南トランの危機
丁度新人歓迎会をしている頃。
夜の草原を駆ける騎馬がいた。
魔法使いの騎馬に回りを照らさせ、焦って騎馬を走らせているのはイホウギ将軍である。
「抜かったわ」
「わしはただの武人だ、先を読んで行動などできぬわ」
「師匠、あい様をお呼びしましょうか」
イホウギの肩に乗った白い妖精のような、魔人クロが話しかける。
クロはイホウギを主人の師匠であるため、師匠と呼ぶ。
「いや、あの弟子はだめだ」
主人をだめ呼ばわりされたクロは少し怒っている。
「いやいや、クロ殿の主人を馬鹿にしたわけではない」
「今回の戦いではできる限り北トラン兵を減らしたい」
「あい殿は敵だろうが味方だろうが、なんでも命を救おうとする、今回ばかりは命を助けてもらいたくないのだ」
オリ国の進行に対し防衛軍を招集した北トランだったが、オリ国の撤退、停戦協定により、その軍をそのまま南トランへ、目標を変え進軍してきたのだ。
北トランは隣接国家がオリ国と南トラン国の二国であり、オリ国と停戦が成立すれば敵は南トラン国一つなのだ。
対して、南トラン国は北トラン国、オリ国、イナ国の三国と接しており、イナ国とも戦争中なのである。
北トランとの戦争が長引けば、イナ国が攻めて来る可能性が高い。
だが現在の北トランへの備えは、最終防衛ラインの城塞都市に五千人の守備兵がいるだけで、他の主力軍はオリ国へ進軍している。
他国では戸籍がないため移動符は使用できない。主力軍が前線に戻るまで二日は防衛しなくてはならないのだ。
イホウギは足の速い騎馬隊だけでも前線に行こうと焦っていた。
この軍が到着したところで、三千人増えるだけだ。
これは、厳しい戦いになるであろうな。
イホウギは死を覚悟した。
歓迎会が終わると、男性陣は飲み直すといって、別の店に移動していった。
残された女性陣は、マイの家で泊めてもらうことにした。
すでにあいはグースカ眠っている。眠りの必要ない魔女なのに。
だが、マイは目がぱっちり開いている。
部屋はレイとメイが同室。
マイとあい、ハイが同室でハイ、あい、マイの順で川の字になって、一つのベッドで眠っている。
だから、マイはどきどきしてねむれない。
そういうわけでは無い、たまたまあいがマイに抱きついて来たので、これは何かあるのではと思ったが、ただの抱き枕だった。
しかもあいがときどき力を入れるので、骨がギシギシ鳴り、激痛が走る。
普通なら痛くてはねのけるのだが、あいを起こしてしまいそうなのでがまんしている。
そのため全く眠れないのである。
静かな寝室にひそひそ話し声が聞こえる。
マイが耳をすますと、ハイが何かしゃべっているのだ。
さらに耳をすますと白い妖精魔人クロとハイがしゃべっている。
何をはなしているのか、までは分からなかった。
あやしいわね、ただでさえ胡散臭い女なのに、何か悪巧みでもしているのかしら。
もし、そうなら絶対許さないんだから。
マイは、一人でもあいを護る覚悟をしていた。
一方のイホウギ。
ロブの町にかえの騎馬が待機しており、騎馬を乗り換え移動符で北トランとの前線に飛び、真夜中、夜襲が出来る時間に、イホウギは北トラン軍の陣にたどり着いた。
「皆、疲れているところすまない、これより北トランに夜襲をかける」
「だが、数人捕虜を捕らえ、混乱させたら、すぐ引き上げ、短い時間だが休んで欲しい」
「撤退の合図はゼンに伝える」
「ゼンよ命令があったら速やかに撤退すること分かったな」
「しかし、親父殿、一人では」
「一人が良いのだ、回りに味方がいなければ、味方を気にせず暴れまくれる」
「頼んだぞ、命令は絶対だ、守ってくれ」
「はっ」
北トラン軍はわずかに警戒をしていたが、まさか夜襲をされるとは思っていなかった。
イホウギの部隊は静かに近づき、柵をイホウギが棍で引っかけて、力一杯引っこ抜いた。
一気に十数メートル吹き飛んだ。
これにはイホウギ自身驚いた。
ゼンも驚き凄まじいなとつぶやいた。
そこから南トラン軍は雪崩れ込んだ。
イホウギは一騎だけで敵陣深く侵入していった。
油断していた敵は混乱に陥った。
「クロ殿、ゼンに撤退の命令を、それと、明かりを消して貰えないだろうか」
「師匠は酷いですね、私はあい様の思いを尊重して、殺人はしていません」
「主人の命もないのに殺人の手助けをさせようなんて」
「ははは、出来ないのならよいぞ」
「できますよ、あい様に怒られたらかばってくださいね」
「それと撤退の指示は、ゼン様に伝えました」
「うむ」
回りから明かりが消え暗闇が広がっていく。
イホウギは、人の気配に棍を振るい、敵を薙ぎ倒した。
暗闇が敵兵に恐怖を生み、同士討ちが次々起こっていった。
この頃には、ゼンとイホウギの騎馬隊は撤退を完了していた。
ゼンが草原で一人、居場所もなく北トランの陣を見ていた。
ゼンは今日この軍に参加したばかりで、話せる相手すらいない。
暗い敵陣から、喚声があがっている。
「親父殿はすごいな、あの中、一人だけで戦っているのか」
「俺なら何分持つだろうか」
「いやとっくに死んでいるな」
喚声が引いた頃、イホウギが血だらけで戻って来た。
返り血がほとんどだが、所々酷い怪我をしていた。
「師匠、私はすでに魔力が底をついています」
「師匠を治癒で治せません」
クロが悲しそうにイホウギに伝えた。
クロは、騎馬隊の治癒と回復で魔力を使い果たしていた。
「うむ」
「クロ殿、何か良い方法はありませんか」
ゼンがクロに助けを求めた。
「治癒が出来るのは、ハイ様がいますが」
「お呼びしてもよろしいですか」
「あの方か、あい殿に内緒でやってくれるだろうか」
「これは酷いですね」
「あと少し遅ければ死んでいましたよ」
ハイが、クロに回復をかけ、駆けつけた。
もちろんあいに内緒で。
「これで大丈夫です」
「すまぬ、ハイ殿」
イホウギが頭を下げる。
「大変な戦いですね」
「せっかく、オリ国と戦わなくていいように頑張ったのに、それが仇となりましたね」
「うむ」
「少し私も手助けいたしましょうか」
「頼みにくいでしょうから、勝手にやってきますね」
そう言うとハイは、いそいそと北トランの陣に滑るように向かっていった。
白い寝着のハイはまるで夜の大きな蛾のようだった。