第百五話 斬伐刀
森の中から、「この斧すげー」「すげー切れる」などのざわめきは続いていますが、わたしの関心はすでに木材の加工をしている人達に移っています。
伐採するのに苦労する程の堅い木は、加工も大変です。
板を作っている人は、必死に鋸を引いていますが、その必死さとは裏腹に鋸の刃がほとんど進みません。
ぼーっと作業風景を見ていると雑念がわいてきます。
あの人達はずっと働き続けているけど、休憩しないと倒れちゃうんじゃ無いかなー、とか。
川に斧を落とした木こりに神様が、お前の落とした斧は、この金の斧か?
などというお話のことが思い浮かびました。
そもそも、大事な斧を川に落とすかー、とか。
しかも、金の斧じゃあ木が切れないでしょう、とか。
わたしは神様じゃないけど、わたしなら良く切れる斧を上げちゃうけどなー。
などと、とりとめも無いことを考えていたら森が少し騒がしくなりました。
「ま、まな様逃げて下さい!!」
さっきの赤い鎧の隊長さんです。
「そんなに慌ててどうしたんですか?」
「魔獣です、大きな魔獣が現れました」
「勇者ペグ様が向かわれましたが、大けがをして退却しました」
「そうですか」
「あのパグ様が勝てない程の魔獣ですか」
「出でよ、斬伐刀!!」
わたしの右手に巨大な刀が現れた。
斬馬刀をイメージした、この魔王の森の木を一撃で伐採出来るほどの刀。
名付けて斬伐刀。
落ち着きのある青をベースに、白い若草を模様に入れ、赤い宝石の様な丸い実の模様を入れた刀。
刀身は大きく、人、一人が隠れられるような巨大な刀身。
この刀身は、盾の代わりになる、そんな巨大な刀。
「ロボダーさん、この斬伐刀で魔獣と戦って見て下さい」
「はーー?」
ロボダーさんが目をまん丸にして驚いています。
まあ、勇者が勝てない魔獣に俺が勝てるのかー。
って、事でしょうが大丈夫です。
「この刀は、切れ味は当然として、持つ者に身体能力の向上を、付与するように魔法をかけました」
「ただ、振り回すと、振った速度に応じて切る範囲が広がるようにしてあります」
「振り回さず、トンッと、突き刺して下さい」
わたしは斬伐刀を少し前に突き出した。
「こんな感じです」
「どうですか、出来そうですか」
「まな様が、やれとおっしゃるのでしたら」
「やってきます」
わたしは、斬伐刀をロボダーさんに差し出すと、ロボダーさんは、うやうやしく、両手で受け取ろうとしました。
でも、ロボダーさんの想像より刀が軽かったため、ロボダーさんは刀を投げ出しそうになっていました。
「うおーーとっとー」
「な、なんですかこの刀、鳥の羽より軽いじゃ無いですか」
「そこまでは軽くありませんが、重さも軽減してあります」
「ロボダーさんなら、楽勝です、頑張ってください」
「わかりました、行ってきます」
ロボダーさんは、脱兎のごとく風の様に森の中へ走って行った。
身体能力が強化されているので、あっという間に森の中に姿が消えた。
「では、皆さんには、これをお渡しします」
「抜くことは、無いと思いますが持っているだけで、ケガをしなくなりますので持っていて下さい」
わたしは、キキちゃん以外の四人にアド正改を渡した。
これに委員長さんが食いついた。
「この刀はアド正ではありませんか」
「少し違います、この刀はアド正改です」
「アド正は、刀の強度と、切れ味が強化されている刀で、このアド正改は、身体能力の強化と、治癒、回復も付与してあります」
「アド正の上位の刀と思って下さい」
「そうですか」
「ということは、アド正を作ったのもまな様なのですね」
わたしを見つめる、委員長の目が潤んで、涙がこぼれそうになっています。
「私は、ササ領主の娘です」
「アド正が、入手出来てから、ササ領の魔獣による死者が激減しました」
「ずっと、アド正に感謝をしていました」
「長い間アド正というすごい刀を作った人は誰なのかと思っていました」
「まな様しかいませんよね、こんな凄いものをつくる事が出来る人」
「ありがとうございます」
