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コトバのまにまに!  作者: 夢猫 RAR
4/7

第4文 能力

前回までのあらすじ。


「今日から一緒に寝よう!」

「…………!?!?」

「えぇ〜!? 優命だけずるい〜! ノアくん、明日はお姉ちゃんね?」

「………………!?!?」

「だぁめ〜! 姉ちゃんと一緒にしたら姉ちゃんノアに何するかわかんないもん!」

「……………………!?!?」


優命。好奇心モンスターの姉ちゃんから、ノアの保護を決意。




私の朝は早い。

時計の短針が五を指す前に髪に櫛を通し、おねぼすけの弟の為にトーストする食パンを準備。私は紅茶を片手にリビングで読みかけだった本を読む。

ぺら、ぺら、文字が並べられた紙のめくられる音が響いて、心が落ち着く。


静かで爽やかな、私の一番好きな時間。




ああ、そうだ。カーテンを開けておかなくちゃ。

短針が六を指した頃。そう思って本にしおりを挟み、椅子から腰を上げる。

しゃらりと音を立てて開く布の隙間から朝の眩しい光が流れ込んだ。




………………いや、ホント眩しいな。

日光がフローリングに反射して目くらましされてるみたい。

部屋は明るく、私の視界は真っ白。


明るさ調節出来るカーテンに変えようかな……。


『おはよう』

「うん、おはよ。お目覚めの天然水はいかがかな?」

『ありがとう』


そういえば。私に一人、家族が増えた。

弟と同じくらいの身長で、丸く白い頭。真っ黒なタレ目にひょろひょろと蔦のような身体をした、人外くんだ。


カーテンを開けたのはこの子の為。日光が直撃して白く反射した床にぺたんと座り込むと、上半身の洋服を脱いで気持ち良さそうにその恵みを浴びる。


私が予想するにこの行動は光合成だと思う。今この子の息が酸素に変わっているかどうか確かめたいところだけれど、弟に無闇矢鱈に調べないように言われたばかりなので我慢我慢。



彼はマンドレイク。



悪魔が宿ると言われた植物。



所詮人間の空想、妄想だと思っていたものが、この世に『居る』。

それだけで不思議であり、不気味だと思うかもしれないけれど、こんなに近くに居ると、どうやらその妄想よりは危険ではないらしい。


でも、この子に声を上げられてしまえば私達の心はないだろう。



え?『命』じゃないのかって?



マンドレイクの声に影響するのは命ではないよ?

