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3-6

 重厚な雰囲気が漂っているメタトロンの屋敷は、大きな門がしっかりと閉ざされていた。

「おかしいな――。外出中か?」

 訪問を告げる鐘をいくら鳴らしても返事がないのを不思議に思ったミカエルが首をかしげる。

「――いる。……こっちだ――」

 あたりの気配を探っていたルシフェルが突然大きく跳躍し、門の上を越えた。その目はしっかりとメタトロンの屋敷へ向けられている。

「おい黙って入ると、あとで面倒だぞ――」

 しかし、ミュウの気配を手繰り寄せるように意識を集中したまま、庭の奥へと進んでいくルシフェルに、ミカエルの言葉は届かない。

「――くそ。……いちいち手のかかる奴だな――」

 小さく舌打ちしたミカエルも、ルシフェルを見失わないように後に続いた。

 ミュウの気だけに意識を集中させていルシフェルは、メタトロンの居住している建物の横を通り過ぎ、裏へまわって小さな礼拝堂の前に出る。

 ここに、ミュウがいると確信した時、ちょうど隣に来たミカエルが、彼の肩に手を置いた。

「……礼拝堂か。――儀式の最中だったら、まずいな」

「――そんなこと、わかっている。あの堅物のメタトロンのことだ――儀式を中断されたとなると相当怒るだろう。そうなれば、ただでさえ融通の利かないやつ(・・)に、しばらく――いや今後一切、柔軟な対応を一切期待できなくなるかもしれんが――」

 しかし、もしも、ここでミュウの入隊の儀式が完了してしまったとなれば、よほどのことがない限り、変化を好まないメタトロンの部隊からの異動は難しいだろう。

「……どうする? ――終わるまで待って何か別の手を――」

「構うか――。ミュウは、ここにいる」

 相談を始めようとしたミカエルの手を振り払って、ルシフェルは礼拝堂の扉を思いっきり開け放った。



 大きな音が、石造りの構内に反響した。しかし、扉のほうに目を向ける者はいない。

 メタトロンが目の前に跪く二人から目を離さずに口を開いた。

「なんです、騒々しい――。儀式の途中です。後にしてください」

「そうは、いかないな」

 カツカツと三人に歩み寄りながら、静かに彼は言った。

「――ルシフェル様っ!」

 大天士の前に頭を下げて跪いていた二人のうちの一人が、両手を口に当てて、彼の名を呼んだ。

 そこに探していた姿を見つけると、ルシフェルは迷うことなく足を早める。彼の視線が捉えているのは、少女を連れ去った、男の方――。

 今にもスタティスに殴りかかりそうなその気迫に、ミュウがスタティスとルシフェルの間に割って入った。

「ルシフェル様――スタティスは悪くありません」

「ミュウ……」

 突然目の前に飛び込んできたミュウの真剣な眼差しを受けて、ルシフェルは観念したように小さくため息を吐いた。

「私が……。スタティスは、私のために――。罰なら、わたしが受けます」

 ルシフェルの気迫に押されてか、罰をおそれているのか、あるいは、もっと別の理由があるのか――ルシフェルにとって大事なのは、目の前に威勢よく立ちはだかっているミュウの肩が、小さく震えているということだった。

 言いたいことはいろいろあったが、ミュウがそれを望まないのであれば、これ以上スタティスに手は出すわけにはいかない。殴りかかりたい気持ちと、吐きたい言葉を抑えて、ルシフェルはミュウの腕を取った。

「……帰るぞ、ミュウ」

「お待ち下さい!」

 項垂れるミュウを引きずるようにして扉へと戻りかけたルシフェルを、重く鋭い声が制した。

「――まだ儀式の途中です。彼女を連れ出すのは許しません」

 ルシフェルは、ミュウの瞳の奥をじっと見つめる。

「……いいのか?」

 ルシフェルにそう優しく聞かれても、ミュウは何も答えることができない。

 今ここで「嫌だ」と答えれば、スタティスの将来を台無しにすることになるとでも、思っているのか。

 しかし、だからといって「いい」と言う答もすぐには出ない。それは、彼女がメタトロンの部下になりスタティスと一緒にいると了解したことになるからだ。

 ミュウのその態度にジレンマを察したルシフェルは、彼女の隣に跪いていた少年に鋭い視線を向けた。

「――では、そちらの男に聞こう。……お前は、本当にこれでいいのか?」

 凄味の利いた迫力のあるルシフェルの視線を体中に浴びせられて、スタティスは身じろぎひとつできない。

「――言ったはずだ、優先順位を考えろとな。今のお前にとって、自分の希望を捨ててまで、こうすることがベストだったと、胸を張って言えるのか? ――お前は、ラジエルのところに入隊希望と聞いたが?」

 スタティスは跪いたまま、しばらく冷たい石の床を見つめた後、そのままゆっくりと口を開いた。

「僕の優先順位は――、僕にはミュウを、あそこから連れ去ることが、一番大事でした。これ以上、ミュウを、召使い扱いするあなたの元に置いておけないと――」

 何とかそれだけを答えたスタティスであったが、顔を上げることはできない。

「ミュウの気持ちを無視しても――か?」

 ルシフェルの言葉がぐいとスタティスの胸に刺さる。

「……」

「ミュウが出ていきたいと自分で判断したのなら、俺は何も言わないが――」と、視線を送られたミュウが、肯定も否定もできないのを、かくにんしてから「――結局、お前の独りよがりだ」と言葉を続けた。

 スタティスは、頭を下げ、彼が浴びせる言葉を受けるしかできない。

「――今の状態がミュウにとって良くない環境だと、『お前』が判断し、ミュウに押し付けた、違うか?」

 嘲るように吐き出される言葉に、スタティスは返す言葉もなかった。

「……幸せなんて……結局、本人が、決めることだ。他人がどうこう言うことではない」

 いつの間にかスタティスの肩が、不自然に小さく震えていた。

 ルシフェルは今度はメタトロンに向き直る。

「儀式は、中止だ」

「なんですと――?」

 ただでさえ中断されて気分が悪いのに、この上中止などと言われては、いくら相手が天士長であっても、黙って従うわけにはいかないとばかりに、彼は気色ばむ。

「見て分かるだろう? ……メタトロン、お前、儀式の前にこいつらの意思を確認したか?」

「しましたとも」

 彼は、きちんと手順に従って儀式を執り行っている。意志の確認は、儀式の前に行われるもので、もちろん、メタトロンも本人にそれは確認した。その意志の確認の後、入隊の誓いの言葉を述べて儀式は始まる――と、どの天士でも知っている事を改めて説明した。

「――で、こいつは喜んでお前の部隊に入隊すると――?」

 ルシフェルは目を細めて顎を上げ、上からの目線でメタトロンを見た。

「誓いは、受けました」

 彼はそれをしっかりと受け止める。

「――誓いの言葉を口にすればそれでよいと、そういう問題ではないだろう? だからお前は堅物だと言われるんだ。仮にも大天士の肩書を背負っているなら――物事の本質に目を向けろ」

 言い捨てるとルシフェルは身を翻し、礼拝堂を出た。

 ミカエルが、それに続く。

 メタトロンは目の前に跪く二人に小さく「儀式は中止だ」と宣告した。



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