一件落着
最期の日
ルシャはサンドイッチを食べたミミを、追いかけていた。
ミミは教室へは戻らず家に向かっている。
今帰らないと、体が持たない。
ミミは癌に体を冒されていた。
既に体を蝕む病魔はまともに歩く自由さえ奪おうとしていた。
ミミはふらふらとしながら歩く。
途中でせっかく食べた、おいしいサンドイッチも戻してしまった。
余りにももったいなくて、しばらくその場を動けなかった。
家に帰ると、母親が倒れている。
「ただいま、お母さん」
「お帰りミミちゃん、最後に会えて良かった」
母親は幸せそうに笑うと息を引き取った。
ミミの家は限界を迎えていた。
収入が途絶え蓄えも使い果たし、ミミの母親はこの二週間何も食べていなかった。
兵士であった父の恩給があったはずだが、この国では税等の支払いは徹底的に調べ上げ、銅銭一枚でも取りこぼさないが、給付については手続きを取らないと一切支払われない、気づかなかった者には銅銭一枚支払わないのだ。
ミミの母は、恩給のことを知らなかった。
必死で働いたが、体を壊し、働けなくなったのだ。
ミミは痛いとか苦しいとか一言も言わなかった。言えば母を困らせるだけだと知っていたからだ。
日本の様に救急車はない。医者はいたがお金が凄く高い、だから知られないよう我慢していた。
だがミミの母はミミの体が悪いのは知っていた。
だから母親の希望は、ミミより先に死ぬ事、ミミの近くにいられることだけだった。
二つの願いが叶い幸せに亡くなったのである。
ミミは母を看取ると、玄関でそのまま倒れ気を失った。
気が付くと布団に寝かされ、枕元に金髪のおねーさんがいた。
「喉、渇いていませんか」
「ありがとうございます」
ミミが差し出された水を数口飲むと
「あなたのことを少し教えてほしいの」
「はい、どれだけ話せるかはわかりませんが」
「じゃあ、今日の事から教えて貰っていいかしら」
「はい」
「なぜ、今日あの二人のところへいったのですか」
「ああ、そのことですか、今日で学園に行けるのが最後だと思ったので、ずっと話して見たかった人に話しかけたかったんです」
「凄く勇気がいりました、本当はもっと毎日話したかったのですけど」
「今更ですよね」
ミミはまた気を失った。
ルシャはミミの枕元で、辛抱強くミミの気が付くのを待ち、会話をし、気を失うを繰り返し、とうとうもう死にそうで、気が付くことはないと判断し、まなの所へ来たのだ。
まなに向かってルシャが答える。
「最期の日というのは、ミミさんが死ぬ前にまな様とキキ様と話せる最期の日の事ですよ」
「ええっ」
「待って、ミミちゃん、死んじゃったの、あんなにかわいいのに」
ルシャはまな様は少し変だと思った。
ミミはすでに病気と栄養失調でガリガリに痩せ、骸骨の様である。
とてもかわいい状態では無い。それがかわいく見えるなら、何かおかしい。
変だとは思ったが、無視して答える。
「まだ死んでないです、でもそれほど長くは持たないと思います」
「まだ、間に合うかな」
まなは、なんでもっと早く言ってくれないかなとも思ったが、ルシャは猫で、人間のことなどどうでもいいと思っている事を知っている。
むしろ、心配に思ったときなぜ自分でいかなかったのかと自分を責めていた。
「ぎりぎりですね」
「お願い案内して」
「はい」
まなとキキとルシャはミミの家に急ぐ。
ミミの家はぼろ屋で、荒れ果てていた。
玄関を開けるとぎょっとした。
一つは知らない女性が倒れているのを見つけたから、もう一つは、死にそうと聞いていたミミが上半身を起こしかわいい笑顔でこちらを見たからだ。
「あ、キキさん」
「今日はとっても気分がいいわ」
「どこも痛くないの」
キキを見つけ微笑むミミの顔は、天使のように美しかった。
まなは、天使の時間のことを思い出した。
まなは、叔母を癌で亡くしている。
叔母は末期の癌で、その日成功率十パーセント以下の手術を受けるかどうかで、家族は医師に呼ばれていた。
金額も保険適応で1千万円近くかかる、だが家族は受ける決心をしていた。
その回答をするため、まずは、叔母のもとに集まっていた。
叔母は意識があるときは、ずっと
「痛い、痛い」
と、いっていた。それ以外は意識を失っていた。
だが、家族が集まったその日は、叔母は上機嫌で10分以上話をした、痛みも全くない様子で最後には鼻歌まで歌い出したのだ。
数秒後、叔母はスイッチが切れたように体から力が抜けた。
亡くなってしまったのだ。
いけない、ミミちゃんも天使の時間だ。
最後の天使から与えられた幸せの時間。
病気から解放された時間。
まなはあせった、もう時間が無い。
まなは、ミミを救えるのは自分しかいないと思っていた。
魔法が使えないまなのミミを救う方法、それは魔女の契約。
「ミミちゃん、わたしと友達になってくれないかな」
「いやです」
「わたしが友達になりたいのはキキさんです」
なーー断られた。
動揺するまなを見てミミが笑顔で
「病気が治ったみたいなので働きたいです」
「お金を稼がないと生きていけません」
そう言うと横になった。
「じゃあわたしの所で働きなさい」
「そうねえ、お庭番をして頂戴、どうかしら」
まなは、日本の安土から江戸の時代が好きだった。
お庭番とは、徳川家の安全を影で護った集団のことだ。
ミミはお花でも植えるのかなと、植木屋みたいに考えていた。
まなさんは、おおきなお家に住んでいるのねと思った。
「キキさんとも働けますか」
「もちろん」
「じゃあお庭番として働きます」
「決まりね」
「わたしを裏切らないことを誓ってください」
「はい、絶対期待を裏切りません」
まながミミの頭を撫でるのと、ミミのスイッチが切れるのが同時だった。
ミミには、何の反応もなかった。
「間に合わなかった」
まなが言ったとき、変化が起きた。
骸骨のようだった体が、ふっくらとし、美しくかわいい少女が現れた。
いつもの体が魔力に変る、死ぬより痛い激痛は、ミミにはあまり痛く感じられなくて、普通でいられたのだ。
いままでが、どれだけ激痛に耐えていた毎日だったのかと思い、まなは、この少女と契約できたことを心からよかったと思えた。
ルシャは驚いた、こんなかわいくて美しい人間がいるのかと、
「ルシャは決めたニャ、飼い主はミミ様ニャ」
「ルシャは野良猫卒業ニャー」
ルシャはミミに抱きついた。
「あんた、シャムちゃんの眷属でしょ」
あきれてまなが、ルシャに言う。
「シャム様は、猫の親分ニャ、飼い主はミミ様ニャ」
ミミの母の埋葬を済ませると、まなとキキと、キキにぴったりくっつくミミと、ミミにぴったりくっつくルシャの姿があった。
ミミとルシャが嬉しそうにしているのを見るとまなは、「一件落着」心のなかでつぶやいた。