生物の心。それを壊す音波。

あの子が持っている能力はただそれだけ、だと思う。


死ぬ、なんて資料もあるけれど、思考が死ぬ。と言った方が正しい気もする。




つまり、発狂。




思考が壊れれば、資料も残せない。

狂った頭で考えたって無意味なだけ。

壊された脳が行き着く先。それが死。

それを第三者の視点から見たのが、『声を聞けば死ぬ』。


声を聞いた本人から意見が聞けないんだもん。そりゃあそうなるよねぇ。


まぁ、これは全て色々調べた上での私の個人的な推測であり、証拠は無いんだけれど。



「んん……姉ちゃ……ん」

「はいはい、お姉ちゃんはこっちだよ〜」


おねぼすけくんが起きてきたら、準備しておいたパンをレンジに入れて、スイッチオン。

まだ開かない目を擦りながらよたよたこちらに近寄る姿は、いつ見ても可愛らしい。


「ん〜……」

「ほら優命。顔洗っておいで」

「めんど……」

「そういう意思表示だけはお目覚めみたいだね」


寝癖のついた髪を撫でながらそんな会話を交わして、弟の顔色、体温を確認。


うん。今日も健康だ。


顔を洗いにリビングから出る弟を見送って、新しい家族の名前を呼ぶ。


「ノアくん」


その子も暖かい日光でうとうとしていたのか、私の声に肩をビクンと揺らして周りを数回見渡した後、こちらを向いた。


うたた寝をするというのは、正直嬉しいことこの上ない。

その分私達のこの環境に安心している証拠だから。


「こっちにおいで」

「……?」


首を傾げながらも近寄ってくれる弟とよく似た身長に、私は手を乗せる。

その手は頭部を滑って頬へ。顔を持ち上げて撫でまくった。



「早起き出来て偉いぞ〜ノアくん!」

「…………〜〜!」



くすぐったそうに微笑んだ目元に安心感を持ちながら、冷たく心地良い感触から手を離す。


「これから朝食にするから、冷蔵庫にあるバター、マーガリン、ジャムをそこのテーブルに置いてくれると嬉しいな」


私の言葉にこくんと頷き、要望のものかどうか一つ一つこっちに確認してからテーブルに運んだ。

中でも買ってきたばかりで、しかも容器が瓶であるジャムは少々重たかったらしく、手袋を外し、現れた細い根でぐるぐる巻きにして引きずって行った。

当然、運ぶのでさえ引きずるのだからテーブルに乗せられるはずもなく。


「ごめん! ノアくんにはちょっと重たかったね! 頑張ってくれてありがとう!」


浮かせることも出来ず悪戦苦闘する姿にすかさず手助けに行くことになった。





朝食。

トーストしたパンの香ばしい香りと、飲みかけの冷めた紅茶がテーブルの上で揺らめく。


「ノア、本当に水だけでいいのか?」

『うん おいしいよ』


目の前からほのぼのとした会話。



あぁ、いいな。

これこそ平和って感じがする。



ノアくんが来てから一週間。

最初はやっぱり警戒心が強かったけれど、優命のおかげで笑顔が増えた。


ただの訪問者だったのが家族になっちゃうなんて。

人生わからないものだなぁ。




「姉ちゃん?」

「うん? どうかした?」

『いつもより にこにこしてる』

「お姉ちゃんはいつでも上機嫌だよ〜」


あっはは。

二人のきょとんとした顔を見て、私はそう笑った。



〜・~・~・~・~・~・~・~・~・~



「行ってきまぁす」

「遅刻しないようにね〜」

『いってらっしゃい』


ランドセルを背負った小さな身体が、ドアを開けて学校に向かった。

ぱたん。風に閉められた玄関の前で、残ったのは私とノアくんの二人だけ。


「さて、今日は何をしようか!」

『くれよん おえかきしたい』

「お絵描き好きだもんね〜ノアくん」


そう言って引き出しからクレヨンを出した。

色は少ないけれど、発色のいいこの道具をノアくんは気に入ってくれたらしい。


『ありがとう』と書いた紙を構えた後、ノアくんは嬉しそうにそれを受け取ってテーブルに走った。



ふぅ。

今のうちに、朝食に使った食器を洗ってしまおう。



〜・~・~・~・~・~・~・~・~・~



食器を洗い終わって休憩していると、ノアくんがくいくいと控えめに服を引っ張ってきた。


「どうしたの……うわぉ」


クレヨンでいっぱいに着色されたスケッチブックの1面を見せて、様子をうかがっている。

ところどころ色が混ざり、黒くなったり茶色くなったり。


でも……うん。

描きたいものは分かる。



「これ、もしかして優命?」


こくんと頷く。


「こっちはお姉ちゃんかな?」


こちらも頷いた。


不細工で不格好な線に、たっぷりの感情。

嬉しくないはずがない。


「あは〜……照れちゃうなぁ!」


私がそう言うと、ノアくんはパァっと表情を輝かせた。


今気づいたけどノアくん、精神年齢は五、六歳ってとこなのかな。




「ん? ノアくん、これなぁに?」




私はそう言って、絵の一部を指差した。

なんだろう……私と優命の周りにある……たくさんの小さな浮遊物。

色も形もそれぞれで、二つの色が混じっていたり、一つの浮遊物の周りに黄色が入って……これは輝いているような表現と考えていいんだろうか。


そんな疑問に、ノアくんは当然のように答えた。



『コトバ』



コトバ……?

言葉…………?



『ふたりの コトバ』



私と……優命の……?





「ノアくん。もしかして君には、こう見えてるの?」


私はこの時、それがとてつもなく愚かな問いだと気づくことができなかった。






『みたい?』






〜・~・~・~・~・~・~・~・~・~




時計の秒針が一瞬、遅くなった気がした。


ノアくんは手袋を外してその細い根を握るように丸めている。


数秒してそれがはらりと解けると、中に一つ、水を閉じ込めた結晶のような物体が姿を現した。


「これは…………?」

『いまつくった これたべて』

「まさか、毒とかじゃ……」

『どくじゃないよ あんしんして』



植物の手で差し出される結晶を、言われるがまま受け取った。


受け取ってしまった。




見た目の割に柔らかいそれを、口へ放り込む。

途端に中に入っていた水がとろりと舌の上で広がった。

味は、どちらかと言うと甘い。蜜を水で薄めたみたい。


「……………………」



しばらく沈黙が広がるが、これといって何も無い。




「……ノ……ノアくん……? ……これ……」




変化が無い事を疑問に思いノアくんに声をかけたその時。


ふわりと、何かが目の前を通った。


「え?」



驚いて顔をあげれば、視界にはいつものリビングと、


その空間を浮遊する数十個の物体が映った。



「え? え!?」


変化が無かったんじゃない。

"変化に気づけなかった"だけだ。



突然のことに状況が掴めない。


ノアを見ると、胸の前に一つのハートが浮いていた。


「…………………………っ!?」


中心に大きな穴が空いた、ボロボロのハートが。


「まさかっ……」


慌てて自分の胸元に目を向けるとやはりそこにもハートがある。


こっちは、ツギハギだった。



まずい。

この子の見えてる「コトバ」って……!



