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北の魔女  作者: 覧都
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第百二十五話 家族との再会

ミッド商会会長のコウは朝からご機嫌であった。


オリ国の南の首都と呼ばれるコオリ。

この街の郊外にある、貴族の大邸宅を買い取りコオは住んでいる。

大邸宅には六人の小さなメイドが働いており、その一人、最年少六歳の少女ハルの両親が、ハルを探しているという情報が入ったのだ。


情報は、オリ国最北の宿屋の女将からもたらされた。

宿屋にハルの両親が現れたというのだ。

これを聞き、コウは喜んだ、そして直ぐにハルを両親の元へ送り届ける手配をした。


「お呼びですか旦那様」


ハルはコウに呼ばれてコウの部屋に入った。

コウのとろけそうな笑顔を見て、嫌な予感がした。


「ハル、喜べ両親の元へ帰れるぞ」

「両親が、ハルのことを探していたんだ」

「帰れるぞ、帰れるんだー」


恐ろしい顔に、大量の傷痕、大概の恐ろしい顔を持つ人の上をいく恐ろしい顔のコウが、うれしさの余り泣きそうになっている。


「よかったなー」

「よかった、直ぐに帰れるからな」


コウの喜びとは裏腹にハルは、少し浮かない顔をした。

だが、コウの喜びを邪魔したくなくて、浮かない顔を一瞬で消し去り、作り笑顔でこたえた。


「コウさん、準備が整いましたよ」


白い妖精の様な姿のクロが、姿を消す必要が無いので、そのまま姿を出して笑顔で声をかけた。


「やってくれ、クロさん」


「待って、クロちゃん」


ハルはコウに抱きついた。その目から大粒の涙がこぼれていた。

しばらく抱きついた後、ハルは自分から数歩コウから離れた。


「お別れは済んだ、行くわよ」


ハルは、返事をしなかった。

少しの間様子を見たクロだが、移動魔法をかけてハルの家の前に移動させた。




久しぶりの自宅だった。

今まで住んでいたコウの大邸宅と違い、おんぼろの汚い小屋、これがハルの家だった。

ここに両親と四人の姉妹が住んでいる。

だが、ハルだけはこの両親、そして姉妹と血のつながりは無い。

領主が替り、重税の為、ハルの家は困窮している。

一人扶養家族が増えてまでこの両親が何故ハルを探していたのだろうか。


ハルが扉を開けると家族は全員そろっていた。


「わたし達は、畑で作業をしてくるから、洗濯と掃除は頼んだよ」


母親が冷たい表情でハルに声をかけた。

久しぶりに帰ったハルに笑顔を向ける者は一人もいなかった。

ハルは緊張した顔でこくりとうなずいた。




両親は畑に出ると話し出した。


「運が良かったな、ハルが帰って来た」


「ああ、運がよかった、ハルが途中で逃げてくれた御陰で、又売る事が出来る」


「そうだね」


「早いとこ、また、人買いが来てくれないかねー」


ハルの両親は、心から嬉しそうに笑い合った。


一人残されたハルは、洗濯物を干し、必死で掃除をしていた。

必死で掃除をしたところで、この汚いボロ小屋がピカピカになるはずも無いのだが、幼いハルは必死で掃除をしていた。


洗濯物を取り込み、たたみ終わってから、少し休んでいると家族が帰って来た。


「おまえ、またさぼっていたのかい」


母親が叫んだ。


バキッ


ハルの後頭部に痛みが走った。

父親が拳骨で殴ったのだ。

ハルは一段高くなっている板の間から土間へ転がり落ちた。

無様に転げ落ちるハルの姿を見て家族全員楽しそうに笑った。


貧困に苦しむこの家族にとって、ハルが苦しむ姿がストレスのはけ口だったのだ。

ハルは、コウのもとでは良く笑う明るい、かわいらしい少女だった。

そのハルが、この家ではまだ一言もしゃべっていなかった。


「ほら、ここ、まだ汚れているじゃないかー」


母親がまた叫んだ。


ガツッ


父親は容赦なく幼い少女、ハルの太ももを蹴り上げた。

けられた太ももは、見る見る黒く変色した。

ハルの父親はまだ酒を飲んでいない、それどころか貧困にあえぐこの家に酒はない。

普通の状態で暴力を振るう人間は、飲酒をして暴れる男より質が悪い。


「ほらー、ここも汚れているよー、今日いったいなにをしていたんだい」


母親の言葉の後に、父の暴力が振るわれる。


ハルの体は一日で、あざが一杯になった。

だが、美しい顔だけはそのままだった。


ハルにとっては、これがこの家での普通の一日だった。




