第百二十四話 決戦の行方
森の中へ次々歩兵部隊が進軍する。
後方の部隊は、この行列の先頭の様子はまだ分らない。
「そろそろ、イナ国の総大将が殺される頃じゃねえのか」
「まあ、イホウギ大将軍の様にはいかねーさ」
「もう少し時間がかかるんじゃねえのか」
南トラン軍は、敵総大将を打ち倒し、自軍が勝つことを信じて疑わなかった。
だが、歩兵隊の先頭は、既に指揮を失い悲鳴を上げ、森の中をさまよっていた。
森に不慣れなトラン軍は、来た道を進軍してくる味方に邪魔をされ、森の中に逃げ込んでいた。
イナ軍のアド正隊は逃げる兵は、無視して敵軍の将を最短で切り倒した。
護衛の兵士の、立派な鎧がまるで紙のように切られ、一撃で絶命していった。
将を失うと、兵達は面白いように右往左往し混乱していった。
混乱した兵には目もくれず、また次の将を切り倒し、また次を切り倒した。
分厚い鎧が紙のように切られる様を見た、一部の南トランの兵士は、自分の薄い鎧が役に立つとは思えなかった。
不慣れな森を全速で走っていると、役にも立たない重い鎧は邪魔なだけだった。
一人が鎧を脱いで、我先に走り出すと、それに遅れないよう一人、又一人と鎧を脱ぎ走り出した。最期には武器すらも捨て去り全速で走り出した。
後ろからのんきに歩いてきた兵達も、逃げてくる自軍の兵を見ると、どんどん不安になってくる。
平原なら視界が開けていて、ある程度状況の把握も出来るのだが、森は状況の確認が出来ない。
「すすめー、なにをしている」
「怯むなすすめー」
大声を出し指揮をする者は、アド正隊に俺を切れと言うようなものである。
将を失った兵達は、悲鳴を上げ全速で走っている味方兵士を見て、我先に逃げようとして混乱に陥る。
ぞくぞく、壁の隙間を入ってくる兵士達の目に森から逃げてくる、兵士の姿が飛び込んできた。
飛び出した兵士達の前には高い壁がそびえ立っていた。
進軍している兵士達から随分離れている。
彼らは進軍している兵士達に駆け寄り、森の中の状態を伝えた。
逃げてくる兵士の数は、あっという間に増え、壁の前に大量にあふれかえった。
あふれかえって身動きが取れなくなっている南トラン軍に、イナ国軍が襲いかかろうとしていた。
出入り口は、一カ所、進軍する兵士にふさがれ、あふれかえった兵士は逃げ道を奪われ、壁をよじ登ろうとする者が現れる。
だが壁には鋭いガラスが貼り付けてあり、来る者を拒み、登り切っても、高さ十メートルの壁は飛び降りる者の命を奪った。
イナ国軍は装備を捨てた南トラン軍の命を、次々奪っていった。
多くの南トラン軍の兵士達は、この壁の前で絶望した。
この時から南トラン軍はこの壁を、絶望の壁と呼ぶことになる。
イナ国最強の矛、アド正隊は、次々将を切り倒し、敵本陣を目指していた。
南トラン軍本陣は、絶望の壁に視界をさえぎられ、中の状態を目視確認出来ないでいた。
南トランの総大将は、王族でこの戦いに全く無関心であり、勝利の報告以外聞く気が無かった。
副官は、次々入る敗戦の報告を、全て握りつぶしていた。
総大将の耳に勝利の報告が入る前に、アド正隊が現れこの戦いは、イナ軍の勝利となった。
イナ軍は、激しい追撃を行い、四度の敗戦で失った領地を全て取り戻した。
イナ軍アド正隊は、南トラン領地に深く入り込み、ここから先は、敗戦前の南トランとの国境と言うところまで入っていた。
「ここいらで、手を休めてはもらえないだろうか」
三千騎程の騎馬隊が行手を阻んだ。
既に日が傾き辺りはオレンジ色に染まっていた。
そこに黒いシルエットの武将があらわれたのだ。
「邪魔をするなら、皆殺しだーー」
戦いに次ぐ、戦いで正気を失い血走った目で、アド正隊の隊長が叫んだ。
アド正隊を先頭に、まじない組とササ領兵も追いつき対峙した。
アド正隊が武将に襲いかかった。
「なにいいー」
アド正隊の隊長は驚きの余り叫んでいた。
武将の体が、あり得ないことにアド正の攻撃をはじいたのだ。
だが、騎馬ごと攻撃を受けた為、騎馬は深い傷を受け絶命した。
「やれやれ、俺の家族同然の馬だぜ」
「なけるぜ」
「なあ、あんた達この鎧を見てくれ」
「そして、心を穏やかにしてくれ」
アド正隊の隊長は、武将に敵意が無いのを見ると、落ち着いて鎧を見た。
緑色に輝く美しい鎧だった。
「そ、その模様、アド正と同じ……」
