ペンギン
今は乾季、突然のスコールにはしゃぐ俺。
まず持参したタライと大量のバケツを並べた。
そして服を脱ぐ。裸族だ。
石鹸を取り出し、頭から足のつま先まで洗った。
「スコール最高!」
東北では出会えないぞー。
空を見上げるとスコールの雲が通過するのがわかるのよ。
なんと自然は偉大なんだ!
一つのバケツをトイレに置く。
大便の時用だった。
簡易ウォシュレットの出来上がりだ。
《簡ウォー》とでも名付けるか。
後は全てバナナテント前に運んだ。
これで朝顔を洗い、歯磨きも出来る。
タライは洗濯用だ。
飲水は海水が山ほどある。
濾過し蒸留水を勝手に作る器材を持参。
塩も海水から作る事が出来る。
さして今の所必要ないが。
カレンダーは一応持参した。
夜寝る前にその日に○を付ける。
だが、一年分しかないのだ。
ま、気にする事はない。
時計はない。
忘れた訳ではなくわざと持参しなかった。
毎日何時何分に家を出て何時何分のバスに乗り、何時何分の電車に乗る。
そして何時からの朝礼を受け、何時に約束の電話をし、何時から会議。
時間に支配され続けた。
もううんざりだ。
明るくなれば朝、お腹が空けば食う、暗くなれば夜。
それだけで事足りる。
ここに来て朝の楽しみが出来た。
波に打ち上げられた物を見て廻る。
ここに辿り着いた物は、全て俺のモノ。
中には面白いものがあった。
俺はこれを朝市と名付けた。
「朝市行って来まーす」
という感じかな。
誰に言う訳でもないが……。
ガラスの破片が丸くなった物がたくさんある。
名前があったような気がするが思い出せない。
これはネットで高く売れる。
俺は金が要らないので、そっとしておこう。
ある日朝市で小瓶を見つけた。
中には美しいビー玉のような物が、いくつも入っていた。
大きさも様々あるようだ。
別に美しいビー玉に興味があった訳ではないが、波に打ち上がった感がない。
瓶も蓋も綺麗なままだ。
不思議に思い寝床に持って帰った。
猫は春と秋に発情期になる。
ここに四季はない。とすると、いつだろ。
取り敢えず子孫繁栄のため、オスとメスを連れて来たが。
ま、兄妹の関係だが、猫には関係ないようだ。
きっと7年経てば猫島に変貌しているかも知れないな。
来る日も来る日も鎌と斧を持ち、山道を作った。
だが、厄介な事に手にはマメが、足は至る所に枝で引っ掻いた切り傷が出来た。
それに当たり前だが坂道だ。
滑らないように踏ん張り、草木を取り続けるのは容易ではない。
しかも汗だくになる。
こうなると雪が恋しく思える。
あのふわふわの積もったばかりの雪に、ダイブしたくなる。
きっと気持ちがいいだろうな。
この暑さだ。
雪を口に入れるだけで最高の気分になるだろう。
今日は素潜り探検に出かけた。
透明度の高い海中は、日差しを通して魚を光らせた。
珊瑚も沢山あり、熱帯魚達は嬉しそうに泳いでいる。
魚に聞いた訳ではないが。
一番大きなテーブル珊瑚の奥は、水深が急に深くなった。
海水の温度も低い。
深いとやはり恐怖を覚える。
だがボートでここに来れば、大きな美味しい魚が釣れるだろう。
このポイントは岩場も多く最良だ。
ここは《釣り場一号》と名付けた。
今日はこの辺で戻るとするか!
顔をあげて岸の位置を確認した。
見るとバナナテント付近で何かが跳ねている。
猫よりも大きい。
侵入者か?!
俺は焦った、武器をまだ準備していない。
急いで泳ぎ岸を目指した。
だんだんはっきり見えてきた。
ペンギン?太ったペンギン?
人ではなかった事にひとまず安堵した。
しかし常夏の島にペンギンはないな。
しかも生き物は生息していないと聞く。
何とか岸に辿り着いた。
一応流木を手に近づいてみた。
「太ったペンギンめぇー!なに用だ!」
なぜか武士になっていた。
「オイラはペンギンじゃないッピ」
しゃ、喋ったぞ!
「君はアレイボールを拾ったから、ご主人様ッピ」
「アレイボール?……知らぬっ!」
武士から戻れない。
「ほら、いつか海岸で拾ったッピ。小さな瓶に入ったボールッピ」
あぁ、思い出した。
美しい小瓶の中のビー玉か。
「それが何じゃ!」
武士は続く。
「拾った人がアレイのご主人様になるッピ」
「よく話が見えぬな……」
俺は戦いにはなりそうもないと知ると、急に力が抜けた。
持っていた流木を投げた。
衣服を脱ぎ洗濯用タライに投げ込む。
ペンギンに裸を見られるが気にしない。
身体をバケツの水で洗い服を着替えた。
溜まった蒸留水はぬるいが喉を潤す。
「あの~ッピ」
「あ、まだいたの?ここは俺の島。出てって」
「説明が済めば出て行くッピ」
「ほむ、何とかボールの事か……」
バナナテントから小瓶を持って来た。
「それッピ!」
「でっ?」
「そのアレイボールを願いを叫び海に投げ込むッピ」
「ふむ」
「ま、まだ今はしたらダメッピ!」
一つ取り出すとペンギンは焦った。
「願いが何でも叶う!不思議なアレイボール!」
なぜかペンギンはポーズを決めた。
「キモ」
目が合うと少し怒っているようだ。
「じゃ、そう言う事でよろしくッピ」
「雑な説明だな……」
「君は大変な物を拾ったッピ!なのになのに!」
ペンギンもどきは地団駄を踏んだ。
「ちゃんと聞くよ、めんどくさいが。願いって例えば?」
「今困っていることは無いかなッピ」
「あぁ、山道作りに悪戦苦闘している」
「それそれ!そういうのッピ!じゃ、« 山道作るアレイ»って叫びボールを一個投げ込むッピ」
「したらどうなる」
「そのアレイがここに現れ山道を作ってくれるッピ」
「さっきからアレイ、アレイって。アレイってなんだよ」
「アレイはオイラの星の生き物ッピ」
「キモイのか?ペンギンか?」
「見た目は人間ッピ」
わかったようなわからないような……。
だが泳いだせいで腹が減った。
これから釣りは疲れる。
何か口に入れて寝たい。
「話はわかった!だから俺はご主人様でそのアレイが従者の関係だな」
「そうッピ!」
「じゃ、もういいから消えて」
「ちゃんと理解したのかなッピ。いいッピ。困ったらまた来るッピ」
そう言い残すと、ペンギンは本当に消えた。
俺は疲れてるのだろうか。
確かに小瓶はある。
だが、にわかには信じ難い話だった。
それにそんなチートもどきを使えば、折角のサバイバル気分が台無しじゃないか。