宇宙宅配便の配達日時指定
遥か未来。
人類が、地球や太陽系からも飛び出し、宇宙に広く生息するようになった時代。
人の生息範囲が広がったことにより、
物を遠くまで運ぶ宅配便の存在が、より重要になった。
宇宙船を使って、物を遠くまで速く運べるように、宇宙は整備されていった。
これは、宇宙宅配便の配達員をしている、ある若い男の話。
「まいったな。この配達物があったことを、すっかり忘れてた。」
その若い男は、目の前にある荷物を前にして、頭を抱えていた。
その荷物とは、配達日時が指定されている配達物だった。
配達日時が指定されている配達物は、
決められた日時までに、配達しなければならないことになっている。
しかし、その配達物の配達指定日時は、もう間もなくだった。
荷物の山の中で忘れ去られていた配達物が、期日間際に見つかったのだった。
「この配達物の配送先はここから遠いし、
今から普通に運んだんじゃ間に合わないな。」
その配達物に指定されている配達指定日時は、
配達先の現地時間で指定されていた。
配達先の現地時間は、今その若い男がいるコロニーと、共通のものだった。
「配送遅延はまずいな。俺、今月だけでもう何回も怒られてるし。」
その若い男は、何か良い解決策がないかと、
手持ちのタブレット端末で情報を確認した。
そして、その中から、宇宙ハイウェイというものの情報を見つけた。
「・・・おっ、これは使えるかも。
上手くいくか分からないけど、迷ってる時間はないな。すぐ出発しよう。」
その若い男は、配達指定日時が迫ったその配達物を、
自分の宇宙船に積み込み、早速その宇宙ハイウェイに向かった。
宇宙ハイウェイ。
それは、宇宙の遠く離れたところまで速く移動するために用意された、
宇宙の高速道路だった。
宇宙ハイウェイは、進路上の障害物が取り除かれ、
加速のための誘導装置が設置されて、とにかく速く移動できるのが特徴だ。
その若い男は宇宙船に乗って、宇宙ハイウェイの出入り口に到着すると、
手持ちのタブレット端末に表示された注意事項を確認した。
「なになに・・・。
宇宙船と中身が耐えられる限り、
宇宙ハイウェイでは光速の最大90%まで加速出来ます。
注意。光速の90%で移動すると、時間の進み方が半分以下になります。」
その注意事項を見て、その若い男は、ニンマリと笑った。
「つまり、速く移動すれば、時間の進み方が遅くなるというわけか。
これを利用すれば、間に合わないはずの配達指定日時に、
間に合うように出来るかもしれない。
時間が遅れるということは、
配達指定日時までの時間が伸びるってことだものな。」
その若い男は早速、宇宙ハイウェイに入っていった。
その若い男の宇宙船は、宇宙ハイウェイに入った。
宇宙ハイウェイには、加速などに使う装置が設置されている。
それを利用することで、
宇宙船だけでは出来ないような加速も可能になるのだった。
その若い男の宇宙船は、出力を上げると、どんどんと加速していった。
やがて、宇宙船単独では出せないような速度まで加速した。
すると、周りの景色が徐々に変化していった。
「おおお、すごい!周りのものが歪んでいく。」
周りの景色が歪み、寄せ集めたように前方に集まっていく。
風景が変化していくのは、形だけではなかった。
前方に見える物は青っぽく、後方に見える物は逆に赤っぽくなっていった。
「速度が上がると、前の風景は集まって青っぽく見えるんだな。
逆に、後ろの風景は赤っぽく、伸びて見える。」
その若い男は、宇宙船が加速することで変化して見える風景を、
うっとり眺めていた。
「おっと、いけない。今日は観光に来たんじゃなかった。
初めての宇宙ハイウェイだったから、つい見とれてしまった。
配達物を届けるために来たんだった。」
その若い男は、宇宙船の中に設置されている時計を確認した。
「時計は遅く・・・なってるのか?これ。」
宇宙船が速く移動すると時間が遅れる、という話だったが、
時計が実際に遅れているのかは、確認出来なかった。
念の為に腕時計も確認するが、時間は宇宙船の中の時計と同じだった。
「時計が実際に遅れてるのか分からないけど、このまま配達先まで向かおう。