委員長さんは深々と頭を下げます。
委員長は嬉しそうですが、わたしは、少し嫌な気持ちです。
だって、同級生に様付けされたら、やっぱり嫌でしょ。
「あのー、委員長、様付けはやめてください」
「えーーっ、でも、もう私は、まな様を他の呼び方で呼ぶことは出来ません」
「どうか、この呼び方をお許し下さい」
「どーー、しよっかなー」
わたしには、名案があります、それは、友達になるというノルちゃんが発明したやりかたです。
「……」
少し時間稼ぎをします。
もったい付けるという奴です。
「あのー、せ、僭越ながら、私に案があります」
「お二人とも同級生なのでお友達になられてはいかがでしょうか」
だーーっ、パ、パイさんが横取りしてしまったー。
いま、まさに、わたしがそれを言おうとしたのにーーーー。
少し涙目になりながら
「め、名案ですね、それでいきましょう」
「友達なので、ちゃん付けで呼び合いましょう」
「それで駄目でしょうか、サエちゃん」
「ま、まなさま、あっ、まなちゃまがよろしいのでしたら」
ぐはーっ、い、委員長が噛んで、「ちゃま」っていいおったー。
しかも、赤くなって、もじもじしている。
か、かわいいーー。
ぐはーっ、だめだーっ、つ、つぼだーー。
その時、
バサバサッ、ズ、ズズズズーン
森の木が倒れ、森の一部が大きく沈み込みました。
森で何かあった様です。
「クーちゃん、森の様子を見て来て下さい」
「……」
「見てきなさい!!」
「はい!」
うー、クーちゃんがめんどーくさい。
「まな様、森で三百名程の兵士と、魔獣と、木が真っ二つに切れています」
「いつも速いですね、兵士を治癒で治して上げて下さい」
「……治しなさい!」
「はい、直ちに」
森からすごい勢いで一人の男が走ってきます。
手には、巨大な刀が握られています。
ロボダーさんですね。
ロボダーさんは、私の前に来ると、さっと土下座をしました。
「まな様、すまねー」
「俺は言いつけを守れなかった」
「くっ」
肩をふるわせ、言葉に詰まります。
わたしは、もう、状況は大体理解しています。
でも、一応聞きましょうか。
北の魔女様のように威厳をもって
「なにがあったのですか」
「すまねー、俺はまな様の顔に泥を塗ってしまった」
「魔獣が襲って来たとき、恐くなって、刀を横に振ってしまったんだ」
「魔獣も真っ二つだが、囲んでいたなんの罪もねえ兵士まで真っ二つだ」
「その時、まな様に斬伐刀で突き刺すように言われたことを思い出した」
「情けねーー」
本当に反省している様子、涙と鼻水とよだれでびちゃびちゃになっています。
顔しか取り柄のないロボダーさんがこの顔では、気の毒でなりません。
すこし安心させて上げましょうか。
「そんなことですか」
「大丈夫ですよ」
「大丈夫って、死者は生き返らせる事はできねえ」
「北の魔女の呪いがある」
「そうですね、でも、少しでも生きていれば、治癒で治せるのですよ」
「なんの罪も無い兵士は、すべて助けてあります」
「あなたの失敗はこれで帳消しですね」
「ほ、本当か」
「でも、言いつけを守らなかった罰は必要ですね」
「晩ご飯まで、その斬伐刀で森の木を切りまくって下さい」
「扱い方もなれてもらわないと困りますからね」
「わっ、わかった」
ロボダーさんは嬉しそうに立ち上がりました。
そして事もあろうか、
「みんな、まな様は最高の主だな」
こんな事をいいやがりました。
皆がふんふん頷いてます。
何故か先生もサエちゃんもキキちゃんまで頷いてます。
先生とサエちゃんは、見学だからね。
キキちゃんは、意味分かってないでしょー。
「あー、ちょっと待ってわたしは、何もしていません」
「魔獣を倒したのは、ロボダーさん、治癒をしたのはクーちゃんですからね」
全員がつまらなそうな顔に成りました。
なに、このギャグが滑った、芸人みたいな感じはーー。
この後わたしは、見学した作業場の工具を魔法で一点ずつ作り、作業場の人に渡しました。
「さて、そろそろお城にもどって晩ご飯の準備を致しましょう」