第百三十話 最大の悲劇
「わたしは、魔女の契約を嫌っています」
「皆を強くする代わりに、裏切りを許さず拘束します」
「わたしが死ぬと皆さんも死んでしまいます」
「でも、また今回の様なことが、次もあるかもしれません」
「わたしと魔女の契約をして下さいませんか」
「…………」
あいの配下の魔人達はしばらく返事が出来なかった。
だが、これは当然嫌で返事が出来なかったわけでは無い。
嬉しすぎた為、感動して返事が出来なかったのだ。
シロが、皆を代表してあいに答える。
「わたし達は、最初からあい様に絶対の忠誠を誓っています」
「あい様が死ぬときご一緒出来るなら、それは喜びです」
「……」
ここまで言うとシロは言葉を詰まらせて、話しを続けられなかった。
そんなシロをあいは優しく見つめると。
「シロさん私の眷属になって頂けますか」
「はい、絶対不変の忠誠を誓います」
あいが伸ばした手にシロが触れた。
もしこれが普通の人間なら、激痛にのたうち回るのだが、シロは魔人なので、もともと体は魔力で出来ている。
その為、苦痛はなかった。
あいはこの後にハイとミドムラサキ、アカ、アオの順で魔女の契約を済ませた。
そして、シロの城で久しぶりの再会を喜び、食事会を開いた。
メニューは、寿司にうな重の豪華メニューだった。
魔王城の一室に、大魔王配下の六人がそろっていた。
「わたし達は、完敗しました」
キヌが重い口を開いた。
「見ていたから知っている」
魔王軍にもクロのように姿を消せる魔人がいて、ケーシーとキヌの様子をずっと監視していたようである。
「我魔王軍は、実力主義だ」
「強い事が全て」
「あいの強さは、規格外だ」
「無理矢理魔王軍に引き入れた、二人の機転はあっぱれだ」
「うむ」
ケーシーとキヌの敗戦は不問とされたようである。
むしろあいを魔王軍に、無理矢理引き入れたことが評価された感じすらある。
「それより、ヤパ攻めを誰にやらせるかだ」
「それと空白の第十席を誰にするかだ」
「それなら、俺に考えがある」
声をあげたのは魔王軍三大将軍の一人、ダイマン大将軍である。
「ヤパの国には新たに勇者が現れた」
「勇者ロイだ」
「勇者の役目は大魔王様を倒す事」
「いずれぶつかる相手だ」
「勇者ロイを殺した者を、第十席にするというのはどうだ」
ダイマンは一同を見渡した。
「それはいい」
「うむ」
一同賛成した。
魔王の森の人間の町、いちのみや。
町のあちこちから煙があがっていた。
だが、いつも異変を伝えるクロの姿が、いちのみやの町から消えていた。
いつも町の治安を守っている、あいの姿もミドムラサキの姿も無かった。
魔人セイは、強い魔人だったが、生まれたばかりで、まだ園児ほどの知性しか持っていなかった。
あいの追放組はホイを人質にして、セイの動きを封じていた。
セイは、立ち上る煙を見て、そして、傷だらけで刃物を突き立てられているホイを見て、頭の中が混乱して座り込み、何も出来ず泣いていた。
至る所から炎があがり、心ない者達が暴徒と化した。
ここに集まった者の多くは最近移り住んだ者ばかりで、町にそれほど愛着など無かった。
そのタイミングで追放組は、いちのみやにある倉庫を壊した。
暴徒達は物資を我先に持ち出していた。
あいは、町の人の自立を考え、物資を必要最低限しか配っていなかった。
有り余るほどの物資に囲まれていれば、誰も働かなくなるためだ。
この町の城壁の外には牛や豚、羊などの牧場や畑なども用意されている。
町の中は、衣服を作ったり、木工製品を作ったり、多くの作業場も用意されている。
働けばどんどん裕福になれるように工夫されていた。
あいは何より人々の自立を望んでいた。
追放組は、あいの思いなど考えていなかった。
大量の物資を見て、あいの独り占めと考え恨んでいたのだ。
いよいよ追放組は、あいの自宅とこの街最大の倉庫の前に迫っていた。
「火をつけろーー」
「誰も逃がすなー」
「気を付けろー、倉庫には火を近づけるなー」
あいの自宅には、あいの家族を心配して、集まっている者達がいた。
親あい派の者達だ。
追放組は、後々邪魔になる者達を、一網打尽に出来るチャンスだった。
