胸が揺れた
岸に戻りボーイの様子を見に行った。
ボーイの仕事は早く、もう高く登っている。
俺はきれいに仕上がった階段を上り、ボーイの所までやってきた。
もちろん琴も一緒だ。
「ボーイ、仕事は丁寧だし早いな」
「ありがとうございます」
ボーイは手は止めなかったが、嬉しそうだった。
「お仲間を一人呼んだよ。ボーイのアドバイスのおかげだ」
「そうか」
「おい、初対面だろ?見ろよ」
仕事をやめず振り向かないボーイにそう言った。
ボーイは仕方なく振り向き、琴を見た。
「はじめまして、よろしくな」
「はじめまして、琴でございます。どうぞ、よろしくお願い致します」
琴はそう言い足場の悪い所でお辞儀をした。
ボーイはまた仕事を始めた。
何か他に話したいことはないのだろうか。
不思議に思ったが、相手はボーイだ。
アレイの実態とは違うのかも知れない。
釣った魚を網で焼いた。
他の料理も食べたいが、俺には出来ない。
またいつか料理人を呼ぼう。
俺の中にはすっかりアレイボールが身についていた。
きっともう手放せないだろう。
「琴、こっちで寝転んでごらん」
魚を食べ終えた俺は、隣で静かに座っていた琴を呼んだ。
俺が寝転ぶと琴は横に寝た。
そうか、言わなくても来るんだったな。
琴は俺の方を見ていた。
「違う、上を見て」
琴は言われた通りに仰向けに寝た。
「これが地球から見える星空だ。きれいだろ?」
「きれいですね」
琴は初めて自分の思いを語った。
そしてにっこりと微笑みながら、俺の顔を見た。
「いや、星空よりも君の方がきれいだよ」
なんて、キモい言葉をかけそうになった。
だが、それくらい琴は美しかった。
「今は楽しいです」
琴はまた星空を見ながらそう言った。
楽しかったら教えてくれと言った俺の言葉を、忠実に守ったに過ぎない。
そうなんだが、俺は嬉しかった。
久しぶりに共有出来た事で、なぜか涙が溢れた。
「俺も……楽しい」
これは一人では到底味わえない感情だった。
「どうされましたか?泣いていますか?」
琴はびっくりして尋ねたようだった。
だけど俺は、琴の自発的な言葉に驚いた。
会話が出来る。会話ができるんだ!
「琴。悲しいんじゃないんだ。嬉しくて涙が出たんだ」
「それなら、安心しました」
「会話がちゃんと出来るんだね。話し相手を呼ぶ必要がないんだね」
「できますよ」
俺は元気よく立ち上がり、琴に手を差し出してみた。
琴は身体を半分起こし、俺の手を握った。
硬いが確かに手を繋いでいる。
そのまま引っ張り立たせた。
琴はにっこりと笑い
「ありがとうございます」
と言った。
優しくすることが、こんなに清々しい事だとアンドロイドから教えられた。
俺はトイレに行きたくなった。
トイレに向かうと当然のように、琴は付いてきた。
「これから排泄するんだ。人間にとっては見られたくない行為なんだ。分かるかな?」
「はい、ここで後ろを向いておきます。」
音は聞こえるが仕方ない。
排泄を済ませバナナテントのベッドに横になった。
琴は横に寝た。
ボーイはいつもどこで寝ているのか。
夜はやはり肌寒い。
琴に毛布を被せ、俺も被った。
「琴、寒くないか?」
「寒くありません」
ノースリーブから出た琴の腕に手を置いた。
冷たくも温かくもない。
不思議な感覚だった。
「ゆっくりおやすみ」
「おやすみなさい、ご主人様」
次の朝目覚めると、琴は俺をじっと見て横になっていた。
行動を共にするというのは、酷なもんだ。
琴は起きたくても起き上がる事さえ出来ないんだ。
「琴、おはよう」
「おはようございます。ご主人様」
「何かしたい事はないか?今日は琴が楽しい事をしたい」
「泳ぎたいです」
朝の海水浴は気持ちがいいだろう。
「よし!」
俺はパンツだけになり砂浜を走った。
琴も来ていたワンピースを脱ぎ捨て、走って付いてきた。
浅瀬をバシャバシャ走りダイブ。
琴は下着姿で優雅に泳ぎ、時々潜って楽しそうだった。
あいにくマスクを付けていなかったので、俺は潜っても何も見えない。
朝の運動とばかりに、泳ぎに泳ぎまくった。
疲れて岸に戻り砂浜に倒れた。
琴も横にいるようだ。
「どうだ楽しかったか?」
「はい」
砂だらけになった身体を起こし、座った。
琴もゆっくりとうつ伏せになった身体を起こし、俺の横に並んで座った。
ん?その時、琴の胸が揺れた。
「琴、胸が揺れた気がした」
「はい」
「どういう事?胸だけ柔らかいの?」
「そうです。赤ちゃんのためです」
目がついつい胸にいってしまう。
「触ってもいいか?」
とは、言えないよな。
昨日である程度の我慢は出来るようになった。
だが胸が揺れると、話は別だ。
いや別じゃない。
俺は一人葛藤していた。
「触ってもいいですよ」
俺の葛藤をよそに、琴は屈託のない笑顔でそう言った。
「ダメだ!そんな事を言ってはいけない」
俺は顔を伏せ、そう言っていた。
「そうなんですか?」
「大切な人だけ、触るもんだよ」
「大切な人?」
「そう、琴が愛する人だよ」
「胸はそんなに大事なもの?」
もしかして琴の星では違うのかな。
それとも琴が未熟なのか。
俺には分からなかったが、到底触る事など出来なかった。
重い腰を上げ、バケツの水を取りに行った。
砂と海水を洗い流す。
琴にも頭からかけると、なぜかはしゃいだ。
胸が揺れた。
「琴、ワンピースを着てくれないか」
「はい」
理由を聞かれなくて良かった。