第六十三話 ケンという男
流石にこのまま会議は続けられないということで、会議は翌日に延期された。
封の開けていない一升瓶は、メイが消去でかたづけ、残りはテーブルに置いたままになっていた。
誰もいなくなると、一階にゆっくりケンが下りて来た。
片隅の席を選びワイングラスに、飲み残しの一升瓶から酒を注ぎ飲み出す。
「うむ、うまいな」
その言葉とはうらはらに、表情はなんの変化も無い。
皿に残った餃子も口に運ぶ。
「今まで食った物の中で一番うまいな」
言いながら、ケンの顔は全くおいしい物を食べている顔では無い。
ふと見ると、机の上に白い妖精がうつら、うつらしている。
酔っ払ったクロである。
分体は分体で酒を飲めば酔っ払うようである。
「いいな、妖精は役目があって」
「おれは、何のために生まれてきたのやら」
「私の役目ってなんですか」
「おお、おまえ話せるのか」
「私の役目って何ですか」
「妖精の役目と言やあ、人に幸せを運ぶことだろうがよう」
「はーーあ」
クロは呆れていた。
この人は何を乙女のようなことを言っているのか。
そして、すごく興味がわいてきた。
「あなたには運びませんよ」
「だろうな」
「なんで、アギさんを殴り殺したのですか」
「おれは、何にも感じねーんだ」
「だが、人を殴っているときだけ、なにか満足感がわいてくる」
「だから、殴れる時には、殴る、それだけだ」
「かわいそうとか、痛そうとかはないのですか」
「うむ、それが全くわからねえ」
「あと、恐いとかも分からねえ」
「だから、強いと言われる奴と次々戦ったんだ」
「全部勝っちまってよ恐怖は分からないままさ」
「レイさんとかと戦って負けたじゃないですか」
「そうだな、でも恐怖はなかった」
「おれはあの時死んでいた方が良かったんじゃねえのか」
「実は、私も人間が死ぬ事には何も感じませんでした」
「ほう」
はじめて、クロの言葉に少しだけケンの表情が動いた。
それは驚きの表情で、ほんの少しの変化だったがクロは見逃さなかった。
「本当はいまも、あまりよく分かりません」
「ただ、大切で、大切で、私の命より大切な人が、人間の死を嫌がります」
「だから、わたしも人の死が嫌な物だと感じています」
「自分の命より大切な人か」
「俺もそんな人間に出会えるかねー」
「くすくす」
「んーー、何かおかしな事を言ったか」
「だって、あなたは、コウさんやチュウさんにとって、自分の命より大切な人だったはずですよ」
「……」
クロの言葉の何かが届いたのか分からないが、ケンが黙り込んでしまった。
相変わらず表情に変化はなかった。
興味を無くしたクロは姿を消した。
「あいちゃーん、濃厚ソフトちょうだーい」
村の子供があいにおねだりをする。
「はい、はーい」
あいはそれが嬉しいみたいで笑顔で対応している。
魔王の森では宴会がはじまっていた。
皆、あいの貧民服と変らないボロボロの服を着ている。
子供も二十人いて皆元気いっぱいである。
大姐様があいを気に入りそばから離れない。
「大姐様、少し話してもいいですか」
「なんじゃ」
「いつ頃からここにいるのですか」
「ずっとじゃ」
「恐くはないですか」
「まあ、魔獣とか猛獣は恐いかのう」
大姐様は酒を気に入りちびちび飲んでいる。
「少しあたりを散歩してもよろしいですか」
「ならば、ホイを連れて行くと良い」
「ホーーイ」
「なんじゃ大姐様」
「あいちゃんが森を散歩したいそうじゃ」
「案内してやっておくれ」
「ちっ、わかったよ」
「これ、お客様じゃもっと丁寧に話さないか」
ホイはあいと同じくらいの少女だった。
顔は、汚れているせいか男の子のような顔で、髪も短く刈り取られていた。
服は毛皮を加工した物を胸と腰に巻いている。
あいは食べきらないほどの餃子と、飲みきらないほどの酒とさいだーを置いて、皆の両手に濃厚ソフトを渡し、ホイと森へ出かけた。
あいはここに街を造れないかとそんなことを考えていた。
「で、あんた何しに来たんだ」
手に木の槍を持ちあいにそれを向けた。
ミドムラサキが、血染に手を掛ける。
あいが手を少し振り、ミドムラサキにやめるように指示する。
「あなた達に会いに来たの」
「ぎゃっはっはーー」
「こんな所までそんなことのために来る奴がいるかよー」
「まあいいや、どこへ行きたいんだ」
「水場、川か湖」
「ついてきな」
ホイは最初ゆっくり、少しずつ速度を上げた。
どうせ、ついてこられないだろうと、意地の悪いことを考えていた。
とうとう全速力になった。
二人は全然遅れず、余裕でついてくる。
仕舞いには話しかけてきた。
「あとどの位で着くんだ」
ミドムラサキが話しかけた。
「もう少しだ」
「もう疲れたのか、だらしないなー」
「うむ、疲れた」
「しょうがないなー」
ホイは休める場所を探した。
「ここで少し休もう」
ホイは、二人を見て驚いた。
まったく疲れた様子がないのだ。
むしろ自分が肩で息をして、大量の汗をかいている。
ミドムラサキはたまらず後ろを向いて肩をふるわせている。
「いだーーあ」
ミドムラサキのお尻をあいがつねっていた。
あいが少し怒ったような表情をする。
ミドムラサキはすごくしょげてしまった。
「さあ、牛乳でも飲みましょう」
あいとホイはごくごく牛乳を飲んだがミドムラサキはちょっぴり飲んだ。
ホイの呼吸が整うとあいがホイに声をかけた。
「さあ、行きましょうか」