第百二十九話 完全勝利
「不本意だが、三人で行くぞ」
ミドムラサキが、アカとアオに声をかけた。
戦闘態勢に入った三人だったが、三人の目はケーシーの動きを追えなかった。
ミドムラサキは、あごに打撃を受け、首が折れ意識を失い、アカとアオは大きく胸がヘコンで倒れている。
ケーシーは物足りなさそうに三人を見下ろす。
ブンッ
振動音と共にシロを中心に極薄い赤色の光の壁が出来た。
ようやく体がほぼ戻ったクロが結界を張ったのだ。
結界はシロとハイ、ミドムラサキ、アオ、アカを包み込んだ。
「無駄なことを!!」
ケーシーが不気味に微笑んだ。
ゆっくり、光の壁に手のひらを伸ばすと。
「でえーーーい」
魔力を込めた攻撃を仕掛けた。
だが、クロの防御壁はそれをはじき返した。
「なにーーい」
ケーシーは驚いていた。
驚きすぎて少し目玉が飛び出していた。
「くそーー」
「すごいわね、ケーシーの攻撃をはじき返すなんて」
キヌはケガを治し、ケーシーの隣に近寄ってきた。
キヌの服はボロボロになり露出が大きくなっている。
見えてはいけないところが、かろうじて隠れているだけだった。
ケーシーは横目でチラリと見たが、じっと見るのはやめておいた。
「二人でなら壊せるのかしら」
キヌは、拳を固めた。
「クソォ」
「二人で行くぞ」
ケーシーとキヌは息を合わせて、クロの結界に攻撃をしようとしていた。
魔人達は、力を合わせて戦うことがトコトン嫌なようだ。
一方。
シロからあいに助けを呼ぶように言われたクロは、分体であいに事情を説明していた。
おおよその説明が終ると、あいに移動魔法をかけた。
あいは移動魔法でクロの結界の中に現れた。
バシューウウー
ケーシーとキヌの攻撃で結界が消し飛んだ。
「あらら――」
「これは酷いわね」
あいは、倒れている配下の魔人に治癒と回復をかけた。
最初に気が付いたのはハイだった。
「あ、あいさまーー!!」
ハイは久しぶりに会うあいに感激してしまい、抱きつき顔を埋めてしまった。
そして、泣き出してしまった。
この時クロはあいに付いていた、分体を本体に取り込み久しぶりの完全体になった。
ケーシーとキヌは面食らっていた。
結界が消し飛んだいま。
自分たちに背を向け、ハイという魔人に抱きつかれ、無防備になっている変な服を着た少女に。
あいは、まなとお揃いのセーラー服を着ている。
「なあ、キヌ攻撃してもいいのか」
「真剣勝負だよ、やっていいに決まっているわ」
「でええーーー」
ケーシーはあいの背中に拳をたたき込んだ。
ミドムラサキの首をへし折った勢いそのままに。
ドンッ
あいの背中にケーシーの拳があたった。
あいの、体はビクンと波打った。
目から一粒の涙がこぼれ落ちている。
だが顔は、ハイに向けられ笑顔である。
ハイに心配かけまいと何事も無かったように笑っているのだ。
ハイは、あいにひとしきり甘えると満足して離れた。
「ハイさん元気でしたか」
「はい、あい様」
「と、とってもあいたかったーー」
ハイは、あいに会いたいのをずっと我慢して人一倍頑張っていたのだ。
「アオさんも、アカさんも久しぶり」
ミドムラサキには声をかけなかった。
なぜなら、さっきまで、いちのみやで、一緒でしたから。
「お、おまえ、俺の拳が痛くないのか」
ケーシーが驚いた顔で、あいに問いかける。
「いったいに決まっているでしょ」
「涙が出たわよ」
「痛いって、良く耐えられたねー」
キヌも驚いてつい口から出てしまった。
「そんなの耐えられるでしょ」
「拳が来るのが分っていれば」
「そこにグッと力を込めればいいだけだもの」
全員の目がまん丸になった。
「みんな、私の後ろに隠れて!!」
「恐ろしい魔王の手下が来ているの」
全員をかばうようにあいが手を広げた。
「クロちゃん、敵はどこですか」
「……」
「……」
配下の魔人も、ケーシーもキヌも面食らっていた。
あいの広げた両手の後ろにケーシーとキヌがいたからだ。
あいは、この二人さえも恐ろしい敵から守ろうとしたのだ。
