第百二十七話 魔王の森
イナ国が南トランとの戦争に勝利をあげた頃、魔王の森にも動きがあった。
古びて少し崩れかかった城の真っ暗な廊下。
なにも見えない暗闇の中を、大きな体に立派な甲冑を身につけ、恐ろしい顔をした男がゆっくり歩いている。
夜目が利くのであろう、迷路のような城の廊下を、迷いもせずズンズン進んでいく。
大きなドアの前で立ち止まるとそのままドアを開け中に入った。
「これは魔王軍大将軍、ダイマン様、お久しぶりです」
城主は席を空け、ダイマンの前にひざまずいた。
ひざまずいた男は髭ずらの痩せた、目つきの鋭い男だった。
「うむ、大魔王様からの命を伝える」
「魔王軍最高幹部第五席、サビンよ」
「魔王軍最高幹部第四席、シロを討て」
「以上である」
「……サビン、お前を推薦した、わしの顔に泥を塗るなよ」
「ダイマン様、シロ様の罪状は何でしょうか」
「大魔王様からの命令無視だ」
「ちなみに命令の内容は」
ダイマンを見上げながら、サビンは少し冷や汗をかき、質問する。
シロを殺せば次にその命令を受けるのが自分になるからだ。
「ヤパを滅ぼせだ!」
おかしい、シロ様は最近までヤパを攻めまくっていたはずだ。
何故無視をしたのだ。
……関係ないか、俺は俺で命令を受けたら攻めれば良いだけだ。
そう考えた。
「シロ様は殺して良いのですか」
「生かして捕らえよ、とかじゃあ無いでしょうね」
「好きにして良い」
「ふふ、承りました」
「シロ様を倒し、魔王軍第四席に就任いたします」
「大魔王様に宜しくお伝え下さい」
「うむ」
ダイマン将軍の姿は消えた。
その後のサビンの動きは速かった。
直ちに配下の幹部を集め、シロ討伐軍を編成した。
サビンは、第四席の座をずっと狙っていたのだ。
「やっと、チャンスが来た」と思っていた。
「ケビンはいるか」
「いるぜ、兄貴」
「お前は先に行き、少し遊んでこい」
「わかった、楽しんでくるぜ」
「腕の立つ奴、二,三人借りていくぜ」
「構わん」
「だが、シロだけは俺が殺す」
「お前が殺しては、第四席がお前の物になってしまうからな」
「分っているさ、だが生きてさえいれば、どんな状態でも構わないよな」
「ふふふ、どんな状態でも構わん」
サビンとケビンは、気持ちの悪い笑顔を浮かべた。
シロの領地は広い、その領地に住む魔人の数は少ない。
そのほとんどの魔人は、シロの城の近くに住んでいる。
既にケビンはシロの城の近くまできていた。
「やっと、魔人がいる」
「さすがに、最近まで人間と戦っていたからか、人口が少ないな」
「ケビン様、人間に殺されるような、魔人は魔人ではありません」
「そうか、お前達は知らないのだな」
「魔王の森に住む人間は弱い、でもここより少し北に行くと」
「人間だけの国があり、そこの人間は、群れることで」
「魔人を倒す力を持っている」
「そ、そうですか」
「まあ、シロという魔人を殺せば、次はその人間と戦うことになる」
「楽しくなるぞ」
「まずは、この辺りにいる魔人を手当たり次第痛めつける」
「いくぞ!!」
「は!!」
言葉通り、ケビンは手当たり次第に、シロの領地の魔人の息の根を止めていった。
シロの領地の魔人達は不意打ちであったため次々命を奪われていく。
最初に異変に気が付いたのは、クロであった。
クロはシロに報告すると共に、アオを呼び出し、ケビンの前に移動させた。
「大魔王様の命令だな」
「好き勝手をしてくれる」
全身赤色の魔人アオである。
回りに倒れている人影を見て顔をしかめる。
少しつり目の好戦的な顔はしているが、それなりの美女である。
町外れを笑いながら歩く、ケビンの正面に立ちはだかった。
「ほう、少しは骨のありそうな奴が現れてくれたな」
「丁度退屈していたところだ」
「ケビン様、どうされました」
アオとケビンが対峙していると、ケビンの仲間が集まってきた。
「どうした、四対一じゃあ分が悪いか」
「残念だが、仲間を呼びに行かせる気はねえぜ」
既に勝ちを確信し余裕の表情を浮かべた。
「馬鹿なのかお前ら、相手の戦力も分らないうちに、仲間を呼ぶ奴がいると思うのか」
