クロのミス
イホウギと騎兵三千騎は、逃げる北トラン兵に襲いかかった。
逃げる敵兵を背中から討ち取るだけ、一万の兵は瞬く間に減っていき、立っている兵がいなくなった。
「突っ込めー」
「目標、敵総大将」
イホウギは、もし一騎討ちに勝てることがあれば、敵総大将の首を刺違えても取ると決めていた。
「クロ殿、敵総大将を見張って欲しい」
「ここで、総大将を逃しては、すべてが無駄になる」
「師匠の仰せのままに」
クロがイホウギの肩の上で、ため息をつきながら了承する。
クロは分体を出し、その分体の姿を消し敵陣の総大将の所へ飛ばした。
イホウギが敵本陣を目指している頃
北トラン本陣では、総大将タム王子が参軍に話しかけている。
「昨日の夜から騒がしいのう」
「また兵士が喧嘩をしているのか」
どうやら、昨日の夜襲さえ伝えられていないらしい。
でっぷり太った王子が、あご髭が立派な参軍をみる。
「そのようです、まあ戦場ですので我慢をして頂くほかありませんな」
「ありませんな、じゃ、ねーよー、黙らしてこい」
「はっ、ただいま」
あご髭は本陣を出ると、ため息をついた。
この戦いは、北トラン軍にとって有利に戦えるはずだった。
総兵力、十五万の北トラン軍に対し十二万の南トラン軍。
さらには、今攻めようとしていた城塞都市は、たったの五千の守備兵、敵本体は、二日は援軍に来ることは出来ない。
だが有利な戦いには、王族か貴族が総大将として出てくる。
なにも戦いに関心を持たず、ただいるだけの存在、なにかあれば癇癪を起こし、とんでもない命令をする厄介な存在。
タム王子も全く同じ厄介な存在だった。
参軍は外に出て様子を見る。
砂埃が結構近くに見える。
「あれは」
近くの兵士に問いかけると
「敵です」
うそだろう、一騎討ちをしているのではないのか。
まさか、あの三人がやられたのか、ありえん北トランの最強、無双の三将軍だぞ。
参軍の元にはまだ状況の報告は何も届いていなかった。
敵の情報より速くイホウギと、イホウゼンが敵陣を駆け回っているのだ。
あご髭の前に二つの騎兵の姿が近づいていた。
イホウギとイホウゼンである。
ゼンは、敵陣を駆けながら酷い有様に驚いていた。
至る所にけが人や、死体が放置され、すでに向かってくる敵兵もほとんどいなかった。
「親父殿、これは」
「酷い有様だ」
「ゼンよこのまま、本陣を落とす」
「総大将はそなたが討ち取れ」
「任したぞ」
「はっ」
あご髭は自慢の槍を持ち騎馬にまたがった。
「貴様は何者だー」
「イホウギである」
あご髭も北トランの将軍であったが、イホウギの敵ではなかった。
グシャ
イホウギの棍があご髭を一撃で潰した。
「クロどの敵は」
「この中です」
「何人いる?」
「四人です、総大将と護衛が三人」
イホウギとゼンは騎馬から降り、ゆっくり本陣に入った。
「むしゃむしゃ」
「だれだ、外が騒がしいままだ、飯がまずくなる黙らせよ」
返り血で赤くなっている鎧は、赤色を国色としている北トランの兵士と見分けが付かなかった。よく見れば所々、南トランの国色緑が見えているのだが。
「こんな時に飯か」
「俺も王子だが、総大将になっていたら戦場位はいつも気にするのだがな」
剣を胸にすっと差し込んだ。
ゼンがイホウギを探すと、三人の護衛が足下に倒れていた。
イホウギがホウっと息を吐いた。
ばたばたと、イホウギの部下が本陣に入ってくる。
「敵総大将は、息子ゼンが討った」
「北トランの国旗をたたき落とし、我がトラン国の国旗を揚げよ」
「もう十分に敵兵は減らしてある、追撃の必要は無いが、陣に残る敵兵達はきっちりとどめを刺せ」
「いけ」
「はっ」
北トラン兵は、本陣が落ちると、撤退を始めた。
「敵総大将とはいえ、王族だ、遺体は綺麗なまま返してやろう」
イホウギがゼンをみる。
「ご苦労であった」
「殿! 大変です」
「北トランのヒエナ将軍と配下兵一万、ロッド将軍と配下兵一万が帰順を申し出てまいりました」
イホウギを殿と呼ぶのは副将ルカムである。
「大変とはなんだ朗報ではないか」
「そ、それが、けが人が多数いるため、治癒を求めておられまして」
「本軍がくれば対応出来るであろう」
「それがあの、もう一つ」
「ルカム、おぬし歯に何が挟まっておるのだ」
「はっきり申せ」
「はっ」
「女神に会わせろと」
「なに!」
トラン国は他の国とは違いトランという女神、海洋神を信仰する国である。
その昔、トランの漁師達は、海が時化たとき時々、白き衣の海洋神トランに命を救われている。そこから、女神トランを信仰の対象とし、崇めている。
トラン人にとっての女神とはトランのことである。
「女神などおらぬぞ」
「おそらくハイ様ではないかと」
「昨晩、白い衣の美しい女神が自陣に来たのを見た」
「南トランの陣にいるのを見たものがいる」
「女神に会わせろと言っています」
「うむ」
「ルカム、敵軍の遺体の火葬をすすめよ」
「終わり次第、我が弟子に相談する」
火葬は太陽が、かなり傾くまでかかった。
「クロ殿、あい殿をこの地へお願いいたす」
だが、クロはミスを犯しこの後、あいを激怒させてしまうのだった。