第五十二話 家族の再会
翌日昼過ぎ、北トラン城塞都市グリ
北トラン最南端の南トランに対する最前線の防衛拠点である。
「ヒッジ将軍、まもなく敵騎兵三千、目視確認出来るようになります」
「うむ」
「イホウギめやっと借りを返す日が来たわ」
四角い顔に大きな傷のあるヒッジが鋭い目でニタニタ笑う。
「コッシュ将軍、先鋒はわしが行かしてもらう」
コッシュ将軍は知的で優しげな男である。
城門が開きヒッジ将軍が騎兵三千を率い、城門前に布陣する。
すでに、北トランの前線の将軍はこの二将軍となっている。
前日撤退してきた前線の重傷兵は、移動符にて王都へ送り返した。
今グリには、元々の守備兵五千と、ヒッジの兵一万、コッシュの兵一万と撤退してきた兵士の残り四万の合計六万五千で守っている。
南トラン軍、騎馬隊三千に遅れて大きな四頭立ての馬車が走る。
馬車には、ロイ、メイ、レイ、あい、ハイ、マイの騎馬に乗れない者が、乗車している。
騎馬隊の先頭にイホウギ、その横にイホウゼン、そして、ルカム、ヒエナ、ロッド、騎馬に乗る事が出来る後イ団ガイ、サイ、ヅイ、ドイ、イイが続く。
城塞都市グリが見えると、その前に騎兵が陣取っているのが見えた。
「全軍止まれー」
イホウギの大声である。
「ゼンよ」
「馬車が来たら、手はず通り馬車を前に出し、戦女神様とお母上様を台の上へ」
「頼むぞ」
イホウギがゼンに指示を出す。
「はっ」
ゼンの返事を聞くと、ただ一騎、騎馬を進める。
「イホウギである」
「ヒッジだー」
ヒッジも一騎で騎馬を進める。
「おおヒッジか、久しいのー」
「ばかか、お前は」
「お前と昔話などする気はないわ」
「つれないのー」
「昔なじみに久しぶりに会ったのに」
「この顔の傷、忘れたわけではあるまい」
「わしだって、ほれ」
イホウギは親指を差し出し
「この親指の横の、一ミリの傷痕」
「ほれこれこれ、お前にやられたぞ」
「少しも見えんわ!」
「相子であろう」
「ぐぬぬ、どこもあいこにならんわ!」
ヒッジは槍を突き出した。
イホウギはよろけながら受けた。
イホウギは時間を稼ぎたかった。
馬車に台を組み上げ、女神とお母上様を立たせようとしていたのだ。
イホウギがよろけるのを見て、ヒッジは俄然やる気になり、攻撃を仕掛ける。
イホウギはそれを、よろよろ受ける。
しばらくイホウギが受けていると、ヒッジがゼーゼー言い出した。
「もう疲れたのか」
「うるせー、ぜひー、ぜひー」
「きさま、ぜひー、ぜひー」
「なぜ攻撃しないのだ、ぜひー、ぜひー」
「しても良いのか」
「良いに、ぜひーぜひーー、ひーー」
「決まっている、ぜひー、ひーー、ひーー」
「親父殿―、準備できましたー」
ゼンから声がかかった。
イホウギが棍でヒッジの額をコツンと小突いた。
ドサリ、ヒッジの体が馬からおちた。
それを合図に、ヒッジの騎兵が前進した。
イホウギの騎馬隊も迎え撃とうと突撃を開始した。
「静まれー」
イホウギの大声である。
「あれを見よー」
「トラン神様のお使い、戦女神様とお母上様だー」
馬車の上に櫓が組まれ、その上にハイとあいが立たされていた。
ヒッジの騎馬隊はどうしていいのかわからず止まっていたが、馬車が近づくと、ハイの姿がよく見えるようになり、その姿を見た者が馬を下り、平伏しだした。
ハイの姿は女神と呼んで当然の姿である。
それを見て、イホウギの騎馬隊も恭しくひざまずいた。
城塞都市グリの中がザワつきだした。城壁の上に人々が押し寄せ馬車を見つめる。
コッシュは図りかねていた。
いったいイホウギは何を考えているのか。
あんな女神どうせ偽物であろう。
あんな事でどうだましきろうと……。
だが近づく女神の姿を見て驚いた。
美しいのである。
この世の者とは思えん。
いやいや、私が騙されてはいかん。
「コッシュである」
「そのものが本物であるなら奇跡を見せてみよ」
城壁の上からイホウギにむけ大声を出す。
これこそ、イホウギが待っていた言葉であった。
「お母上様よろしくお願いいたす」
イホウギが一際大きな声で叫ぶ。
「出現」
あいが手を上げる。
グリの街より大きな岩が上空に出現する。
「おおおーーお」
街全体から叫び声が聞こえる。
「そ、そんな幻覚に惑わされるものかー」
コッシュがすこしびびりながら叫ぶ。
あいは岩を、少し離れた草原に落とした。
ずずずずずーーずーん
地震の様に大地が揺れた。
その岩を浮かせグリの上に移動させた。
持ち上げた跡には大きな窪みが出来ている。
大岩が、街の上に来ると日差しが遮られ、街が薄暗くなった。
「戦女神様とお母上様はお怒りである」
「せっかくオリ国の進軍を止めたのに、トランの民同士が戦うなど許せぬ」
「と、お怒りじゃーー」
「神のお怒りを畏れるなら、グリの街を開け放てー」
「この大岩が落とされぬうちに」
イホウギが叫ぶ。
街で騒ぎが起こる。
「しずまれー、鎮まれー」
今度はコッシュが叫ぶ。
「戦神様、お母上様」
「本当に解放しなければ、その大岩を落とされるのですか」
コッシュが櫓の上の二人を見る。
あいとハイがゆっくり頷く。
「撤収、撤収するぞー」
「全員撤収」
現時点での最高責任者の号令である
皆したがった。
信心深いトランの人々は、立ち去るとき、うやうやしく戦神とお母上様に頭を下げ立ち去った。
こうして、グリの城塞都市は無血開城したのだ。
「あーーあ」
突然あいが叫ぶ、回りの人々が何事かと、戦神様とお母上様に注目する。
「私は貧民のあいよ、お母上様はやめてーー」
この地を占領したイホウギは、しばらく南トランに併合せず、いったん北トランの降伏兵を自らの家に帰した。
北トランの自分の家から帰りたくないものは、帰らずともよいと伝えた。
その後家族とともにグリの街へ、現れた北トラン兵は三万を超えていた。
降伏兵のすべてが家族と、一緒になって喜びあっている姿を、あいはずっと見つめている。
後イ団は、あいに近づこうとするハイとマイを引き留めるのに苦労している。
「折角来たのに俺たち出番無しかよ」
イイがつぶやく。
「イイさんはまだいいぜ、俺なんか馬車だぜ」
ロイは馬に乗れるようになろうと心に誓った。
今回の戦いで、貧民服を着た、戦神のお母上様の話が、トラン国全土で広まり、少しだけ貧民に施しをする者が増えたり、暴力が減ったり、貧民の暮らしが改善した。