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「――言っちゃ悪いけど、これじゃ、ただの召使じゃないか!」
ルシフェルの外出の準備を終えて戻ったミュウに連れられ、彼女の部屋に通されたスタティスは、開口一番、吐き捨てるようにそう言った。
「……そう、かな?」
ミュウは、彼に言いくるめられて、まるで使用人のように、お茶の準備から外出の支度までさせているというのに、それに対して全く疑問を持っていない。
「それに、彼は『庇護』という名のもとに、君を縛り付けているようにも見えるけど?」
スタティスがいくら説き伏せようとしても、ミュウは全く意味がわからないという顔をするばかりだ。
「……ちょっと、過保護かなと思うことはあるけど、縛られることはないとけど――」
「これまでずっとこういう生活を送ってきたのなら、それが束縛でないと理解するのは難しいかもしれないね」
「束縛――?」
「ああ、そうだ。束縛だ。それに、彼は――君の周りに僕がいることが、気に入らないようだし」
「どうして?」
これだけ言えば、普通勘づいてもいいと思うのに、ミュウがあまりにも子供じみた反応をするので、スタティスはこのあとの言葉を言うべきか迷った。
だが、今を逃せば、こんなチャンスもうないかもしれない。
「――僕が……君に好意を抱いているからだよ――」
そう言ってから、スタティスはミュウから視線を逸らせた。たぶん、顔は――耳まで真っ赤だろう。
まさか、ここで言うつもりなどなかった。しかし、ここまで言ってしまった以上、中途半端にさせておくことも、後戻りもできない。
スタティスは、大きく深呼吸し、気持ちを落ち着け、決心を固めて再びミュウを見つめ直す。
そして、ゆっくりと、これまで胸の奥にしまっていた言葉を口にした。
「――君が、好き、なんだ。僕と付き合わないか?」
ミュウが、黙り込んだ。
胸の鼓動が速くなる。
二人の間を流れる沈黙に、スタティスは、この大きな胸の音が聞こえてしまうのではないかと、それが気になった。
「……僕が、嫌い?」
返事のないミュウに、心配になってスタティスは躊躇いがちに尋ねる。
「そんなこと、ないけど――。……付き合うって、よくわからない――けど……それはつまり、スタティスが私の『彼』に、なるってこと、よね?」
「そうだね」
「私……まさか、自分に『彼』ができるなんて、考えたことがないし……」
「考えたこと、ない?」
「ラティが『彼』の話しをするときは、いつでも幸せそうで――羨ましいと、思ったことがないわけではない、けど……」
「……僕を、好きだと思ってくれるなら、一緒にいてくれるだけで、いいんだけどな――」
ミュウが黙り込んだ。次に彼女が口を開くまで、スタティスは待つ。
「……やっぱり、よくわからない。ごめんね」
「今日は、帰るよ。……返事は、今でなくても良い」
本来の目的を忘れたわけではなかったが、すでに、ミュウは勉強さえも手につかない状態になっている。このままここにいても、意味がないと思ったスタティスは、ミュウに優しい笑顔を残し、部屋を出た。
廊下を歩きながら、成行きに任せて、彼女に難しい問題を与えてしまった自分を責める気持ちがふつふつと湧いてきた。
そんなに急ぐべきではなかったのかもしれない。――いや、でも、もう時間が無い。アカデミアを修了して別々の部隊に入ったら、会う機会なんて殆どなくなるのだから。
スタティスは、焦る自分を何とか正当化しようとしていろいろな理由を探る。
「帰るのか――?」
玄関のホールで、ちょうど外から戻ってきたルシフェルと鉢合わせた。
「ええ。お邪魔しました」
「勉強は、できたか?」
まるでミュウの部屋で何があったのか知っていてわざと聞いているような言い方に、スタティスはむっとした。
「――ミュウに、告白しました」
スタティスは、むっつりしたまま挑戦状をたたきつけるかのように言った。
ほう、とルシフェルは
感嘆の声を上げたが、驚いた様子はどこにもない。むしろ、余裕の笑みさえ浮かべている。
「手応えはあったか?」
浮かべた嗤いを消すことなくそう言ったルシフェルは、まるで結果がどうなるのか分かっているような口ぶりだ。
彼のその余裕が、スタティスの心をさらに乱し、必要以上に声を荒立てさせた。
「少なくとも――。天士長の大事な仕事を後回しにしても良いなどと言うあなたよりは、彼女を守る資格があると思います」
「ミュウを守る資格、ねえ。……残念ながら、今のミュウには俺がいる。――それよりも、大事なことがあるんじゃないか?」
「今の僕にはミュウを守る以外に大事なことなどありません」
「君は、成績優秀だそうだが、使えない男だな」
「なんであなたにそこまで――」
「今一番大事なことは何か――優先順位を整理しておかないと、あとで困ることになるぞ。……つまらないことに、ミュウを巻き込むな」
ルシフェルの説教くさいセリフに、子供扱いされたような気がして余計に腹が立つ。
何が大事かだって? そんなのミュウに決まってる。自分の思い込みでミュウに窮屈な思いをさせているのは、あんたの方じゃないか!
さすがに天士長相手にこれらを口に出すのは憚られて、スタティスはグッと気持ちを抑えた。
「ご忠告、ありがとうございます。――門限の時間が迫ってますので、これで」
外に出た彼は、ミュウの部屋があったあたりを、少し見上げてから門を出た。