第百二十六話 ちゃんと保護
「あのーまな様、お伝えしたいことがあるのですが」
わたしは砦の待機から帰ってから、パレイ魔女商会のカウンターに座り一息ついています。
待機をしていただけですが、疲れが溜まっているのか、他の皆はぐっすり眠っています。
ガランとしたお店は、四つの机と椅子が置いてありますが、広すぎて少し怖ささえ感じます。
まるで廃墟です。
「賑やかにしたいなー」って考えているときに声がかかりました。
「珍しいですね、クロさんから話しかけてくれるなんて」
「済みません、こんな夜更けに」
「まな様に助けを求めている方がいます」
「誰ですか」
「はい、ハルさんです」
「……」
わたしは人の名前を覚えるのが苦手です。
「ハルさんだけではピンと来ません」
「コウさんの六人の、メイドさんの一人です」
クロさんのヒントでやっと誰だか分りました。
「あの可愛い子ね」
「直ぐ助けましょう」
まあ、わたしに助けを求める人は、出来るかぎり全員助けたいと思いますけどね。
わたしは何だか暗い森の中に着きました。
星の光があるので、真っ暗闇では無いですが、小さな少女にとってこの暗闇は恐怖でしか無いでしょう。
白い妖精姿のクロちゃんが少し発光して指を指しています。
「なんですか、これは!」
そこには、悲しみに押しつぶされた様な表情の少女が、息絶えていました。
「可哀想に、辛い日々を送ったのですね」
「気づけなくてごめんなさい」
わたしが見ることが出来る範囲でも、あざや怪我だらけです。
特に肩と肘の怪我が酷くて、血だらけになっています。
服の下は、もっと酷いのでしょう。
まだ、涙に濡れている目は、すっかり落ちくぼみ、頬は痩けています。
「ちゃんとご飯も食べられなかったのね」
「小さな子供が、お腹をすかせるということが、どんなに辛いか」
「あなたの幸せは何だったのでしょう」
わたしのいた日本でも子供の虐待があります。
ニュースを聞く度その悲惨さに涙を流していました。
いま、それが目の前にあります。
この世界では、日本より一杯こんなことが起こっているのでしょう。
わたしは、目の前の少女をみると怒りより、報われなかった少女の命に悲しさしか湧いてきませんでした。
そしてわたしは今、この幸薄い少女を助けられる、魔法に感謝しています。
「クーちゃん、この子を助けます」
「治癒と回復を」
「回復は、ちょっぴりでお願い」
回復をちょっぴりにしたのは、おいしい物を沢山食べて、自分で回復して欲しかったからです。
治癒とちょっぴりの回復がかけられたハルちゃんは気持ちよさそうに眠っています。
「クーちゃん!」
「パレイ魔女商会の四階のわたしの部屋へ」
「移動をお願い」
わたしのベッドで気持ちよさそうに眠る少女の顔を見ていると、すごく癒されます。
「このこ、ハルちゃんだっけ」
「めちゃめちゃ可愛いわね」
「コウさんに返すのもったいないわね」
「ここで、働いてもらいましょうか」
「……」
わたしの独り言がうるさかったのか、目を覚ましてしまいました。
「おはよう」
「お腹空いていない」
ハルちゃんはビックリしたような顔をして、目をぱちくりしています。
「……」
「あなたは、死んでいないわよ」
「だって、わたしに助けを求めたのでしょ」
「……」
ハルちゃんは無言でわたしにしがみつきました。
顔はめちゃめちゃ笑っていますが、目から一杯涙がこぼれています。
「いろいろ食べたい物があるかもしれませんが」
「最初はおかゆを食べましょう」
わたしは、ハルちゃんにおかゆをだしました。
余りおいしくすると、胃に負担がかかるので、ちょっぴりの塩とちょー薄くかつおだしを加えた、極薄のおかゆを出しました。
レンゲを手にしたハルちゃんの手がぷるぷるしています。
「おいしい」
目がキラキラしています。
もう大丈夫ですね。
しばらくは、この子の我が儘はなんでも聞いて上げたい気持ちで一杯です。
夜が明けて、一階のパレイ魔女商会のお店に、四階から女性陣が降りてきました。
何が起きたかクロさんから、詳細を聞いた女性陣は、激怒しました。
「コウさんには、任せて置けませんね」
パイさんが怒っています。
「本当ですよ」
そして、先生も怒っています。
「家族から売られた人達を保護した場合」
「家族の元が幸せかどうかよく考えないといけませんね」
レイさんは、いつも冷静です。
「そうよー、保護するなら、ちゃんと保護しないとーーー」
三人の声がそろいます。
「虐待をした家族にも、罰が必要だわ」
パイ先生がハルちゃんの家族にも怒りをぶつけます。
これにハルちゃんが反応しました。
「あのー、わたしの家族には何もしないで下さい」
「だめです、あなたの家族は放って置けません」
「……」
「いいえ、あなたの家族だけではありません」
「苦しい生活をしている人達を放って置けません」
「今のわたしは力が無いので何も出来ませんが」
「きっともう少しましな生活が出来るように頑張ります」
わたしはクロちゃんからハルちゃんの家で食べられている、食事の内容を聞いていました。
ハルちゃんへの暴力以外は、まじめに働いている家族です。
もう少し、報われてもよいのではないでしょうか?
