琴
「なぁ、ボーイ」
せっせと階段を作るボーイの後から話しかけた。
「なんだ?」
ボーイは振り返ることなくそう言った。
「ちょっと休憩したらどうだ?」
「アレイは疲れない」
「そ、そうか……、じゃ、話でもしないか?」
せっかくアレイが来たというのに、仕事ばかりしている。
そうだ、俺は寂しいのだ。
「手は止めたくない。話しならここで聞く」
「真面目なんだな……」
「山道を作るのが、俺の仕事だ。違うのか?」
「いや、そうなんだがな。なんというか、一緒に遊んだり話したり釣りしたり、っさ!」
「なら、その役目のアレイを呼べばいい」
「なるほどなっ。だが、ボーイ。お前はそれでいいのか?なんつーか、ヤキモチみたいなものはアレイにはないのか?」
「他のアレイは知らない。だが、俺にはない」
「そういう事か!お前の性格かっ!」
「何を喜んでいるのだ」
「いえ、別に」
俺はそれを聞いて実際嬉しかった。
いろんな性格の女の子を……、ん?
「なぁ、ボーイ。性格とかスタイルとか髪型も選んで呼べば来るのか?」
「だいたいだが呼べる」
なんだ、初めから聞いときゃ良かったな。
はしゃぎながら階段を降り、バナナテントの中から小瓶を取った。
ん~、俺は一体何の為に無人島を買ったんだ?
アレイを呼ぶ事にまだ少し抵抗があった。
これは研究だ。
そうだ、研究だ!
アレイという異星人の実態、生態。
その研究の為にきっとここに呼ばれたんだ。
という、こじつけ。
ノートとペンを持って来た。
一号はボーイっと。
性格も何も選ばなかったら、ボーイが来た。
という感じだな。
次の二号の詳細を書いて、間違いなく叫べるようにしたかった。
でも待て、また失敗もあるかも知れない。
叫んだ事を書きとめておくのは、有効だ。
きっとのちのちの助けになるはずだ。
だが、頭の中は山の上に家を建て、可愛い女の子と一緒に住む事を考えていた。
何とも人間というのは欲深い。
俺だけか?
いや、そうじゃなかろうて。
まず二号は身長160cm位。
スリム。髪は黒くサラサラ。
ストレートのロングヘア。
美人。
んーこの容姿からすると可愛い性格は合わないか……。
優しくてキメ細やか。
女らしく古風。
いい、いいね!
こんな子今どきいないぞ!
仕事は~、話し相手でいいのだろうか。
いや、一緒に行動もしたいな。
二号は長くなったが、ノートに書いた通りに読み上げた。
そして小さなボールを海に投げ込む。
やはり落ちた所が光った。
そしてまた声がした。
「小さいボールは目的が一つ。話し相手、行動を共にする。どちらですか?」
なんと!このボールの大きさに意味があったのか。
「中の大きさのが目的が二つなんですか?」
「そうです。大が三つ。今は小さなボールだったので一つだけです」
はぁ、また失敗してしまったのか。
俺はうんと考えて、行動を共にする方を選んだ。
光りの中から女性が降り立った。
「はじめまして、ご主人様。よろしくお願いします」
彼女は深々とお辞儀をし、俺を直視した。
いい、すごくいい性格だ。
黒髪は風になびき腰まである。
色白の肌がその黒髪を引き立たせていた。
身長もある程度高く、スラッと手足が長い。
顔はどこからどう見ても美人だった。
「やぁ、出会えて嬉しいよ!」
「ありがとうございます」
「そうだ、名前は何がいいかなぁ」
「おまかせ致します」
「古風な名がいいな。古都、琴、一織、雫、
んー悩むな……」
俺は座り込み、砂浜に名前を色々書いた。
彼女は黙ってそれを見ている。
「よし!琴、それにしよう」
「はい」
琴は静かに返事をすると、微笑んだ。
その笑顔を見て嬉しくなった。
とても美しかったからだ。
「ボートで釣りに行こう」
準備をしている間も琴は片時も俺から離れない。
それを望んだのだから当たり前なのに、俺は琴がそうしたいんだと錯覚し喜んだ。
俺から笑顔が戻った。
二人でボートに乗り、新しい釣り場を探した。
かなり遠くまでやってきた。
「ちょっと潜って見て来るな」
マスクとシュノーケルを付け、海にダイブした。
かなり深かったが、透明度が高く底にある岩肌まで見えた。
大きな魚かと思ったら琴が飛び込んで来た。
琴は白いノースリーブのワンピースのまま、優雅に泳ぎ俺の方にやってきた。
いつも一緒にいる?だからか?
琴はまるで人魚のように美しかった。
やはり水中では息が出来ないらしく、時折水面に顔を出した。
俺がボートに戻ると、琴も戻って来た。
「琴、待つことは出来るか?」
「出来ません」
「えっ!」
行動を共にすることに、そりゃ待つ事はないわな。
全く難しい……。
釣りを始めたら、結構釣れた。
さっきは琴に驚き、あまり海中を見ることが出来なかったけど、この辺りはどこでも釣れるようだ。
大きいのが三匹釣れた所で止め、ボートに寝転んだ。
一人じゃない幸せがふつふつと湧き上がる。
琴も横に添い寝した。
横になった琴を見つめた。
ヤバい、なんかヤバいぞ。
アンドロイド、アンドロイド、自分にいい聞かせた。
「琴、顔を触ってもいいか?」
「はい」
ボーイの足は硬かった。
だがもしかして顔は柔らかいかもと思ったのだ。
恐る恐る手を出し、琴の頬を触った。
見た目は血色もいいのに、やはり硬かった。
唇も断りなしに触った。
やはり硬い。
少し気落ちしたのは、いけない事を考えていたせいか。
だが見るからに素晴らしい女性が目の前にいて、何も出来ないとはかえって辛い。
「琴、感情はあるんだろ?」
「あります」
「どう?今は楽しいか?」
「まだわかりません」
「楽しかったら教えてくれないか?」
「わかりました」
「それと……、俺のことをどう思っているのか知りたい」
俺は何を言っているのか。
こんな日本から遠く離れた無人島で、アンドロイドから好かれたいと願っている。
でも、たぶんこのままだと七年は軽く過ぎるだろう。
そしていつか本当に恋に落ちるかも知れない。
そんなことを考えながら、琴の髪を撫ぜていた。
サラサラの黒髪はとても綺麗だ。
琴は何も言わず抵抗もしない。
「よし!」
俺は勢いよく起き上がった。
そうでもしないと、おかしくなりそうだ。
ボートを操縦し岸を目指した。
もちろん琴も起き上がり、俺の横に立った。