プロローグ
薄く光り続ける薄茶色の壁に、黒に灰色の滲んだようなぼこぼこした床。その床に倒れている"ドラゴンファイター"が被っているヘルメットの上に腰を据える、ローブ姿の青年が一人。そしてその横で別の"ドラゴンファイター"の牙を採取するため、片手にナイフを持った白衣を着た幼い少女が一人。
「教授ー、早く行きましょうよ。またモンスターが湧いてきても厄介ですよ」
めんどくさそうな声音で白衣姿の少女に話しかける青年。
「い、いや、もう少しなんだ。もう少しで、牙を採取できる・・・と思う・・・たぶん・・・」
ナイフを右手に握り、その震えた手を見ると力が入ってが入っているのは目に取れるが、しかしいつまで経っても"ドラゴンファイター"の口から覗いている牙を支える歯茎に、ナイフの刃先は近づきそうもない。
「くっ・・・」
それから数分経ち、青年が痺れを切らして座ったまま腰からナイフを抜き、少女が向き合っているモンスターとは別のモンスターの口に、一切の躊躇なく刺し込み、ねじり取るようにして牙を引っぺがし、少女へと差し出した。
「はい、これでいいですよね」
あっけらかんとした顔をして少女に差し出している手を、ほれっというように上に動かす。一部始終を黙ったまま、そして緊張の面持ちで見つめていた少女はあわあわと口を動かしながら、
「き、き、貴様!龍の一族である"ドラゴンファイター"の口に刃を突っ込むなど!それでもドラゴンを奉るアルート王国民か!!」
キンキンとした甲高い声で青年を責め立てる少女を見て、ニヤリとして青年は答えた。
「一応そうですけど、元異世界人ですからね。それにどちらにせ、こっちの世界でも無神論者ですから。教授もご存知だと思いますけど。それに襲ってきたのを殺してるのに今更ですし、ほら、牙。欲しいんでしょう?」
ぐぬぬ、と理解はしているが納得のいかない様子の少女は、不満そうな顔をしながら青年の手から牙をむしり取った。
「ほら、教授が騒ぐから新手のモンスターが寄ってきちゃったじゃないですか・・・」
青年の言った通り、"ドラゴンファイター"の死体が積み重なった通路の向こう側に、水色の龍がこちらを見てゆっくりと近づいてきていた。
「駄目だ!あれはブルードラゴンの一種だ!本物のドラゴンを殺してしまうと王国に災いをもたらすぞ!」
「そうは言ってもね・・・」
水色の龍は前方10mほどの位置に立ち止まると、上を向いて地響きが起きるほどの咆哮をあげた。そしてこちらに向き直り、右足を持ち上げて地面を踏み鳴らす。その瞬間、龍の周りに水の球が出現した。
「あっちはやる気満々ですよ?教授、下がってください」
青年は持っていたナイフを腰の鞘にしまい、背中にかけていた剣を二本、鞘から抜き出して龍の方へ構える。こちらが臨戦態勢に入ったのを理解したのか、発動までに時間が必要だったのか定かではないが、剣を構えたのとほぼ同時に浮いていた水の球が青年に向かって一気に襲い掛かる。
双剣を構えたまま腰を少し落とし、短く息を吐いた青年は、目にも止まらぬ早さで、しかし正確に水の球、"ウォーターボール"の"核"を切り裂いていく。
「ったくさっきの"ドラゴンファイター"といい、コイツといい、モンスターの癖に魔術を使うなんてどういうことだよ・・・」
水を浴びてびしょびしょになったそのまま、剣を握ったままの右手を龍へ向ける。すると青年の周りに小さな黒い球が複数出現し、しかしそれは瞬く間に大きくなっていく。向けていた右手を振ると直径が人の身長ほどにも大きくなった黒い球が全て、磁力に引かれるように龍の方へ飛んで行き、激突するその瞬間。ただの黒い球体だったそれは槍のような形に瞬時に変化して龍の体中を突き刺した。
「あー、球体で出さなくても良かったか。モンスター相手なら最初から槍で良かったな」
まあいいや、と軽いトーンで呟いて後ろを振り向く。そこには目を見開いて鬼の形相をした少女がこっちを見て、
「こ、の、馬鹿者--!!!」
この物語は異世界に転生した少年と、異世界人の生態を明らかにせんと研究を続ける一人の学者の冒険譚である。