「私は仲間の中で一番弱い、捨て駒だ」
「お前達の強さを測るのさ」
「私の死に方で、仲間が戦うのか逃げるのか推し量るのさ」
「さてはお前ら戦いの素人だな」
言いながら、アオは顔をこわばらせ、死を覚悟していた。
「うるせー!!」
ケビンは、仲間と共にアオを囲んだ。
アオは、久しぶりの緊張に身震いが起きた。
そして、緊張をほぐす為、その場で数回ジャンプした。
豊かな胸も遅れてジャンプした。
「いけえーー」
ケビンのかけ声と共に、ケビンの部下が同時に襲いかかった。
「……」
アオは、ケビンの部下が思いのほか動きが遅いので拍子抜けしてしまった。
だが、相手にそれを悟られないように、ギリギリでかわし一人を殴り飛ばした。
「ぐわあ」
殴られた男はたおれて動かなくなった。
「くそう、何をしている」
「続けて攻撃をしないか」
その声と共にもう一撃、加えようとアオに襲いかかった。
アオはそれをギリギリでかわすと、また一人殴り飛ばした。
そして、怯んでいる男の懐に飛び込み殴り倒した。
「これで、一対一になったな」
アオはわざと大きく肩で息をしながら相手の顔を見た。
「ふん、ギリギリじゃねえか」
「そんな状態で勝てるのか」
「では、私も武器を使用させていただきましょうか」
アオは腰から剣を抜いた。
「なっ」
「貴様卑怯だぞ、武器を使うなんて」
ケビンは今まで命の危険性を感じていなかった。
アオが剣をかまえたことにより、命を失う恐れを感じてしまった。
「よく言う、いまお前が手にしている物は何だ!」
ケビンは剣を手にしていた。
対するアオは、これまで素手だった。
「じゃあ、捨てる」
ガシャン
そう言うと、ケビンは剣を投げ出した。
「馬鹿なのかお前は、それで私が、何故剣を捨てなくてはならないのだ」
「なんの罪も無い領民を殺したんだぞ、死んで償え」
「まてーーっ」
「おれは、使者だ」
「そうだ、使者なのだ」
「魔王軍最高幹部第五席、サビン様が攻めて来ることを伝えに来たのだ」
「サビンの使者は敵国の領民を殺すのか」
「そ、そうだ、サビン様からそう指示されたんだ」
「ふーー」
「もういっていいぞ」
アオは呆れていた。
そしてこの男に付き合うのが時間の無駄に思えた。
「わ、わかってもらえたか」
「では部下を連れて帰る」
「し、シロ殿にはしかと伝えてくれ」
「……」
「ぎゃーーーっ」
「死んでいるーーー」
「えええーーっ」
ケビンが部下を助け起こそうとしたら、部下が死んでいたのだ。
そして、アオがそれに驚いていた。
(こ、こいつらどれだけ弱いんだ)
「た、たすけてくれー」
ケビンは必死で走り出していた。
アオは、それを追わなかった。
「くそーー」
「なんなんだあいつ」
「あいつが一番弱いなんてありえねーだろー」
「恐らくシロの次につえーはずだ」
「くそー、くそー」
「あんな奴らとまともに戦っても勝てねーぞ」
逃げていくケビンを見つめ、自分の強さを改めて思い返していた。
あいつらが弱いのか、私が強いのか。
以前アオの実力はケビンと同じ位であった。
だが、あいとの戦いであいの回復魔法を受けて、実力は遙かに上昇していたのだ。
シロの城の近くで倒れている魔人は、剣で刺し殺されていただけなので、クロの治癒魔法で全員回復していた。
「あにきーー」
「大変だーーー」
サビンの崩れかかった古城にケビンの大声がこだまする。
「どうした、騒がしいぞ!」
「あ、兄貴!!」
「あいつら、強すぎる」
「なめてかかったら大変な事になるぞ」
「シロの配下でも」
「俺より強かった」
「なにーーっ」
ケビンの実力は、サビンの配下の中では、サビンに次ぐ実力なのだ。
「誰と戦った」
「全身赤い魔人だった」
「ならばアカか」
「アカ程度で、ケビンと互角なのか」
「兄貴どうする」
「大丈夫だ、心配するな」
「シロは、ヤパとの戦いで兵力が激減している」
「兵力で考えればこちらの方が五倍だ」
「全兵力で戦えば楽勝だ」
「なるほど、さすがは兄貴だ」
サビンは領内の兵力を全てかき集めシロの領内へ兵を進めた。
魔王の勅令の為、サビンの留守を攻める者がいない為に出来る荒技だ。