Encounter
「全く、本当にどうしてあなたはこんなこともできないの!親として恥ずかしいわ!!」
また始まった、あまりに聞き慣れてしまった母からの罵詈雑言。最初の頃は言い返すこともあった。けれどいつも私が悪として問答無用で手を上げられる。そんな毎日に私の心はもう、壊れきってしまっていた。だから何度も自ら命を絶とうとしてきた。なのに毎回絶てないままもう半年も耐え続けている。
(なんでもいい、私に永遠の眠りを)
私がいつもとかわらずそんな事を考えていると、珍しく母が怒りではない感情で私に話しかけてきた。
「雪菜、あなたのことだから心配なんてしないけれどこれ、一応気をつけておきなさいね?」
「これは……」
そこに書かれていたニュースを見て私は、一般論とは違う考えに至った。
『半年前から満月の夜に連続殺人事件が発生。犯行はいずれも同一人物と思われるが、絞殺や刺殺、溺死など様々な殺し方を用いており、犯人の行方はおろか特徴もつかめていない。全ての事件に共通するのは被害者に抵抗の跡はなく安らかな顔で息を引き取っていること、全て一撃で決められており致命傷以外の傷が皆無であること、そして現場に必ず残されている【Welcome to Wonder dystopia】という文章とALICEと読める謎のサインから通称『不思議の国の殺人事件』と呼ばれている。また、狙われている被害者に共通しているのは、皆何かしらのトラブルを抱えていたということから、ごく一部ではあるが「被害者をこの世界から助けようとしたのでは」という加害者を擁護するような派閥も存在する』
「不思議の国の、殺人事件……」
「ええ、今日は満月だから襲われないとも限らないわ」
母は私に上辺だけで心配を口にしているが、今そんなことはどうでもよかった。今私が思っていることはただ一つ。
(この人に会えば私も死ねる…)
ということだけ。長かったこの苦しみから解放されるかもしれないかと思うと、壊れきっているこの心も少しだけ修復されたような気がした。そして私はいつもよりもいくらか軽い足取りで学校へと向かった……
「ここ……は」
ボクが目を覚ますと普段とは違う景色に、またありもしないはずの心を痛める。
「この景色をボクが見ているってことは、今日は満月の日なんだね」
ボクは普段、不思議な世界にいる。なんでそこにいるかもわからない、そこで何をしたらいいかも全く覚えていない。本当はボクもみんなと同じように普通の生活をしたいのに、みんなと同じ世界に来られるのは満月の日だけ。それも自分とは違う人格に取り憑かれた状態で人を殺めなければいけなくなる。ボクはそんなこと、したいわけじゃないのに。かといってボクは自分の名前すらもよく覚えていないのだから、そんなことは望むだけ意味はないことだと諦めている……
「うっ………今日はもう出てくるの……『ALICE』」
そしてボクは深い眠りにつく……………………
「あっれー?生きてたの?てっきり死んだんだと思ってのに」
学校に来ても相変わらず、私はいじめの対象として見られていた。でももう私には関係ないことだ。明日からここに来ることなど無いのだから。
「おい、何無視してんだよ!調子乗ってんじゃねーぞ!」
(毎度のことだけどうるさいな。そうだ、今日が最後なんだから発散するのもありか)
そう思い、私は学校では初めて反抗した。
「……いい加減にしてよ?」
「あ?なに?反抗してみたの?あんたなんかに反抗されたって怖くねーんだよ!」
クラスメイトはそう言いながら私に椅子を振り下ろしてきたから、あえてそれを受ける。
「ねぇ、それはヤバいって!直接手を上げたらマズいよ!」
「……ちょっと待って。なんでこいつ、傷もついてないの!!?」
そうだった。私が死にたくても死ねないのはこういう事が起こるからなんだ。まあ今日で最後なんだからこの事実も教えてあげよう。
「ああ、ごめんね?私、意志のある人間からの外傷を伴う攻撃は全部無効化されちゃうんだ」
「何言ってんの……?」
「まあ、そうなる気持ちはわかるけどね?一番驚いてるのは自分自身なんだから」
私は実演するために鞄から一本のナイフを取り出し腕へと突き刺した。周りからは悲鳴があがるけど、私の腕から血が流れることはなく、腕から引き抜くと刺した場所はまるで何事もなかったかのように無傷だった。
「ほらね?」
私はただ自分の事を教えただけなんだけど、私をいじめていたクラスメイトは血の気が引いたかのように私の周りから離れていった。……よくよく考えてみたらこんなところにいる意味なんて無いよね。そう思った私は教室を後にした。教師達は私の方を見てくるものの何も言う事なく目を逸らした。
(そうだ、最後くらいは私の好きな場所に行こう)
私は最後の景色を見るために自分の街から少し離れたところにある山、『月虹山』へと向かった。
「今宵もまた、苦しむ人を解放するときがやってきましたか」
ワタクシは自身の普段の姿から切り替わり、月夜の殺人鬼としての活動を始めました。まあ、切り替わったというよりはワタクシの意識が強く出ているだけで普段の人格もいるんですがね。今宵ワタクシが降り立ったのは月虹山という月の光が当たると虹色に輝くという奇跡の山。ここに、今日の標的がいるとのこと。
「…………あなたが、『ALICE』?」
「おや、ワタクシのことをご存知なのですか?」
「うん。とは言っても知ったのは今日の事だけどね?」
「私の事を知った状態のターゲットに会うのは初めてですねぇ」
「さあ、早く」
「何がです?」
「私の事を殺してくれるんでしょう?」
「…………あなたのような人は初めてですよ。あなたと接するならば人格はワタクシではなく彼に任せたほうがいいですねぇ」
to be continued
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