今更引き返しても、配達指定日時に間に合わない。」
その若い男は、そのまま宇宙ハイウェイで移動し続けた。
そして、配達先のコロニーに近い出入り口に到着すると、
宇宙船を減速させて、宇宙ハイウェイを降りた。
その若い男は、宇宙ハイウェイを降りると、
そこから少し離れたコロニーに向かった。
そのコロニーが、配達指定日時が指定された配達物の配達先だった。
腕時計を確認してみる。
腕時計が示している時間は、配達物の配達指定日時に間に合う時間だった。
「良かった、これで配達に間に合う。
時間内に配達先にたどり着けたということは、
宇宙船の速度を上げると、確かに時間は遅れていたみたいだな。
本来、この宇宙船が出せる速度では、
時間内にたどり着けなかったはずだから。」
その男は、宇宙船をコロニーの駐機場で止めると、
荷物を持ってコロニーに降りた。
「さあ、配達物を配達先まで持っていこう。」
ところが、配達物を手に歩き出そうとするその若い男の前に、
中年の男が立ちはだかった。
その若い男は、目の前に現れた中年の男を見て声を上げる。
「あっ、支店長!」
立ちはだかったのは、その若い男が所属する宅配会社の、
このコロニーの支店長だった。
支店長は、頭に青筋を浮かべて仁王立ちしている。
その様子を見て、その若い男は恐る恐る話しかけた。
「支店長。この配達物なんですけど、
この時間だったら、配達指定日時には間に合いますよね・・・?」
しかし、支店長は、首を横に振った。
「・・・いいや、遅配だ。」
支店長が、自分の腕時計を指差して見せた。
その時間は、配達指定日時をとっくに過ぎていた。
それを見て、驚いたその若い男は、自分の腕時計を確認してみた。
その若い男の腕時計では、今の時間は、配達指定日時に間に合う時間だった。
支店長の腕時計と、その若い男の腕時計と、時間がずれている。
理由がわからず、その若い男は支店長に尋ねた。
「そんな、なんで!?宇宙ハイウェイを使って、時間を遅らせたのに!」
その若い男の話を聞いて、支店長の男がやれやれと首を振って応える。
「お前、学校でちゃんと授業を受けていたのか?
速く移動して遅れる時間は、自分の時間だけだ。
配達指定日時が、現地時間で書かれているのは、
何のためだと思っていたんだ。」
「で、でも、学校の授業では確か、
運動しているもの同士、お互いに時間が遅れるって。」
その若い男は、おぼろげに覚えていた知識で応えた。
それに対して、支店長はすぐに誤りを指摘する。
「それは、特殊な条件では、見かけの時間が遅れているように見えるだけだ。
お前は、宇宙ハイウェイで加速しただろう?
その場合は、自分の時間が実際に遅れるんだ。」
「そ、そうだったのか・・・。」
支店長に自分の誤りを指摘されて、その若い男はがっくりと肩を落とした。
折角、宇宙ハイウェイを使ってまで急いで配達にやってきたのに、
結局は、配達指定日時には間に合わなかった。
配達指定日時が誰の時間なのか、速く移動することで遅れるのは誰の時間か、
それらを考えていなかったためだった。
肩を落としたその若い男に、支店長の怒りの言葉が雷のように落ちてくる。
「遅配をやらかした上に、そんなことも覚えてないなんて。
お前は教習所からやり直しだ!」
「そ、そんなー。」
その若い男は、支店長に耳を引っ張られて、連れて行かれてしまったのだった。
終わり。
物体の移動速度が光速に近づくと、時間の流れが遅くなります。
この現象を使って、単純でもいいので話を作ってみようと思って、この話を書きました。
いずれは、距離とか速度の細かい数字をちゃんと使って、書いてみたいと思います。
遠い将来、もし人間が地球から脱出することが出来たら、
時計の扱いをどうするのかというのは、一つの課題になると思います。
お読み頂きありがとうございました。
引用などは無いのですが、
学習するために読んだ本を、参考文献として記載します。
参考文献
佐藤勝彦,アインシュタインの宇宙 最新宇宙学と謎の「宇宙項」,kindle版,角川ソフィア文庫,2014,370p
佐藤勝彦,「相対性理論」を楽しむ本 よくわかるアインシュタインの不思議な世界,kindle版,PHP文庫,2012,253p