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あの神殺してくれそかり

作者: アノカミ
掲載日:2021/03/26

  1


「あっ! 神なり! 神がおるなりぞ!」


「やめてや! なんで『神』いうだけでいたぶるねん! 神差別やめえ!」


 悪ガキどもに追われ、神は泣いて逃げよった。


 神の年の頃は30代半ば。髪を垂らし、髭を垂らし、頬はこけて手足もガリガリ、ぼろ切れ(まと)うてフラフラ走ってよる。


 神やからまともな教育なんか受けてよらん。なんで自分がこんな目にあうんかも理解できん。


 みらーいみらい、神は人間扱いされん時代やった。


「神、待つなり! これ見ーぞ、この石は汝なる!」


 悪ガキが大声で言いよった。


「! その石……おれなん!?」


 神が足を止めよった。悪ガキの一人が突き出した石を、恐れをなして見つめてよる。


 悪ガキらはクンクンその石嗅いで、


「をを! 臭きなる!」「むべ! 鼻が悲鳴をぞ!」「やっぱりこの石、汝なる!」口々に言いよった。


「おれ……そんな臭いん?」


 神の傷ついた顔!


「この石に……こうなり!」


 悪ガキが石をしばきよった。しばいて、みせよった。


「あ痛っ! 何すんねん……」


 痛うないのに、痛かった。心が哀しい!


「やめてや! 痛いねん!」


 悪ガキどもは歓声上げて石をさらに虐げ、神から悲鳴を絞り出させよる、その時やった。


「おやめください!」


 澄んだ声が響きよった。



  2


 この世には、神より少しマシな扱いの者もおりよる。


 英雄や。


 粗末な服着た娘が、かすかに震えて立ってよった。


 年の頃は十代後半。とんでも無うべっぴんな娘やった。


 気品が違た。清楚さが違た。英雄なんが不憫なほどや。階級特有の張りつめた怯えが、この子の魅力をなんぼか消してよる。


 ませた悪ガキどもや。現れた娘をじろじろ好色な目で見よって、口々に言いよった。


「こいつ……大統領の屋敷の英雄なりそ!」「むべ、そうなり!」「大統領はこんな上物を肉英雄にしてるぞかし? 我、大統領になりたき……」


 英雄娘は勇気をふるって言いよった。


「あわれな神ではありませんか……! 知能も発達してないに違いありません……! いじめるのはやめてあげてください!」


 な!と、悪ガキどもが猛りよった。


「その汚き英雄語を聞かせなそ!」「むべそ! 身分をわきまえそ!」「英雄ふぜいが人間様に『やめろ』とは如何にせんけむ! ……されば汝が身代わりになりそかれ? 何かエロきことしてそかれ?」


 英雄娘は一瞬えらいたじろぎよったが、そんでも覚悟を決めたように言いよったんや。


「……それで、よろしいのでしたら」


 悪ガキどもが、目ぇかっぴらいて生唾呑みよった。神のおっさんも。


 早くするぞかし!と、せかされながら。


 娘は、震える真っ赤な笑顔で、片方のまぶた素早く下ろして上げよった。


 悪ガキどもが、息するのん忘れよった。


「ウインクぞかし……!」「むべ……!」「大統領は……こんなことまで仕込んではべり……!?」


 想像を絶するエロ奉仕に、悪ガキどもが魂引っこ抜かれた顔で帰って行きよる。


 後に残ったんは、泣きそうな赤面でうつむく英雄娘と、口あんぐりで見つめよる神。


「訊いてええか? ……今のあれの、どこがエロいねん?」


 英雄娘がきっと神に向き直りよった。


 涙の粒が散りよった。


「べつにお礼を言ってほしいわけじゃっ……! あなたがた神はこんな時にもそんなことしか言えないんですか!? 死にたい思いをしたんですよ!? せめて神語は使わないくらいの配慮があっていいはず!」