ハルが倒れて動かなくなると、母親が食事の準備をし、食事の時間がはじまる。


ハルの食事は小さな碗が一つ、ほとんどが湯で、そこに少し緑の物が浮いている粗末な物だ。

他の姉妹の碗より二倍薄められている。

そしてハル以外にはパンがついている。


ハルは家族が食事をしている横に、痛む体で食事をしようとのろのろ移動してくる。

父親はその愚鈍な動きが気に入らない。

イライラしている。


ハルは、目の端で父親の恐ろしい顔をとらえ、体が震え手足がうまく動かなくなってしまった。

足が何も無いのにつんのめり、碗を倒してしまった。


ハルは胸に強い痛みを一瞬感じたが、そのまま意識を失った。


気が付くと、土間の端で倒れていた、

胸がズキズキ痛む、家族は食事をしている。

まだ夕ご飯の途中だと思ったら、朝食だった。


「いつまでも寝ている、あんたの分なんか無いからね」


母親に冷たく言われた。

食事が終ると、家族は、農作業のため家を出た。

幼いハルに家事を押しつけて。


ハルは体が、重かった、昨日この家に来てから何も口にしていなかった。

水を、一口飲むと、ポロンと大粒の涙がこぼれた。


その後は痛くて重たい体で必死に家事をする。

必死で掃除をするが、綺麗にはならない、それでもハルは、少しでも汚れを探し掃除をしていた。


「おや、今日は関心だねえ、ちゃんと掃除をしているのかい」


ハルが掃除をしている最中に家族が帰って来た。


「でも、そんなにのろのろ掃除をしたって綺麗にならないよ」


母親が恐い顔でハルをにらむと。


「そんなに、いやいや、やっていたら綺麗になどなるかーー」


父親に尻を蹴られ、土間へ転がり落ちた。

その転がり方が面白かったと家族全員で笑っている。

ハルの顔から表情が消えた。




何日過ぎただろうか、二週間位だろうか。

ハルの体は朝からおかしかった、両手が震えて止まらないのだ。

全身に打ち身があり、肋骨は数本折れていた。

ほんの薄い汁の晩ご飯も食べたり、食べられ無かったりで、それを治すにも、栄養が足りないのだ。

体がSOSを出していたのだ。


晩ご飯を食べようと、碗を持ったら、手が滑って、落としてしまった。


どれだけの時間殴られ、蹴られただろう。

ハルは、既にあまり痛みを感じていなかった。


「お前は、今日は外で反省しろ」


ハルは外に放り投げられた。

余りにも、激しく投げられた為、肘と肩の皮膚が大きく削り取られた。


ハルは投げ飛ばされた体勢のまま目を閉じた。


「あーあー、まな様のハンバーグおいしかったなー」

「あれは、夢だったのかなー」


ハルは、口の中いっぱいにまなのハンバーグの味が広がっていた。

気が付いたら、口がもにもに動いて、まるでハンバーグを食べている時のように動いていた。


ハルは、すくっと立ち上がった、相変わらず全身が痛くて、お腹が減っていて、手の震えが止まらないけど、立ち上がった。

そして、北に見える森に向かって走りだす。

どんどんスピードが出て気が付くと全速で走っていた。


北に見える森は、北の魔女が住むという、魔女の森だ。

一度はいったら、二度と出られない森。

ハルは、全然恐くなかった。

ここなら誰もこないから思いっきり泣ける。

そう思っていた。


回りが木に包まれ、それでも走っていたら、急に気持ちが悪くなった。


おえーーっ


ハルは吐き気で立ち止まり、うつむいた。


おえーーっ


吐き気で胃袋が小さく縮んだが、胃袋に何も入っていないハルは、何も吐き出せなかった。

回りを見渡すと、もうどこから来たのかどっちへ行けば良いのか分らなくなっていた。


「誰もいない」


丁度良い倒木を見つけちょこんと座った。

思い出すのは、楽しかったコウの屋敷でのこと。

おいしかったまなの料理。

幸せだった日々。

しばらく時間を忘れ思い出していた。


「たのしかった」


ハルはつぶやくと、やっと泣き出した。

最初は無言で涙を流し、


「うっうっうっ」


次第に大きくなった。


「うわーーん、うわーーーん」


「コウさんのばかーーー」

「コウさんのばかあーーーー」


「コウさんの……」

「……ば……」


しばらく泣いたハルは、もう泣く気力も、生きる気力もなくなった。


「……助けて、こうさん、まな様……」


それでも最後に小さく細く助けを呼んだ。

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