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3-7

「メタトロンの怒りを罪悪感に変えるとは。お前らしいゲスなやり方だな。落着したから良しだが――」

 戸口で一部始終を黙って見ていたミカエルが、ルシフェルの後を追いながら声をかけた。

「まだ――」彼は前を向いたまま庭を突き進んでいく。「――俺の気持ちがまだ収まってない」

 これまでにルシフェルが、これほど感情的に怒りを露わにすることなど、あっただろうか――とミカエルは呆れると同時に、少し驚く。

 とはいえ、このままでは業務に支障――あるいは私情――が出るのは必至。

「もう、いいだろう。スタティス(あいつ)だって反省してるようだし。まだ、若い。これから色々な経験を重ねていく必要がある。……ここは、余裕を見せてやれよ」

 今、宥めておかなければあとが面倒だと、ミカエルは言葉を繰り出すが、ルシフェルの耳には入らない。

 どんな言葉なら、彼に届くだろうか――。

 正解は、ひとつだ。責任を負わせたくないが――と再考したものの、ミカエルは仕方なくその名を出した。

「――お前、あそこで飛び出したミュウの勇気を無駄にする気か?」

 その言葉にルシフェルはようやく足を止め、振り返る。

「……ミュウの、勇気、か――」

 二人の後ろからミュウとスタティスの気配が近づいてくる。

 なにかを言いかけたルシフェルは、大きくため息を吐くと、また歩き始めた。

 振り返った時に見せたあの表情――怒りに切なさが混じって見えたのは気のせいか。

 ミカエルは、彼がそれ以上何も言うつもりはなさそうであることを見て取ると、後ろのスタティスとミュウの様子に意識を向けた。



「――僕、誤解してたのかも」

 二人並んで歩きながら、スタティスは、ミュウには視線を合わさず――ルシフェルの背中を見つめたまま言う。

「誤解?」

 成績はいつも一番で、真面目で、まっすぐすぎる彼が、自分の非を認めるのは珍しい、とミュウは彼を見た。

「――好きだから一緒にいる――それが幸せだと思ってた」

 スタティスは、まるで独り言でも呟くように、真っ直ぐ前を見ている。

 ミュウは返事をするべきか迷ったが、何も答えることができない。

 スタティスの視線の先には、追いつくことなどできそうにない、大きな背中。

 自分なら――できれば、いつも一緒にいたいし、そうする事を幸せだと感じると思う。

 ――だが、離別の時期はもうそこまで迫っている。

 自分からそうする勇気がなくて、半分はスタティスの強引さをありがたくも思いながら、流されるようにここまでついてきた。

 儀式の途中、ルシフェルに『良いのか?』と訊かれて即答出来なかったのは、判断を――その責任をスタティスに委ねた狡い自分に気づいたからだ。

「……ルシフェルが言っていた。優先順位を考えろって」

 ルシフェルがスタティスに伝えたかったこと――それはそのまま彼がミュウに、あるいはアカデミア修了を控えた者全員に伝えたいことだろう。

「それは、自分の一番入りたい部隊はどこか、よく考えるようにってことでしょう?」

 しかし、優先順位をつけても、それを実行できない者は、どうすればいいのか――。

 ミュウの声が少し尖ったことにスタティスは気付かない。

 希望すればどこでも入隊できるスタティスにはミュウの気持ちなどきっと、わかるはずがない。

「僕にとっては、君と同じ部隊に入ることが最優先だった」

「そんなこと――」

 複雑な心境のミュウは、なんと返してよいかわからない。

 しばらく考えたあと、彼はようやく彼女と目を合わせた。

「……だけど、最初はそういうことかと思ったけど、でも、ルシフェルが現れて、こんなことになって――なんていうか、……そうじゃない気がしてきた」

「そうじゃ、ない?」

「一緒にいることが大事なのではなく、どこにいても君のことを一番に考えろ、と――そういうことが、彼は伝えたかったのかもしれないなって、……受け取り方が変わった」

「そう、なのかな……」

 二人が同じメタトロンの下に入隊できなくなったのはついさっきだ。気持ちのすり替えのようにも感じるその言葉に、ミュウはすぐには賛同できない。

「きっと、そうだよ。たとえ違う部隊になろうとも、どこにいても――隣にいなくても、心が寄り添ってさえいれば、そんなの関係ないと、あの人は伝えたかったのかも」

 都合のよい解釈ともいえる。が、その一方で、スタティスの言葉は思いがけずミュウの心の奥深くに染み込んできた。

 ――心が寄り添うことの方が、大事……。

 そう考えると、アカデミアを修了した後の不安がすこしだけ軽くなる気がする。

「物理的に君を取られたくないってことの裏返しかもしれないけれど――」

「それは、どういう意味?」

「いや、でも。ありがとう」

 しかし、真っ直ぐに前を見て歩みを進めるスタティスに水を差すことになりそうで、ミュウはそれ以上言葉を返すことはできなかった。



 沈黙の中、四人はよく手入れの行き届いた小道を歩く。

 綺麗に刈り込まれた木々の間を歩くのは頭の中を整理するのにちょうど良かった。

「ごめんなさい」

 門を出たところでミュウの口から漏れたのは、謝罪の言葉だった。




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