ボーイ
来る日も来る日も山道を作る。
草木を刈っている時は、上が見えない。
一体どこまで進んだのか。
遠くから山肌を見つめて絶句した。
まだ三分の一も進んでいなかった。
それに直線の最短距離を狙ったが、急なため石をかます必要がある。
それか長くなるが、ジグザグに進むかだな。
台風被害を考えて早く仕上げたいが、今日はのんびり魚釣りの気分だった。
釣り場一号にボートで向かい、ボッーとした。
別に洒落ではない。
考えるとここに来て二ヶ月だ。
髪も伸びたな。
ヒゲは嫌いなのでよくそっている。
俺は一人が好きだ。
一人ですることを次々に考え、こなしていくのが好きだ。
だが、今はそれが過去形になりつつある。
不思議なものだが、人恋しいのだ。
こんな気持ちは初めてだった。
時間に縛られていないせいだろうか。
以前は面倒だと思っていた事も、さして問題なく思える。
決して優しい男ではないのに、優しくする人が欲しい。
それに優しくされたい。
「ご苦労さま」とか「大丈夫?」とか言われた日にゃあ、泣けてくる。
えっ、俺は病んでるのか?!
まさかこんな落とし穴があるとは思いもよらなかった。
七年の縛り?
耐えられるはずがない。
何しろ話したのは、あのペンギンだけだ。
あの時はまだウザかった。
だが今ならペンギンでも魚でも、話してくれるなら何でもいい。
くだらない話は嫌いだったのに、それでもいい。
挨拶だけでも、天気の話でもなんだってしたい。
あぁ、重症だ。
大きな魚が考えている間に沢山釣れた。
釣り過ぎだ。
二匹だけ残し後はまた海に戻した。
グラディエーターに戻り、マイケルとキャメロンを呼んだ。
呼ぶといつもどこからともなく現れる。
それがとても可愛い。
いや、これも新しい感情かも知れない。
昆虫も今の所見たことがない。
マイケルにもノミはいないようだった。
「マイケル、お前はキャメロンがいていいな」
もしかして無人島というのは、大好きな彼女といれば最高かも知れない。
いや、それも新しい思いだ。
ここに来る前にはそんな考えは一切なかった。
例えば一緒に連れて行って欲しいと懇願する彼女がいたとしても、絶対に断っていただろう。
朝になっても気持ちは晴れなかった。
砂浜に座り込み美しい海を見つめた。
「願いが叶うアレイボール!」
あの時のペンギンの言葉を思い出していた。
アイツ明るくて元気だったよな……。
バナナテントから小瓶を取り出し見つめた。
本当に願いが叶うのだろうか。
微かな躊躇はまだある。
チートもどきを使う事への抵抗だった。
小瓶を握り締めながら、砂浜に寝転んだ。
1回だけ試すだけならいいんじゃないか。
本当に叶うのか調べるだけだ。
俺はいいわけを並べ、使える口実を探した。
そして小瓶から一番小さなボールを一つ取り出した。
「山道を作る……、アレイ」
そう言い海に投げた。
落ちた所が円に光り、そのまま何も起こらなかった。
叫んでないからか?
やはり夢だったのか?
そう思っていると、再度同じ場所が光りだした。
「男性、女性どちらでしょうか?」
光っている方向から声がした。
うんと悩み考えた結果
「女性」
と、叫んだ。
すると円の光りが上に上がり、俺の目の前に光の玉が落ちて来た。
一瞬眩しくて目をふさいだ。
「ご主人様、よろしくな」
見ると整った顔の綺麗な女の人が立っていた。
金色の髪は短く、Tシャツと短パンというラフな格好をしている。
果たして山道を作れるのだろうか。
だが、そんなことよりも話相手が目の前にいることが嬉しかった。
彼女はじっと俺を見つめた。
「名前は?」
「アレイだ」
「それは総称だろ?」
「他にはない。好きに呼んでくれ」
男の子のような話し方なので、《ボーイ》と名付けた。
愛想はないが、十分ありがたい。
実際人ではないが、見た目は変わらないのでなぜかホッとする。
「腹減ったな。一緒に魚を食うか?」
「アレイは食事はしない」
「そうか……、他には?人間と違うところ」
「排泄がない。睡眠はとる」
「心は?例えば悲しいとか嬉しいとかの感情はあるのか?」
「もちろんだ」
「みんなお前みたいな性格か?それとも個性があるのか?」
「ある」
なかなか面白くなって来た。
試しに一回だけと思っていたはずなのに、いろんなアレイを集めたくなっていた。
「顔も髪型も声もスタイルも、みんな違うのか?」
「そうだ」
「年齢は?」
「アレイボールで呼ばれるのは二十歳だけだ」
ボールの数だけ若い女の子が来る。
ただボールを投げ込むだけでだ。
しかもみんなご主人様と呼ぶ。
話し相手を通り越して、違う願望がふつふつと溢れた。
あのペンギンが言っていたように、アレイボールとは本当にすごい物だった。
宝くじに当たり、アレイボールも拾った俺はなんてラッキーなんだ。
「山道をどこに作ればいい?」
「あ、そうだったな」
作りかけの山道に彼女を案内した。
「急過ぎるだろ?」
「大丈夫だ。岩を挟んで階段にすればいい」
「大変だな」
「このままだと雨で削れるからな」
ボーイはそう言うと一番したからやり直した。
しかし仕事が早い。
ぐらつく事もなく階段が出来て行く。
俺はそのあとをついて登った。
「足を出してると怪我をするぞ」
「怪我はしない。見た目は肌に見えるが実は鉄よりも硬い」
「えっ、触ってもいいか?」
「いいよ」
ボーイの足首を触るとカチカチだった。
「アンドロイドか……」
俺は少し気落ちしたが、それは確かによこしまな考えがあったからに違いない。
手伝いをしてくれ、話し相手になってくれる。
しかも感情もあるなら、それで十分なはず。
「任せてもいいか?何か食って来る」
「わかった」
ボーイはせっせと階段を作っている。
そのおかげで、最初に思っていた一人サバイバル生活は終わりを告げた。