のブレーキが間に合わなければ、わたしはあの時死んでいたかもしれない。
わたしは、この時、生きるためには、死ぬその瞬間まで諦めないで何かをし続けるって誓ったんだ。目をつむらないって、決めたんだ。
「……な、さ……」
「ま、……、さ……」
「まな、……ま」
「まなさま」
「まなさま」
「あっ、クーちゃん」
危ない、危ない、恐くて固まっていたわ。
止まっては、いけない。
死ぬだけだ。
「大丈夫ですか」
「はい」
わたしは、必死で考えた。
魔人は信じられないくらい強い。
だけど、すぐに殺す気はないみたい。
じっくり痛めつけて、楽しんでいる。
全員が死ぬ前に、クーちゃんの移動魔法で逃げるべき。
魔人は三人目の魔法使いのおねーさんの足を折っている。
時間はないわ。
「クーちゃん、逃げます」
「えっ」
クーちゃんは逃げるという言葉が来るとは思ってなかったようだ。
「えっ」
わたしは、驚いた。
クーちゃんは防御系の魔人、逃げることには賛成してくれると思っていた。
「クーちゃん、あんな強い魔人と戦うことは出来ません、逃げます」
「まな様、あの程度の魔人なら、クーでも勝てますよ」
「でも、キキさんがさっきから、まな様の攻撃の合図を待っていますよ」
「グウウーーウー」
キキちゃんがうなって魔人をにらんでいる。
怖がっているのは、わたしだけなのか。
キキちゃんは、北の魔女の護衛だったわね。
わたしは、クーちゃんを見た。
クーちゃんは笑顔で頷いている。
わたしは、キキちゃんの本当の強さを知らない。
勝手に勝てないと信じ込んでいたようだ。
わたしは戦う決心をした。