第百三十三話 あいの行方
「あのー皆さん、余裕があるように見えましたが」
「あれで、全力ですか」
クロが涼しい顔をしている三人に質問した。
「私はほとんど全力です」
レイが最初に答えた。
「私は半分ぐらいで、魔人達の動きを止めることができました」
パイが答える。
「わしも、ほとんど全力じゃった」
「幹部魔人とは強いもんじゃのー」
「はーー、なんだかなー」
「ほとんどと言うところが気になりますが」
「みなさん、すごいです」
「あれは、魔人の中でも相当の強さの者達です」
クロは少し、あきれていた。
「……」
「チェッ」
「もう魔人も出てこないみたいだし」
「俺の出番なしかよー」
じっと森を見つめていた、ロイがぶつくさ言っている。
「さーさー、まなさんは授業ですよ」
「教室へ帰りましょう」
「えーーっ」
「先生、授業はもういいんじゃないかなー」
「駄目です」
こうして、魔人の襲撃が終ると、まな一行はイナ国へ帰り、伐採作業が再開された。
「失礼します、大魔王様」
魔王城の魔王の部屋に三大将軍の一人、ダイマンが報告のため訪れていた。
「ああ、ダイマン、いらしゃい」
「報告とは何ですか」
大魔王は嬉しそうにダイマン将軍の顔をのぞき込んだ。
大魔王の容姿はふっくらとした、人の良さそうなおばさんで黒い衣装を身に纏っている。
「はい、ヤパの国の勇者についてです」
「新しく変わったんですってね」
「はい、殺そうとしましたが」
「供の者に撃退されたと……」
「まあ、本当に強いのですね」
「シロという魔人を憶えていますか」
「はい、知っていますよ」
「あの魔人に、ヤパを攻めさせていたのですが」
「ここに来て攻めることを止めてしまいました」
「何度も攻めるように命令したのですが無視されました」
「恐らく、ヤパの強さを知り」
「単独での攻めを諦めたものかと思われます」
「シロちゃんは頭が良いですからね」
「しかし、命令無視は重罪、その罰として」
「第五席の軍を向かわせたのですが、全滅してしまいました」
「一人も生きている者がいない」
「正真正銘の全滅です」
「あらまあ、やんちゃだこと」
「我らは、シロにヤパ責めさせるのは諦めました」
「とはいえ、誰に攻めさせると良いのか考えあぐねています」
「うふふ」
「そうね、私に案がありますよ」
「……」
魔王は、もったいぶって少し間を開けた。
「いちのみや、この町のことは知っていますか」
「い、いいえ」
「そうですか、うふふ」
「人間の町です」
ダイマンが知らないと言ったことに対し、魔王はご機嫌になっていた。
「しかも、魔王の森の中の町ですよ」
「なんと!!」
「この町はもうじき滅びます」
「えっ!」
「人間の国を攻めるのは」
「人間にやらせた方が簡単に滅びるかもしれません」
「……」
「最高幹部第十席があいているのでしょ」
「はい」
「人間にやらせましょう」
「うふふ」
そういうと魔王は本当に楽しそうに笑った。
「誰かあてがあるのですか」
「ありますよー」
「ゴルドという男です」
「同じ人間をゴミの様に殺せる人間です」
「彼にやってもらいましょう」
「どうですか」
「は、それがよろしいかと」
ダイマンは、平静を装いながら、驚いていた。
大魔王は、魔王の森の事だけで無く、人間の街の事もよく知っていることに。
「じゃあもう一つ助言を聞いて下さい」
「ゴルドを誘うときは、魔王配下の国王になれと行ってください」
「うふふ、人間は国王に憧れていますからね」
「それと、ゴルドちゃんのやることに魔王軍は協力して上げてくださいね」
「魔王様、慧眼、感服いたしました」
「うふふ、頑張ってくださいね」
「良い知らせをお待ちしていますよー」
「は、ははあー」
「すげーーー!!」
「大魔王様はやはりすげーー!!」
魔王の部屋を出るとダイマンは感動していた。
最近魔人が大勢死に、大打撃を受けていた。
魔人は、広大な魔王の森にもそれほど大勢いない。
魔王は魔人が死なない方法を考えていたのだ。
こうして、魔王軍最高幹部十席にゴルドが魔王の口から推挙されたのだ。
セイはあいの体を抱えて、今は海を泳いでいた。
水の中では、セイの涙は見えない。
見えないが泣いていた。
辛く深く悲しんでいた。
いつも優しく接してくれた人達が、一人もいなくなってしまったのだから。
海の中には多くの魚が泳いでいて、セイの目には楽しそうに見えた。
せめて、せめて、おかあさまだけでも死なないでほしいと願っている。
セイの手の中であいはまだ頭を半分失っているままだった。
起きているのか眠っているのか、半目に開いた左目は、ぼーっと一点を見つめている。
それでも血は止まり、死ぬ事はなさそうだった。
セイは海を北へ北へと泳いでいた。
何度か夜になり、朝になった。
前に緑の大地が見える。
セイはそこに上陸した。
そこは、ファンの国の北部だった。
ファンの国もまた貧しい国である。
上陸したセイは、人目を避け、海から崖を登り山道を歩いていた。
あいは歩けるくらいには回復していた。
二人は夜の暗い間だけゆっくり山道を歩いていた。
いつしか深い森に入り込み、さまよっていると、一軒の廃屋を見つけた。
セイとあいはそこに身を寄せた。