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第1話

 その日、俺は急に思い出した。

 特に頭を強く打ったとか、不治の病を治して身体の全てを完全な健康状態にすることができるエリクサーを飲んだわけでもなく。


 俺は日本人だったのだ。現世ではこうしてアルート王国の貴族であるバンデイム伯爵家で乳母車に揺られ、腹が減ったら泣き、粗相をしたら泣き、特に何に不満があるわけでもなくとりあえず泣いてみる。すると乳母がミルクを持ってきてくれたりおしめを変えてくれたり抱いてくれたりする。

 母親と父親も毎日様子を見に来てくれるし、少し年の離れた兄達も声をかけてくれる。

 今はそんな幸せな環境にいるのだが、俺の前世は間違いなく日本人だったのだ。


 ただ、それを思い出したからと言って特に何が変わるわけでもない。

 前世では特殊な技能や知識を持っていたということもなく、普通の家庭で育ち、普通の職業に就いて、普通に結婚して、普通に生涯を終えただけだった。

 前世の記憶があるお陰で「あー、三男だし家を継げるわけでもないから魔法か剣の修練をしないとな。どっちに絞ろうかな」とか「宮廷魔導士とかあるのならそれを目指そうかな。冒険者とかあるのならそれも楽しそうだな」とかその程度の将来の事を考えることができるくらいである。


 レント・バンデイム 0歳6ヵ月


 前世での記憶を思い出した今、物語の主人公のように何かを成し遂げるために幼児期から訓練を行うとか、そんなことはできはしない。所詮は前世の記憶を持っているだけの幼児なのだ。自由に動き回れるわけでもなく、教わってもいないのに魔法が使えて訓練を始められるなどという都合のいい話にはならない。

 しかし、どうやら自分が魔力を持っていることは何となくだが感じられるような気がしないでもなく、人間、集中すると自分の呼吸や鼓動を認識することができるように、目を瞑って集中してみると体に流れている何やらゆったりとした血液の流れのようなものが感じられる。恐らくこれが魔力というものだろう。


 魔力を認識してからというもの、魔法を使うには及ばないが、体の中の魔力の流れを早くしたり遅くしたり、はたまた体の一部に集約させてみたりということを暇つぶしがてら試していた。

 何しろできることが全くない。意味があるのかないのかは定かではないが、前世でのファンタジー物を思い返すと魔力操作の熟練度によって魔法を使用するときの魔力消費量が減るだとかいう話があった気がしないでもない。

 そんな何の根拠もない前世の記憶を信用していいものかは全くもってわからんが、所詮は暇つぶしだからいいのだ。


「奥様、レント坊ちゃまは魔力を有しているようでございます。わたくしは魔術師ではないのでどの程度のものか判断いたしかねますが、もしかすると将来魔術師として生きていくことができるやもしれませんね」


 どうやら全ての人間が魔力を持っているわけではないようだ。

 これは魔力の量によっては楽な人生を送ることができるかもしれない。そんな期待を胸に乳母と母親の会話に耳を傾ける。


「あら、それは良い知らせだわ。クロード様にもお知らせしないと。将来はうちの領地でお抱え魔術師になってくれると助かるんだけれど・・・」


 そう言って母親は父であるクロードに報告すべく、部屋を出て行った。


 ふむ、領地でのお抱え魔術師なんてものがあるのか。言葉の雰囲気からしか推測できないが、領地内で何かしらの魔術師としての仕事をこなす役職で、恐らく旅をしたりすることはできないだろう。まだ何をしようという目的を持っているわけではないけれど、できることならば冒険者とか旅人になって世界を旅してみたいものだ。

 前世の記憶を思い出したことでこの世界に対する興味が一段と湧いてきた。それに家族に都合良く使われるだけの人生というのも味気ないし。

 伯爵家三男程度の希望がどこまで通るかは分からないが、一先ず個人的には領地のお抱え魔術師とやらは却下させていただきたいところだ・・・。


「カミーラ!レントが魔力を持っているというのは本当か!」


「旦那様。あまり大声を出すとレント様が驚いてしまいますよ。はい、どの程度かは分かりませんが魔力を有しているようでございます」


「すまない。つい興奮してしまってな。ならばレントは冒険者にさせようじゃないか。私が剣技を教えれば魔術騎士となるのも難しくはないだろう」


 やはり冒険者という職業はあるようだ。ファンタジー世界では鉄板だな。

 危険を顧みず一攫千金や勲章を求めて世界を旅するロマンある職業。異世界に転生したならばやはり世界を見て回らないと損だ。


「何を言っているんですかクロード様。レントは領内でお抱え魔術師として尽力してもらいます!ただでさえダンジョンに潜れる冒険者が減ってきて領内の発展が滞っているんですから」


「いやしかしだな・・・」


 この様子だと自分の意志で職を選ぶというのはなかなか難しそうである。

 冒険者になるのは楽しそうだし全く構わないが、お抱え魔術師は勘弁してもらいたい。と言ってもなんだか父親は尻に敷かれている雰囲気を醸し出しているな・・・。

 これはダメかもしれない。


「お二人とも、最終的にはレント様がご自分でお決めになることではないでしょうか。まだ生まれたばかりで魔力を持っていると分かっただけなのに将来を決められてしまったらレント様が可哀相ではありませんか」


 そう思っていたところで乳母からの助け舟が入った。

 どうやら思っていたほど親にレールを敷かれた人生でなくてもいいみたいだ。自分で決めていいのか。

 ならば父親も希望している冒険者になるのが一番無難な気がするな。まあ他にも色々あるだろうしゆっくり考えていこう。何しろまだ生まれてから半年だ。急ぐことはない。


「確かにそうだけれど・・・。このままだと領地は廃れていく一方よ」


「冒険者になってもらって、たまにダンジョンを攻略してもらえばいいじゃないか。お抱え魔術師なんて毎日毎日変わり映えのしない低層に潜って同じモンスターを狩り続けるだけだ。流石にそれは酷過ぎるだろう。ともかく本人の意思もあるし、カミーラの言う通り今すぐ決めることでもないだろう」


「そうね。レントがもう少し大きくなってから家族みんなで相談しましょう」


 そう言って両親が出ていくとカミーラが俺の体を抱き、頭を撫でている。それに俺は少し安心感を覚えて、ゆっくりと眠りにつくのだった。

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