「なあ、クロさんいるんだろ」
「……」
「あとで、まな様にクロさんに助けてもらった事を」
「盛大にお礼を言っておくから」
「まな様から絶対褒められる」
「だから馬を助けてくれないか」
「ほ、本当ですね」
クロが白い幼女の姿で現れた。
「ここまで、酷い状態だと、本体じゃ無いと治せないんですよ」
そう言うと、倒れている馬に治癒魔法をかけた。
「うおー」
「すげーー、本当に生き返ったーー」
武将が喜んでいる。
「あなたは、何者ですか」
アド正隊の隊長が美しいまな模様の入った、緑色の鎧の武将に問いかけた。
「おれは、南トラン国人、イホウゼン、イホウギの息子だ」
「これは、俺からのお願いだ、ここより先に進軍しないで欲しい」
「そうですか、あなたもまな様の縁者ということですね」
「我々はまな様の機嫌を損なうことはできません」
「分りました」
「引き上げます」
「うん、ありがとう」
「助かるよ」
「はーー、クロちゃーん」
「まだ終らないのー」
「もーいい加減夜だよーー」
砦の中でズーーと待機しているまなが、足を机の上にのせ、椅子を後ろに大きく傾け、天井を見ながら、姿を消しているクロに向かって話しかける。
あまりの態度の悪さに、先生のこめかみがピクピクしている。
「はい、まな様」
「まな様の御陰で」
「いま、終りました」
「はーー」
「わたしはいつものように何にもしていません」
「わたしはずーっとここに、引きこもっていただけです」
「まあ、引きこもるのは、得意ですけどね」
この戦いでイナ軍の犠牲者は、驚くほど少なかった。
それは、パレイ魔女商会の、魔力の杖の御陰である。
治癒や回復は驚くほど魔力を必要とする。
その魔力を杖が肩代わりする為、多くの命が救われたのである。
それに対して南トラン軍の犠牲者は、追撃により倒された者を含めると、ほぼ壊滅といって良い状態であった。
南トランは犠牲者の数を発表しなかった。
勝利の報告は、ササから国王サキにもたらされた。
だが、この報告で、ササはまなの恐ろしさをサキに伝えた。
アド正により敵軍を倒し、魔力の杖で味方が大勢救われた。
もし敵にこの二つがそろっていれば、勝てる国は無いと、報告されたのだ。
そして、戦争の勝利に沸き立つ、軍人や貴族に対し、まなの存在は隠され、人々の耳にまなの存在が伝えられる事はなかった。
「ただいまー、レイさん」
わたし達は、お店兼自宅のパレイ魔女商会に帰って来ました。
「お帰りなさい、まなちゃん」
「帰って早々ですけど、大変な事になりました」
「王様から、杖の販売禁止の命令が来たのよ」
「えーーっ」
「どうしてですか」
「今回の戦争で使ったみたい」
「とても役に立ったと言うことです」
「むしろ立ちすぎたみたい」
「じゃあ、何故?」
「敵国が使ったら困るから」
「と言うことです」
「なるほど」
「くすくす」
「まなちゃんは、いつもボーとしているのに」
「こういうことの理解は早いわね」
レイさんはおかしそうに笑うと、すっと真面目な顔になった。
「でも安心して、イナ国とヤパ国とオリ国が全て管理して」
「必要な分の生産をすることになりました」
「作った魔力杖は、今より高く買い上げてくれるから」
「事業としてはまずまずの利益が出ます」
「それで良かったかしら」
「わたしは、山賊の皆さんの生活が守れるのなら」
「気にしません」
「……後レイさんがここにいてくれるなら」
「大丈夫よ、わたしも満足できるだけのお金をいただけますから」
「よかった」
「あと、三人の王様から今後は勝手に軍事利用できそうな物は、作らないようにして下さいと釘を刺されました」
「えーーっ」
「もう作った武器とかも没収ですか?」
わたしの後ろがザワつきました。
「それは、内緒にしておきますので」
「私とメイさんにも、専用の魔女の杖を作って下さい」
「口止め料です」
「くすくす」
「わかりました、これで良いですか」
わたしは、レイさん専用に下地が橙色、まな模様を銀色にして青い草の実をあしらった杖を出しました。
メイさん専用の杖には白を下地に、濃い青の模様、赤い草の実をあしらった物を用意しました。
「作るなって言われて作っちゃあ、怒られちゃうわね」
「大丈夫です、全員が誰にもいわない秘密にしますから」
キキちゃん以外の人達が、汗をかきながら引きつった顔をして笑っていました。