「まな様――」
ハルちゃんが抱きついてくれました。
「ハルちゃんも大きくなったら、手伝って下さいね」
「はい!!」
うん、いい笑顔です。
でも、考え無しで、えらいことをいってしまった。
ぎゃーー、後ろでパイさんと先生とサエちゃんが涙ぐんでいます。
あっ、レイさんはいつも通りです。
「ガウーー」キキちゃんもいつも通りです。
今日は、わたしは、学校です。
先生に休みすぎていることを指摘され、ハルちゃんの事は気になりますがひとまず学校へ行くことになりました。
「じゃあ、レイさん、パイさん、クロちゃん行ってきます」
「クロちゃん、ハルちゃんが食べたいもの何でも食べさせてあげて下さい」
「れいさん、パイさん」
「ハルちゃんをめちゃめちゃ、甘えさせてあげて下さい」
「あと、あと、えーーとー、……」
「もー心配しすぎです、早く行ってください!」
パイさんがわたしのしつこさに呆れて、怒ってしまいました。
「や、やっぱりわたし学校休みます」
「もーまなちゃん、どれだけ学校が嫌いなんですかー」
今度はサエちゃんまで怒っています。
わたしは、学校なんて休めるものなら休みたいのです。
日本では、貧乏な家計から無理して行かせてもらっていたので休んだことはありませんでしたが、今は休んでも良いのでは?
教室では、昨日の戦争の事を皆それぞれ話し合っています。
わたしは、いつも気配を消して静かに挨拶もせず、忍者の様に自分の席に着きます。
「いつも、そうやって登校しているんですね」
ぎゃーーっ、そ、そうでした今日はサエちゃんと一緒でした。
黒板に男子生徒が、昨日の戦争の内容を詳細に説明しています。
この世界の、情報は速いです。
何百キロ先の最前線からの情報でも、同じ国内なら、移動魔法で一秒です。
移動だけ考えれば日本より進んでますね。
さっきから、それぞれ勝手に話をしている生徒達の視線が時々わたしに集まります。
ちらちら、ちらちら、いくら何でもそれだけ見てきたら、鈍感なわたしでもきがつくちゅーーねん。
「もーーっ、まなちゃん!!」
「この教室の全員が、まなちゃんと話したいのですよ」
「いい加減話をしてあげて下さい」
とうとうサエちゃんが皆を代表して、わたしに皆と話すよう、仲介してきました。
「えーーっ、だってわたし、対人恐怖症だし、皆と話せるような資格は無いですよ」
こんな大勢と話すときはわたしの声は、小さく、か細くなります。
恐らくゴニョゴニョとしか聞き取れないはずです。
「もうみんな、まなちゃんの凄さには気が付いているのですよ」
「えーーっ」
「どうしてーーーっ」
皆の手にはだだの白い木の棒が握られ、それを頭上に上げました。
「あーー、それはわたしがだした、出来損ない」
「はーー、なんてーー」
「できそこないーー!!」
「この、素晴らしい杖がーーー」
教室内に大声が響きます。
「し、失言です」
「皆が素晴らしい杖というなら、素晴らしい杖です」
わたしはあせって、言い直しました。
「それに、キキちゃんは、世界一強い女の子でしょ」
生徒の一人が嬉しそうに声をあげます。
クラス全員の視線がキキちゃんに集まります。
自由人キキちゃんは、このタイミングでもりもり鼻をほじっていました。
サエちゃんが黒板で昨日の戦いを説明し始めました。
「この壁がまなちゃんが作った壁です」
「高さ十メートルの頑丈な壁です。これが、南トラン軍の撤退を阻みました」
「ササ領のアド正隊の武器もまなちゃんが作った物です」
嬉しそうに説明していますが、何だかわたしを過大評価していますね。
「委員長その割に、まなさんのことが何も発表されていませんが」
ここだー、わたしが本当をの事をいわなくてはいけません。
「委員長!!」
「良く言いすぎです、わたしは本当になんの役にも立っていません」
「だから、なにもいわれないのです」
「まなちゃんは黙って!!」
ぎゃーー、本人だよーわたしーー!!
「他国にまなちゃんのことをバレないようにする為です」
クラスの全員が納得してしまいやーがりました。