『どう? コトバ きれいでしょ』


ノアは浮遊物を眺めながらそう文字を書いた。


『ユウキおねえちゃんも ユメイおにいちゃんも とってもきれいなコトバをいうの』


違う。ちがう。チガウ。

こんなの。コンナノ。

もし人間に利用されてしまったら。


『でも ハートにはきずがある なにか つらいことがあったの?』


危険だ。

危険過ぎる。


『ユウキおねえちゃん?』



この世にあっていい能力(モノ)じゃない!!



「……ノアくん」


多すぎる視界情報。

理解したくない光景。


「約束して……」


猛烈な頭痛によろけながらも、必死に言葉を紡いだ。


「この能力は、危険な時だけ味方の人に使って……」


ノアの肩に置いた手が震える。


「無闇に……渡しちゃダメ」


声が詰まる。


「お姉ちゃんと、約束……できる?」


ふわり。

口から出てきた小さな何かは、この子のいう「コトバ」だろうか。


けどごめんね。それを見る余裕なんて今は無いんだ。



明らかに変わった私の様子に、ノアは慌てて首を縦に振ってくれた。


やはり、優しい子だ。






でもそれほどまでに、悲しい子だ。







ハートに現れた精神状態。

あんなに大きな穴が空くなんて、この子はどんな過去を背負ったんだろう。


それに、常に傷ついた心が視界に入るなんて、人間ならいつ狂っても不思議じゃない。





この子を知りたいと思った。


この子を信じたいと思った。


この子を理解したいと思った。




この子を守りたいと、そう思った。





それほどこの子は、私の未練と重なってしまっていた。








神様は意地悪だ。







この子を支えるものを、私に一つも恵んではくれない。


たったひとつだけ出来たことは、約束という忠告と束縛。







あぁ。




最低だなぁ、私は。



〜・~・~・~・~・~・~・~・~・~







どうやら少しの間、気を失ってしまったらしい。

身体を起こすと私のお腹に突っ伏していたノアくんがガバッと勢い良く顔を上げた。


その真っ黒の目には涙が。


「ごめんね〜! びっくりさせちゃったね〜! ほーらお姉ちゃんは大丈夫だよ! 元気元気ぃ!!」


目が合った瞬間に胸に飛び込んでくるノアくんを必死でなだめる。


「よしよーしノアくん! 泣かないで〜お姉ちゃんちょっとびっくりしてちょっとテンパってただけだから〜!」


実際はちょっとどころではないのだが。

というか夢だと信じたかったのだが。


うん。さっきの光景は現実だったみたいだ。



精神状態と言葉を見る能力。

ますます、警察とかにバレるわけにはいかなくなっちゃったな。


まぁいいか。


その能力を悪用されて、プライバシーの欠片も無い奴隷同然の生活をするよりは大分マシだ。


ましてやそれを利用しようだなんて思ってない。


思えない。



……そうだ。「コトバ」は……?



ふと周りを見渡してみても、さっきまでの浮遊物はどこにも無い。

効果切れか。

ー時的なもので良かった。本当に。




あれは人間に与えちゃいけない力だ。

一つ間違えれば、全て壊れてしまう。




うーん……どうやら「この子の力は心を壊す声だけ」という推理は見事に外れたみたい。


わかるか。

わかるわけないわ。

想像じゃなくて推理の斜め上を行ってたわ。

悪い方向にね。

はぁ〜。やっぱりこの子に今までの資料は当てにならないかぁ。

予想はしていたけれど、いざ現実を突きつけられてしまうとお先真っ暗だなぁ。






「ノアくん、心配させちゃってごめんね」


私の柔らかい胸に挟まれてもぞもぞと動いている白い頭を、できるだけ優しく撫でる。

ぷはっ。小さな呼吸音とともに、真っ黒な目を私に向けてくれた。


『げんき?』

「うん!」

『ほんと?』

「ホントだよ〜」


ほらっ!

笑顔を見せると、ノアくんもへにゃりと微笑む。



『やくそく』



私から身体を離し、構えた文字。

不意に私は動きを止めた。


『やくそく ちゃんとまもるね』


笑顔のまま。

天使のような笑顔のまま、鉛筆の文字を私に映す。




あっはは。

やめてよ。

ねじ曲がった私に、その言葉は純粋過ぎるよ。

これじゃあ私、君に一方的に条件を押し付けた悪者になっちゃうよ。




「うん……ありがとう……」



ごめん。ごめんね。

それは君の力であって、私が制限していいものじゃないのに。


君の"ありのまま"を真っ直ぐ見れなくて、本当にごめんなさい。



「……………………」



ダメだ。どんどん思考が暗くなる。

ノアくんが居るのに。

目の前に居るのに。


笑わなきゃ。

安心させなきゃ。

私は今「お姉ちゃん」なんだから。



「あっ、そうだノアくん」


心の中の声を押し殺していつもの表情を作った。








「ちょっとお手伝いしてくれる?」




続く

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