第六十二話 魔王の森の大姐様
「あい様、着きました」
ミドムラサキが嬉しそうにあいに報告する。
そこは、巨木は他の場所と同じだが、大地は走り回りやすいように、倒木や、小さな木が取り除かれ、草原のようになっていた。
「あのー、誰もいませんが」
あいが横にいるミドムラサキを見ると、ミドムラサキは上を見つめていた。
ミドムラサキの目線と合わせて上を見ると、そこに木の葉で出来た塊が木の枝の上に作られていた。
二人の姿を見て警戒をしているのか、人の姿は見えなかった。
だが、何かいる気配は感じられた。
「あい様よろしいですか」
白い妖精のようなクロが話しかけてきた。
「はい、大丈夫です」
「メイ様がお酒を欲しいと言っておられます」
「ほ、本当ですか」
あいは頬を真っ赤にして喜んでいる。
岩のテーブルを出すとその上に乗るだけの、一升瓶を造りだした。
クロはそれを次々移動魔法でメイの元へ送り届けた。
その後、ワイングラスと餃子も造り出し、クロがどんどん送り届けた。
ついでに、サイダーと牛乳をだして送り届けてもらった。
人肉パンと濃厚ソフトはやめておいた。
岩の机に自分とミドムラサキ用に少しだけ残しながら送っていたら、一人の貧相な老人が立っていた。
あいがそれに気づき話しかけた。
「あっ、こ、こんにちは、おじいさん」
「ばかものー、わしは、女じゃー」
森で生きている者は、こういうとき、老人を派遣する。
大自然の知恵である。
「すみません、おばあさん」
「おばあさんではない、わしは大姐様と呼ばれているのじゃ」
「ところで、それはなんじゃ」
「これは、餃子という食べ物です」
「食べ物とな」
「……」
「こういうときは食べて下さいというものじゃろー」
「おまえは、気が付かない女じゃのー」
ミドムラサキはこの無礼な老人にあいが切れないかハラハラしている。
あいはミドムラサキが切れないかドキドキしている。
「す、すみません」
「食べて下さい」
「うむ」
「食べてやろう」
大姐さんが餃子を掴み、口に入れる。
数回口を動かすとバタンと倒れてしまった。
「えええーーえー」
あいが手をバタバタして大慌てである。
大姐様が目を見開く。
「ばか者―、こんなにうまいなら、最初に言わぬかー」
「あやうく死ぬところであったわ」
「お母さんと手をつないでしまったわ」
「して、そちらの水はなんじゃ」
「お酒です」
「とてもおいしいのでびっくりしないでください」
「ばかもーん、おいしいかどうかは、飲んだ者が決めることじゃー」
「おまえが決めるなー」
あいがワイングラスに酒を注ぎ大姐様に渡す。
大姐様はがぶっと一口で大量に飲んだ。
バタン
「ばかもーーん、うまいにもほどがあるじゃろうが」
「ちゃんと、うまいより上の飲み物と言わぬかー」
「もはや少し死んでしまったわ」
「申し訳ありません、これは、濃厚ソフトと申します」
「おそらく、とんでもなくおいしいです」
大姐様はあいを少し見つめると、濃厚ソフトをもぎとった。
大きな口をあけて口一杯ほおばった。
体が垂直に崩れ落ちた。
「うおおおーん」
大姐様は泣き出してしまった。
「すまなんだ」
「お嬢さん、あんたは良い人じゃ」
「村の者を呼んでも良いじゃろうか」
「はい、歓迎いたします」
「皆のものー心配はいらぬ、出てまいれー」
なんのことはない、このばばさまはあいを見定めていたのだ。
どうやら、お眼鏡にかなったようである。
木の上の家から、大勢の人が降りてきた。
女性の数が多いが、男達は狩りに出ているとのことだった。
「クロちゃん、多すぎないか、こんなに大丈夫なの?」
すでにグエン商会の机は餃子に占領され、床に一升瓶が所狭しと並んでいる。
この状態を見てメイが心配する。
「はい、大丈夫です」
「なぜか、とても嬉しそうでした」
「あいちゃんは、そういう人だよね」
レイも嬉しそうである。
「何はともあれ」
「一度飲んでみてくれ」
全員に酒が配られる。
「最初に言っておくがあまり飲み過ぎないように」
「酔っ払って話し合いが進まなくなる」
メイは大酒を飲みそうな大男達に釘を刺す。
「なーー、何ですかこれは」
「おいしすぎます」
レイとうちとけたシマがレイに聞く。
「日本酒です」
「餃子もおいしいですよ」
あまり見た目が華やかではない食べ物を恐る恐る口にいれる。
「おいしー」
シマの目がキラキラする。
レイはその姿を見てなにかとても満たされた気分になった。
シマちゃんにはもっとこれから幸せになってほしいわ。
レイはシマの笑顔をじっとみつめていた。
「レイさん、あまり見つめられると恥ずかしいです」
「そ、そんなに見ていました?」
「はい」
シマが真っ赤になる。
レイは、シマから視線をずらしメイを見ると、一升瓶を片手にガブガブお酒を飲んでいた。
あー、今日はもう、このまま話し合いはすすまないわね。
だれですか飲み過ぎるなと言った人は、一番飲んでいるじゃ無いですか。
レイは呆れている。
「どうですか、コウさん、これなら売れると思いましぇんか」
メイはすでに舌がもつれ始めている。
「すごい、これが量産出来れば、莫大な金になります」
「一本、金貨一枚でどうかね」
「か、買います」
「わあはっはー」
メイとコウは馬が合うようだ。
チュウとモリも酒を浴びるように飲んでいる。
「いつも飲んでいる酒とはまるでちがうなー」
この世界の酒は、葡萄を潰し自然発酵させた、葡萄酒でワインにもほど遠い飲み物である。
二人はそれと比べている。
「いくらでも飲める」
「ああ」
「でも、あの子大丈夫か、二本目だぜ」
人相の悪い二人だがメイを心配している。
メイは、服がそのままでは苦しいので、前をはだけ、ヘソを出している。美少女にあるまじき姿である。
「いつものことです」
サイが答えると横からロイが
「そーそー、あれで翌日、二日酔いで、ゲロ吐いているんだぜ」
「ちみーしょんらころひょぱゃりゃしゅんりゃりゃいひょ」
メイがロイに突っ込みを入れるがもはや、ぐでんぐでんで何を言っているのか分からない。