第六十九話 ケンの回想
「いくぞ」
ケンが走り出そうとすると、クロが立ち上がり、ふらふらして倒れてしまった。
「おい、おめーどうしたんだ」
「腹でも減ってんのか」
「魔力切れです、走ることは出来ません」
悲しそうな顔になる。
クロは、この闘いで大量の魔力を消費していた。
本体を動かせるほど魔力が残っていなかった。
「ちっ、そんな悲しそうな顔をするもんじゃねえぜ」
ケンは、お姫様抱っこでクロを抱えた。
「ちょっと、ちょっと、馬鹿ケン」
「は、恥ずかしいよ」
クロは真っ赤になっている。
「そうか、だが、俺にはどうでもいい」
「行くぞ!」
ケンは、恥ずかしいというのも分からないようだ。
クロを抱きかかえ風のように走り出した。
グエン商会の一階はけが人の保護や、治療でごった返しており、ケンとクロには誰も気づかなかった。
クロは、ケンの顔を見つめていた。
相変わらず無表情だが、必死で走っているのが伝わり、嬉しかった。
なんだよ、ケンっていい奴じゃないか。
クロは心の中でつぶやいた。
ケンは走りながら、昔の事を思い出していた。
十年程前、ケンはコオリで暴れすぎ、一時期イナ国イネスに滞在していたことがある。
その日、悪徳商人の家から金貨を奪い取り、ポケットに金貨を一杯詰め込んで、イネスの堀の道を歩いていた。
ポケットに詰め込みすぎた金貨がポロンと一個道に落ちてしまった。
手でポケットを押さえていないと金貨が落ちてしまうため拾うのを諦めた。
「おばさん、金貨が落ちたよ」
貧民の少女が金貨の前でケンに叫んだ。
少女の前を通り過ぎるとき、少女はケンの顔を見たのであろう、女性と見間違えた。
ケンの容姿は、唇が口紅を塗ったように赤く、頭は天然パーマで、女性に見える。
「だれが、おばさんだ」
「お兄さんだ」
怒ったような口調だったが表情は、いつもの無表情だった。
「おめーにやるよ」
「ばかね、貧民が金貨なんかもらってどうするのよ」
「はーー、ばかはてめーだ、店に行けば何でも好きな物が買えるじゃねーか」
「貧民がお店で金貨を出したら、殺されて、金貨だけとられるわ」
少女は悲しそうな顔をして、笑った。
少女のこの複雑な表情になにかを感じた。
丁度、思い切り人をぶん殴っている時のような感じ、満足感。
ケンは、この貧民の少女に感心を持った。
「すまねーが、手を離せねえ」
「拾ってポケットにつっこんでくれねえか」
「え、私が触ると臭くなるけどいいの」
「いいさ、やってくれ」
少女が金貨を拾いポケットに金貨を差し込んだ。
少女が近づくと鼻が曲がりそうな悪臭がした。
だがケンの表情はそんなことでは、全く変化がない。
「お兄さんは変な人ね」
「はー、なにがー」
「だって、少しも臭がらないのですもの」
少女はくすくす笑うと、ケンにお願いをしてきた。
「その、はー、なにがーっていう言い方、もらってもいいですか」
「はーーあ、そんなの勝手に使やあいいじゃねえか」
「おめーは本当に変わったガキだな」
「女の子をガキ呼ばわりは失礼です」
「すまん、すまん、名前と年を教えてくれねえか」
「後で、お礼がしたい」
「今日は金貨しか持ってねえからやるもんがねえんだ」
「私の名前はあいよ」
「年齢は教えません」
「そうか、何か欲しいものはあるか」
「いらないわ、もう、はーー、なにがーーを」
「もらいましたから」
「いやだめだ、それじゃあ俺の気が済まねえ」
「じゃあ、他の貧民の子にパンをあげて下さい」
「なに!」
「私の言うようにやって下さい」
「まず、金貨を一枚、銅貨を一枚、おいしいパンを二個ポケットに入れます」
「貧民の子の前で金貨を落とします」
「大丈夫です、貧民の子はそれを無視するか、教えてくれるかどちらかです」
「盗んでも使えませんから、盗みません」
「そうか、殺されるからな」
ケンが相づちを打つ。
「そして教えてくれた子の頭を撫でてやって下さい」
「絶対に臭そうにしないで下さい。その後銅貨をあげてください」
「臭そうにしなければお礼と言えば喜んでもらってくれるはずです」
「なんで臭そうにしちゃあ駄目なんだ」
「臭そうにされた人からは何も貰いたくありません」
「そしてパンは二個いっぺんにあげないで下さい」
「そんなことをしたら、その子はパンを食べられません」
「な、なんでだ」
「くすくす」
「道端にいる子は、皆、その家で一番元気な子です」
「家には、病気の兄弟や、親がいるかもしれません」
「そのため全部家に持ち帰ってしまうからです」
ケンが質問してくれたのが嬉しかったのか、少女は笑いながら話す。
「だから、こうして下さい」
「おい、ガキ、おめー腹は減ってねえか、って聞いてパンを一つ出して下さい」
「すると、貧民の子は、お腹が鳴るはずです、貧民はいつも腹ぺこですから」
「そして、パンを半分に割り、片方を貧民の子に、片方はほんのちょっとだけかじって下さい、かじるふりでも良いです」
「うむ」
ケンは無表情だが、ちゃんと聞いている。
「貧民の子は、これ食べずに持ち帰りたいと言うはずです」
「そしたら、じゃあ、かじったパンはお前にやる、食いさしだからお前が食えって言ってください」
「なる程だからかじった振りか、俺が沢山食えば、ガキの食う分が減るって訳か」
「そうです、そしてもう一つのパンを、あっ忘れてたまだパンがあった、ついでだからこれもやるって、無理矢理上げちゃってください」
「すげーなー、お前、これを六歳で全部考えたのか」
「頭がいいなー」
ケンは感心していたが、表情は無表情だった。
「はい」
「あれ、私って歳いいましたっけ」
「当てずっぽうだ」
「酷いです」
「なあ、おめー、あとどの位時間がある」
「あんまり時間はないわね、誰かさんがパンの一つも持ってないから」
「ご飯を探さないといけないの」
「あすは、あすはここに来るのか」
「わからないわ」
「ねえ、お兄さんどうしたの」
「ああ、どうやら、おめーが気に入っちまったみてーだ」
少女は何を勘違いしたのか耳まで真っ赤になった。
「しょうがないなー、お嫁さんになってあげましょうか」
「はーーあ」
ケンは呆れていた。だが、相変わらずケンの顔は無表情だった。
「今じゃないですよ、十年後、お互い生きていたら」
「じゃあ、お兄さんさようなら」
うれしそうに少女は駆け出して行った。
「ああーあーーああ」
「名前聞くの忘れたー」
遠くで少女が叫んでいた。