第百話 他人の評価、自分の評価
「なんなんだここは?」
俺は驚いた。
何か、木造建物の中に移動魔法で移動したようだ。
部屋の中央より一つ南よりの入り口の前にいる。
通常移動魔法は、建物の中のような特定な場所に移動は出来ない。
この移動魔法だけで、すごい魔法が使われたことが分かる。
この変な服の女まじで何もんだ。
「ここは峠の茶屋の二階よ」
「峠の茶屋?」
「ああ、えっと、試合場の直ぐ脇の木造の建物」
「あれか、人が一杯集まっていた」
変な服の女はこくこくうなずいている。
「おかえりー、まなちゃーん」
一番北奥から、薄い赤色の綺麗な衣装を着た美人が、駆け寄ってきた。
この世界では北が一番上座である。
この赤い服の女が一番この場所で偉いことになる。
この女も誰なんだ?
「ただいまノルちゃん」
ノルちゃんって今言ったか?
ヤパの国の女王が同じ名前だぞ。
まさかなー。
「まなちゃん、その方は誰ですか?」
ノルと呼ばれた女が俺を見ながら、変な服の女に質問する。
「ああ、さっき、キキちゃんにのされたロボダーさん」
「私が何者か知りたいのですって」
お、おーーい、紹介のしかたー。
く、くそー、この変な服の女完全に俺の名前をロボダーにするつもりだ。
「言ってやってください」
「わたしが、ヤパの臨時の料理人だって」
変な服の女がそう言うと、ノルという女が目を丸くして驚いている。
変な服の女の後ろで死角になっている者達が、全員顔の前で手をぱたぱた振っている。
イホウギ大将軍もコウさんもやっている。
暑いからか、違うなー。
臭いからかー、違うなー。
どうも、違う、違うってやっているようだ。
「この水飲んでみて、おいしいから」
変な服の女が、近くの机の上の透明な四角い容器から、透明な湯飲みに水を注いだ。
「水なんて、うめーもまずいもないだろう」
そう言って俺は一口飲んだ。
「う、うめーー!」
驚いた、驚きすぎて思わず叫んでしまった。
あまりにも透明な味。
いままで飲んでいた水が、泥水に感じるほどの澄んだ味だった。
「な、なんだー、この水はー」
「うまい、うますぎる!!」
俺は、変な服の女から、透明なふにゃふにゃの容器と湯飲みを奪い取ると、ガブガブのんだ。
飲んでも飲んでも飲み足りないうまさだった。
水をこんなにうまいと思ったのは初めてだった。
容器の水が無くなるまで飲むと少し落ち着いた。
落ち着いて水の容器をみると、この容器の異常さに気が付いた。
透明で柔らかいのだ。なんなんだこれは!!
そして、この透明な湯飲みも初めて見る。透明で堅い!
そして、そして、驚いた顔をして変な服の女の顔を見た。
「すごいなー、そのペットボトル2リットル入りだよ」
「そんなに水ばかり飲むと、他に何も入らないわよ」
「な、何を言っているんだ」
「これ以上うまいものなんて無いだろう」
「えーー、これ食べてみてーー」
変な服の女が変な紙に包まれた丸い物を渡してきた。
「アドバーガー照り焼き味、食べてみてー」
「要らねーよ、腹パンパンだからよー」
「じゃあ、いいわ、わたしが食べるから」
変な服の女が一口食べる。
はじめて見る食べ物で、なんかうまそうである。
変な服の女の腕を掴み、食べているハンバーガーを一口だけかじった。
「うめーーー」
めちゃめちゃうめー。
変な服の女からハンバーガーを奪い取り、もう一口食べた。
俺は、水の飲み過ぎで腹が一杯だが、それでも食いたいと思う味だった。
「あ、あのー、お、女の子のかじった物を食べるのは反則ですよ」
変な服の女がもじもじして赤くなっている。
無視して、ハンバーガーと格闘していると、俺の後ろに人の気配がした。
振り返ると、ちょー美人と化け物みたいな大男が現れた。
化け物みたいな大男を俺は知っている。
俺の住んでいるファン国の隣のザン国の極悪三兄弟の末弟デラだ。
だが、様子がおかしい。
子供の様に泣きじゃくっている。
な、なにがあったんだー。
「隊長―、何したんですかー」
「可哀想に、泣いているじゃないですかー」