あいの家族は、あい配下の者にとっては最も大切な守るべき者だった。
いつもなら、クロが絶対目を離さない対象だったが、今は分体のクロの姿はなかった。
あいの母親は、クロの名を呼んでいた。
弟と妹は姉の名を叫んでいた。
迫り来る炎の中で。
あいの自宅に集まっている者達も何とか助けようと、逃げ道を探していた。
だが人を信じ過ぎているあいに、隠し通路など作る気はなかった。
隠し通路の無い建物はまわりを囲まれ、全体に火が付けられると、もう逃げ道などなかった。
中の者達は、一刻も早く助けが来ることを願っていた。
あいは、配下の魔人をシロの城に残し、自分だけいちのみやに帰って来た。
「……」
あいは、しばらくその場に立ちすくんでいた。
あいの目の前には、自宅があるはずであった。
だが、あいの前にあるのは、黒い炭の塊だった。
「火事になったのかしら」
「おかあさんは無事かしら」
「探さなきゃ」
ふらふらと家族の無事を信じて歩き出した。
町の中は至る所が焼けていた。
あいの目に、泣いているセイの姿が飛び込んできた。
セイの前には、黒焦げの人の形をしたものがあった。
「セイちゃん、無事だったの」
「おかあさま」
「おねえさんが……」
黒焦げの人の前に座り込み泣いていた。
「今頃帰って来たのか」
追放組があいの姿をみつけ人数を集め囲んでいた。
「おまえの家族も、仲間も全員焼け死んだぜ」
「もうここにはお前の居場所はねえ」
体の大きな男が、あいの頭を後ろから、巨大な槌で殴りつけた。
あいの頭は、何故か殴られるまま陥没した。
あいは殴られる前に全てを理解し、絶望していた。
目から光が消え、この事実が嘘であって欲しいとねがった。
この悲しみを消して欲しいと願った。
あいの頭は半分陥没し、陥没は右目も奪っていた。
ふだんなら、魔力が勝手に治癒する筈だが、あいの頭から悲しみを消す為か、脳を壊したまま治癒しなかった。
セイの前に、今度は頭が半分無くなったあいが倒れてきた。
セイは、回りを取り囲む追放組達に、怒りの目を向けた。
「うおっ」
追放組はセイの強さを知っている為、一瞬怯んだ。
そのすきにセイはあいの体を抱き上げると、町を囲む堀に飛び込んだ。
セイは元々魚の魔人であり、泳ぎが得意な魔人である。
こうしてあいとセイの姿が人々の前から消えてしまった。
翌朝は気持ちのいい快晴だった。
まなは、いちのみやの神社に来ていた。
ハルとキキと三人で来ていた。
町外れにある為、朝のこの時間に人影は無い。
「ちょっとまっててね」
「ハルちゃんを救えた感謝を伝えてくるから」
「それなら私も行きます」
私とハルちゃんが形だけのお社に手を合わせていると、キキちゃんも横に来て同じように手を合わせています。
とてもほっこりします。
「あのー、まな様少し焦げ臭くありませんか」
はるちゃんに言われて、臭いを嗅いでみると、少し焦げ臭さを感じます。
町を良く見ると煙も少し上がっています。
「大火事でもあったのでしょうか」
「クロちゃん、何があったのか分りますか」
「……」
「まな様、クロさんはいません」
「お呼びしましょうか?」
「そうですね」
「お呼びですか、まな様」
現れたクロちゃんは、いつもの白い美少女姿では無く、大人の姿で白い美女でした。
「クロちゃん、その姿はどうしたのですか」
「これですか」
「昨日魔王配下の強い魔人と戦ったとき、力が分散していては太刀打ちできなかったので、分体を戻して完全体に戻りました」
「そうですか」
「じゃあ、町がどうしてこうなったのかは、分らないのですね」
「えっ……」
「えーーーーーっ」
「……」
「すぐに調べますのでお待ち下さい」
クロちゃんの体がキラキラ光り、いつもの白い美少女姿になります。
きっと、一杯分体を飛ばしているのでしょう。
「ぎゃーーー」
「大変です」
「あい様を探せません」
「えーー」
「でも、大丈夫でしょう」
「あいちゃんは死んでいませんよ」
「まな様何故分るのですか」
「だって、あいちゃんが死ねば」
「眷属の、クロちゃんも死んでしまうはず」
「クロちゃんが生きているなら、あいちゃんも生きています」
その後、わたし達は、あいちゃんの家族が亡くなった事を知りました。