「……おまはんがまずバカにしとるやんけ……」


 神はぶっすりつぶやいて、顔そむけよった。


 大儀そうにその場に腰下ろして、寄せる波と水平線をながめてよる。


 ここは砂浜、海辺のリゾートエリアや。人間階級の中でも特に支配者層が住んでよる。神が迷いこみよることは滅多にない。どこぞの私有の神園から逃げ出して来よったか。


「何をやってるんです!?」


 あぐら掻いてよる神が手近の砂を無造作に口に押しこんでモグモグやり始めよったんを、英雄娘は悲鳴まじりにとがめよった。


「何をて、食事や」


「正気ですか?」


「旨いで?」


 神は顎をゆっくり回転しよりながら、憐れむように、


「おまはんの(すす)る貧乏粥と変わらんて。おれは物心つく時分からこうしとる。腹壊したこともない」


「誇るように言うのですね。あなたがたが卑しまれる理由がわかった気がします」


 後じさりしよった英雄娘に、神は怒りも大あらわや。


「英雄が神をさげすむんか!? おまはんらかて人間未満の扱いやないか!」


 途端や。


 神の尻元の砂が割れよった。


 あっちゅう間に白砂の中に胸までや。沈みゆきよる神が手え伸ばして、


「助けてや、お嬢や……」


 哀願もろとも呑まれよった。


 後は、痕跡も残りよらん元通りの砂浜や。


 茫然と立ってよった英雄娘は、おずおず上体かがめて、腕を砂の表面に伸ばしかけよって、


「……ぷわっ!」


 て、砂破って飛び出してきよった神に、きゃー! 尻餅つきよった。


 娘が目元引きつらして見上げよる前で、ぷふう!と砂混じりの呼気吐いて、地中から帰還しよった神はひとこと、


「つかんだわ」


「何を……?」


「ゴジャゴジャ言わんとついて来い!」


 大声出してから、神は口元ゆがめて笑い、言いよったんや。


「復讐や」て。



  3


 娘が立ち上がったん見届けてから、


「スワイプ」


 神はそう言うて、踵で砂を後ろへ蹴りよった。


 二人のおる砂地が流れるように動きはじめよったから、娘はあやうくもういっぺん尻餅つくとこやった。


「大統領の城はどこや?」


 動く地面に運ばれながら、神は娘に訊きよった。


 娘が口開きよる先に、


「ええわ。タップ」


 つま先で砂を叩いて、行き先を自動設定しよった。


 スワイプ二回追加して、二人は石畳の大階段にさしかかりよった。


 目の前に大統領の古城がそびえてよる。


 ゆくてに、レベル5の無人重戦車と攻撃用ドローン、太刀持ちの英雄を引き連れてアンドロイド馬にまたがりよった人間の戦士団が待ってよった。


 何が起こりよったかは想像しよってほしい。


 スワイプ。ピンチイン……アウト。タップ。ダブルタップ。


 神のおっさんは大統領軍を翻弄しまくりよった。


「信じられません……! あなたは何者なのですか!?」


「知っとったか?」


 おっさんは頬を薔薇色に紅潮さして、娘に言い返しよった。


「昔は神て『人間以上の存在』いう意味やったんやぞ!?」


「……では英雄は?」


 神は嬉しそうに笑いよって、


「『神以下』やそうや!」


 空気スワイプして突風呼びよった。


 大統領軍の一人が情けない声あげて、


「誰そ! 誰そ、あの神殺してくれそかり!」


 聞き届けよったように、大統領城から多脚オートバイで駆け下りてきよる一団がありよる。


「気をつけてください! 大統領の近衛隊です!」


「心配すな。結果は同じや」


「それじゃ……飛んで火に入る夏の虫ってことですね!」


 英雄娘のこの言葉に、神は砂から飛び戻りよって以来初めて、ぎょってなりよった。


「え? 嬢やん、今何て……?」


「いくらおいでなすっても、飛んで火に入る夏の虫ですねって!」


 ぶはっ! 神は顔ゆがめて口から変な音立てよった。


 タッチ操作の精度がいきなり落ちよった。スワイプの速度が下がり、タップが一度では反応せえへん。


 英雄娘が動揺しよって、


「神さん……いいえ神様、どうされたんですか!? さっきまでのお茶の子さいさいは一体どこに!?」


「ぶはぁっ! 嬢やん、ちょっと黙っとってくれ!」


「いいえ、これが黙っていられるものですか! あなたと私の間にはもう出来てしまったのですから! 運命という名の、目に見えなくても確かにそこにある、世界さえ変えられる絆が!」


「おうっ……おおおっ……!」


 身体掻きむしって苦しみよる神。


「私はもう迷わない! 迷うことなんて出来ない! 教えて神様! 私があなたを信じることをあなたでさえ止められないのはなぜ!?」


 両手伸ばして言いよる英雄娘。


「あかん、退却や……」


 ひくつきよる喉と腹押さえながら、足で何べんもスワイプ、神は英雄娘連れて逃げよった。


 一目散に。


 ほうほうのていで。


 とそ言ひそかり。

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