第七十一話 ケンの最期
マイは泣きすぎて、目が腫れてしまった。
腫れて涙がにじむ目では、薄暗いこの部屋の状況がよく見えなかった。
「ぐえーーえ」
「ごはっ」
時々聞こえる声が薄気味悪い。
誰がいて何が起こっているのかわからない。
バーーン
再び扉が開いた。
「よう、白ちび速かったなー」
「おめーの大切なもんは守れそうか」
ケンはまだ生きて立っていた。
「うん、大丈夫」
クロが答えるとケンは前のめりに床に倒れた。
こんな時でもケンの顔は無表情で、痛みも、苦しみも感じていないようだった。
クロはそれが余計悲しかった。
目から大粒の涙がぽろぽろ落ちた。
囲んでいた男達が、倒れたケンの体に、持っている武器を差し込んだ。
ケンの背中が針山のようになっていった。
「きさまらー」
ハイが叫んだ。
ハイの体から赤い霧のような光が立ち上っていた。
この声を聞きマイが正気に戻った。
「なんでハイさん来ちゃったの」
「この人達は最悪なのー」
「逃げてー」
マイの中では、ハイは綺麗なだけが取り柄の駄目な女である。
自分が犠牲になっても守ってやりたいと思ったのだ。
「おねがーい、おねがーい」
「にげてーー」
「私のことはもうどうでもいいのー」
「自分を、自分を守ってーー」
悲痛な叫びであった。
自分より遙かに美しいハイの体を汚されたくない、マイは本気でそう思っていた。
ハイはケンの体を抱き上げていた。
血が十筋以上糸のように流れ落ちる。
ハイの綺麗な白い服がみるみる赤く染め上げられた。
「血が抜けてこんなに軽くなっている」
ハイは男達の真ん中を歩いた。
クロがチョコチョコ泣きながらついて行く。
「クロ、もう少し近くへ」
クロが近づきハイに抱きついた。
「風刃」
ブワッ
床の埃が舞い上がった。
ハイは、床にケンの体を置いた。
まわりの男達はハイが来てから蛇に睨まれた蛙のように動けなかった。
そして、何が起こっているのかさえ分からなかった。
異変は始まった。
体勢の悪かった者達が悲鳴とともに倒れだした。
「ぎゃーー、ぎゃああ、足が、足が痛てーー」
倒れた男達の目に、人の足首が目に入った。
ハイは風刃を、床から拳ぐらい上に出していた。
マイを傷つけないように、低い位置に出したのだ。
その時ケンの体も傷つけないように抱き上げていたのだ。
最早、立っている者は一人もいなかった。
「うううっ、いてーー」
「お前達、足首を紐で締めないと出血で死ぬぞ」
ハイは、男達に教えてやると、床からマイの服を拾い上げ、マイの体にかけてやった。
それと同時にマイに防御魔法をかけた。
男達が、止血を終えるとハイが雷撃で感電させこの場の男達を失神させた。
目の見えないマイは何が起きているか分からなかった。
クロはこの部屋に残り、入り口とマイとケンの姿が見える位置でちょこんと座った。
ハイはこの部屋を出ると、他の部屋にいる者達を見つけ次第片っ端から骨を折っていった。
三階に立派な扉の部屋を見つけた。
ハイはそっと扉を開け中に入る。
中には五人の男がいた。
中央の立派な机にでっぷり太った男がニタニタ笑ってハイの姿をみる。
四人は机の手前のソファーに並んで座っている。
ハイは相変わらず女神のような美しい姿だが、いつもの白い服が、胸から下が赤く染め上がりそれもまた美しかった。
「やれ!」
太った男が、四人の男に何かを指示した。
「どうだ、動けまい」
「その四人は魔道士だ」
「動きを止める魔法を使う」
太った男はハイに近づき嬉しそうに胸に手を伸ばした。
ドカッ
ハイが太った男の顔を殴った。
「き、貴様ら」
「魔法を使わねーか」
怒りの矛先が魔道士に向かった。
「いえ、目一杯使っています」
「なにーー!」
太った男は懐から移動符を出した。
「なぜだ、移動が出来ねー」
ハイが移動符を取り上げる。
「結界魔法が効いているから使えないのでしょう」
「何処へ行こうとしたのかしら、ゴルドさん」
「ま、まておれはゴルドじゃねえ、影武者だ」
「本物はザン国にいる」
「そう、もう一つ教えて」
「結界魔法は何処でかけているの」
「四階だ、四階の一番奥」
「そう、ありがとう」
ハイは部屋に雷撃をかけ、全員失神させた。
「本当は殺してやりたいほど腹が立っているけど」
「私は、主と同じで人殺しはしません」
ハイは全速で四階の奥の部屋を目指した。
「ここがそうね」
四階につき奥の部屋の扉を開ける。
「きゃああー」
部屋から悲鳴が上がる。
中には全身ケガだらけの女が八人いた。
四人は眠っており、四人は手をつなぎ魔法を使っていた。
「もういいのよ」
「あなた達を助けに来ました」
ハイがやさしく微笑むと、四人は安心したように微笑み返した。
ハイは階段で降りるのが面倒だったので、この部屋の窓から飛び降り、クロの待つ一階に降りた。
「クロー、結界は解いた、マイ様を移動魔法でグエン商会へ」
「倒れている奴らはオオリへ送り届けろー」
「はいー」
綺麗に片づいた、部屋にハイが歩いてくると、クロが話かける。
「あのー、私、あい様に呼び出されてしまいました」
「くそーー、いいなークロばっかり」
「ハイ様も来ますか」
「いきたいー、けど、いま私の隊が苦戦しているはず、そっちへ移動してくれ」
「わかりました」
クロはハイを、送り返すと、分体を一つ残しあいの元へ移動した。