ゲラ、ゲラ
部屋の南端の机の一角に陣取った、人相もがらも悪い連中が五人で、楽しそうに笑っている。
「わ、私は何もしていないぞ」
「まな様の前で変なことを言うな!」
「ただ、私の城に連れて行っただけだ」
「があー、はっはっはーー」
「だんなー、災難だったねー」
「あの城は最悪だからねー」
「あんた達は、だれだ?」
俺は、がらの悪い連中に思わず質問してしまった。
「あー俺たちか、俺たちは、ミッド商会一番隊三十人の代表のもんだ」
「そこの、ハイさんの部下さ、もとアギって言う小頭の下にいたんだがよ、アギさんが死んじまってな」
「俺たちもハイさんの城では、ひでー目にあった。あそこは最悪だ」
てーことはミッド一家の死人部隊かよ。
腕や足一本ぐれー切り飛ばしても笑って向かってくる、最強部隊。
俺の国にも噂は伝わっているぜ。
実物はやっぱりすげーな。
「なー、あんた、これ飲んでみなよ」
俺は泣いているデラに透明の湯飲みに水を注ぎ手渡した。
デラは、それを受け取ると、無造作に水をごくごく飲み干した。
その途端、目をかっと見開くと、ペットボトルと呼ばれた容器に入った水を手に取ると、そのままガブガブ矢継ぎ早に飲み干した。
次々三本飲み干すと、ペットボトルと透明な湯飲みを見つめている。
「おいおい、そんなに飲むと他に何も入らなくなるぜ」
「おで、こんなうめー水飲んだの初めでだー」
「これ以上うめーもんなんてありえねー」
「まあ、これを一口食ってみなよ」
俺は、デラの顔の前に、アドバーガーを差し出した。
デラは俺と違って素直に口に運んだ。
「うめーーー」
「うめーーー」
「おで、こんなうめーーもん食ったのはじめでだー」
「おでさん、ありがとう」
変な服の女が嬉しそうに微笑んだ。
こ、こいつ勝手にデラの名前オデにしてしまったぞ。
「おでのなばえはおでじゃねえ」
「デラというだ」
「ばっかもーんー、まな様がオデと言われたら」
「今からお前はオデだ」
「いいな」
真っ赤な顔でハイという美人が激怒した。
「ハ、ハイさんそのまな様っていったい何者なのですか」
俺は疑問をこの美女にぶつけた。
「ま、まな様は、偉大なる我主、貧民のあい様の親友だ」
「我らから見れば、貧民のあい様と同格のお方だ」
ひ、貧民のあい!
今では、北の魔女に匹敵するほどの伝説の女じゃねえか。
その親友だとー。
おれが、変な服の女、まな様の方を見ると、後ろの方にいる人達がコクコクうなずいている。
まじかー。
「じゃあ、そろそろ夕飯の支度をしましょうか」
「ああそれなのですが、今日の夕飯はハンバーガーにしますので大丈夫ですよ」
「えーでもあれは、そんな偉い人が食べる物ではないですよ」
「くす、くす、うちの重臣も来賓も食べたいらしいの」
「まさか、偉い人が下で並んで食べるわけにいかないでしょ」
「食べたいけど、我慢したらしいの」
「それより、まなちゃんには頼みたいことがあるの」
「なんでしょうか」
「外の試合場が今は四つなのですが、これではいつ予選が終わるか分かりません」
「少し作るのを協力して欲しいのですが」
「そうですか、わかりました、できるだけ頑張ってやってみます」
「そのかわり、夜少し席を外します、朝になったら帰って来ます」
「いいですか」
「はい、私もこれから晩餐会に出席しますのでしばしのお別れです」
「試合場のことお願いしますね」
ノル様がまな様に抱きついた。
いくら察しの悪い俺でも、ここまで見れば赤い服の美女ノル様が、この国の女王であることぐらいわかる。
そして、このまな様と呼ばれる女が、ヤパ国の女王様が対等と認めていることだってわかる。
それに、この水も、アドバーガーも素直にすごい。
どう作られたか全く想像が出来ない。
この変な服の女、まな様がとんでもなくすごい女だということがわかった。
「くすくす、ロボダーさんこれでわたしが、ただの料理人だってわかって貰えたかしら」
俺は、青い顔をしてうなずいた。
まな様本人が「一番自分が何者か理解していない」ということを理解した。