「ぶーーーっ!!」
ずっと緊張していたあいの配下の魔人が吹き出していた。
いつも仏頂面のシロが腹を抱えて笑っている。
「あ、あい様まだ分りませんか」
クロが代表して質問した。
「はー、なにがーー」
「……」
「おい!!」
「俺たちが恐ろしい大魔王様の配下の者だ!!」
「あらら、そうですか」
「そんなに、美しくて、優しそうな顔をしているのに」
「あなた達が……、あなた達が……」
「ハイさんやクロちゃんを殺したんですね」
クロは、この時、「私はやられていませんよーー」っと、心の中で叫んでいた。
「そうだ!!」
ケーシーの顔が、真剣になった。
同時にあいの顔から表情が消えた。
あいの顔から表情が消えると、配下の魔人達からも笑顔が消え、あいの怒りに恐れおののいた。
「ケーシー」
「この子やばい気がします」
「二人がかりで行きましょう」
「まじかよー」
「だが、キヌがそういうなら間違いない」
「わかった!!」
「いくぞーー」
あいに恐ろしい魔王の配下が二人同時に襲いかかった。
ズンッ
大地を震動させるような低い重い音がした。
二発のパンチの筈が一度しか音は聞こえなかった。
ケーシーもキヌもひざまずき、口から何かをぶら下げている。
余りの衝撃に内臓が飛び出しているのである。
「す、すごい!!」
「あい様のはらわた返し」
ハイは目の前であいの戦いを見て、目をキラキラ輝かせている。
「クロちゃん、治して上げて」
「はい、あい様」
「……」
「ガハッ、ガハッ」
ケーシーと、キヌはクロの治癒を受け、全快した。
「くそう、俺たちの負けだ」
「完敗だーーー」
二人がそう言うと、あいは又身構えた。
「……」
「あのう、あい様、何をしているのですか?」
キヌは実力の違いを知り、あいを様づけで呼んでいた。
「エッ、次は魔法勝負では?」
「なぜですか?」
「これほど実力差があるのですから」
「やらなくとも、俺たちには勝ち目などありませんよ」
「まさか、あい様にそんな馬鹿な勝負を挑んだ奴でも」
「いたのでしょうか?」
丁寧な口調になった、ケーシーが不思議そうな顔をして、あいに疑問をぶつけた。
あいは、後ろのハイとアカとアオを見た。
以前この三人はそんな馬鹿な勝負を挑んでいる。
※注 第三十四話参照
「じゃあ、もう戦わないのですか」
「もちろんです、あい様」
「ところであい様、我々を倒した以上」
「あい様が、魔王軍最高幹部第二席と第三席を引き継いで頂かないといけません」
「えーー、いやだーー、あなた達がそのままやって」
「わ、わかりました」
「ただし、わたし達は、あい様の代理という形で引き継ぎます」
「それで、よろしいですね」
「はい、何のことか分りませんが、それでいいです」
あいがいい加減な返事をすると、キヌはシロに話しかけた。
「シロさん、もはや、ヤパを攻撃しろとは言いません」
「ですが、魔王軍がヤパに進軍するのを」
「邪魔はしないで欲しいのですが……」
「あい様次第です」
「では、あい様、どうでしょうか」
「あーー、邪魔はしません」
「でも出来ればヤパをいじめないで欲しいのですが」
「あい様に言われるとそうしたいのですが」
「大魔王様の命令ですから」
「そちらを優先しないと……」
結局、魔王軍は、ヤパ攻めをシロに任せるのを諦め、別部隊を送ることにした。
それだけ決めると、ケーシーとキヌは魔王城へ報告の為帰って行った。
あいは目を閉じてじっとしていた。
配下の魔人は不安そうにあいを見つめる。
あいの眉毛が少し吊り上がっている為、怒っているのでは無いかと恐れていた。
「ごめんなさい」
「これは、やはり私のミスです」
「嫌なら断って下さい」
「聞いて下さいますか」
あいは、目を開くと天使の様な微笑みを浮かべて、シロ達の方を見た。
魔王の森の町いちのみやでは、あいの追放組が、活発化していた。
なぜか、ミドムラサキがいなくなり、あいまでもいなくなったのだ。
千載一遇のチャンスと沸き立っていた。