結 地獄の華(THE HEAVEN IN THE HELL)
私は、いつだってほづみの傍にいる。
……わかっている。ただ、私が認めたくなかっただけだ。
本来なら、ほづみは、私を殺したいほど恨んでいるはずだ。
私の身勝手な願いで、ほづみの人生を狂わせてしまった。
過ぎ去った思い出に、悪戯なピースを当てはめて、こころを壊してまで、ほづみに寄り添おうとした私の罪は計り知れない。
甘いひとときの夢で済ませるつもりだったのに。
この身が朽ち果てるまで、ほづみとひとつ屋根の下で暮らすことになってしまった。いつまでも、私はほづみの手を握りながら、二人で一緒に、鳥かごの中に閉じこもっている。紅い糸でがんじがらめになった私のこころは、もう、どうにもならないのかもしれない。
さらさらとした金色の髪が、ベッドに広がっている。
桃色のパジャマが、ほづみの身体をふんわりと包んでいる。
白い月光が、テラスから差し込み、ほづみの頬を柔らかく照らす。
私が奪ったほづみ。私が一人占めしてしまったほづみ。
私はほづみの隣で、ほづみの手を握って、羽毛のかけ布団にくるまっている。
ほづみの吐息が、私の肺に染み込んでいく。
「おやすみなさい、ほづみ」
私の指輪が砕け散ったとき、私の命の灯火は消える、そのはずだった。
けれど、私の魂は、壊れそうになかった。
でも、私の魔力は無限ではない。ほづみにあげた指輪にこめられた魔力を補充できなくなって、私が時を歪める結界を維持できなくなってしまえば、ほづみの肉体は再び時を刻み始めるだろう。そうでなくとも、私のこころが闇に呑まれてしまうかもしれない。
だから……いずれ、ほづみは世界から消えてしまうだろう。
そうでなければ、私が願いの代償で、世界から消え失せるのが先だろうか。
ほづみのためを思って、私はすべてを犠牲にしてきた。でも、私は、ほづみの優しさまで踏みにじり、犠牲にしてしまった。ほづみの大切な家族を消し去った。ほづみの友達である美月に苦痛を与えた。私は私の命を消そうとした。ほづみに無理な選択をさせたり、ほづみを無視したりもした。私はほづみの魂の花びらを、余すことなく毟り取り、殺し尽くしてきた。私は世界を見殺しにした。
私は、ほづみを悲しませたかったの? ほづみに残酷な経験をさせて、ほづみを追い詰めてたかったの? ……そんなはずはない。でも、これが事実だった。私は、ルナークより酷い、最低の悪魔よ。
私をこころから愛してくれるほづみは、ほづみのこころは、ほづみの笑顔でさえ、私の作り出した幻想でしかなかったとしたら? 考えたくない。でも、頭の中から、ほづみが死に耐えたときの表情が離れない。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
……私のせいか。
私はほづみが愛おしい。ほづみがいなくならないように、ゆりかごの中で大切に守り続ける。いままで犠牲にしてきた〈彼女〉達を弔うためにも、ほづみに愛を注ぎ続ける。
でも、ほづみが望むなら、私は……。
「ほづみ? もう、寝てしまったの?」
私はほづみの額を細い指先で撫でた。
ほづみのあどけない寝顔が、私のこころを溶かしていく。
「……うん? なに?」
「ほづみ。覚えておいてほしいことがあるの。この世界は本当の世界ではないわ。私が生み出した幻よ」
「……そっか」
私はほづみの両手を、掌で優しく包み込んだ。
「ごめんなさい。私は自分のために、世界を見殺しにしたのよ」
「……かなえちゃん。笑って」
ほづみは私に布団を被せてきた。
私は自然な笑みで、ほづみの耳元に頬を寄せる。
ほづみへの永遠の愛と、ほづみへの愛を独占している罪悪感で、胸が苦しい。
でも、私は、すべてをほづみに打ち明けなければならない。
「ほづみ。よく聴いて。もし、ほづみが望むなら……。友達を、家族を、世界を、本当の未来を、取り戻したいというのなら、私が願いを叶えてあげる。でも、そのときは、私はほづみと別れなければならない」
「え……、かなえちゃん、また、いなくなっちゃうの?」
「ほづみが望むなら、私はずっとほづみの隣にいてあげる」
「……わかったよ」
私は愚かで、卑怯者だ。自分の責任を、全部ほづみに押し付けている。
でも、ほづみは、いつだって私に微笑んでくれる。
私は、ほづみと一緒のままで、本当の世界を取り戻さなければならない。
私の願いが叶うのは、いつになることだろうか。
代償もなしに、願いが叶うだろうか。
知ったことか。ここは私の幻よ。運命のひとつくらい、変えられるはずよ。
何としても、ほづみを、世界を、未来を救ってみせる。
宵闇に舞う二頭のルリイロタテハは、水平線の向こうを目指して、永遠とも取れる時をかけて、飛んでいくのだろう。
けれど、甘い夢は、いつか終わるものだ。なら、いっそのこと、甘い夢を堪能することくらい、自由にさせてほしい。
互いに絡まる指先に、自然と力がこもる。
私はそっと、ほづみと唇を重ねた。
ほづみの身体のぬくもりが、早鐘を打つ心臓の鼓動が、直に伝わってくる。
彼女の吐息は、うっすらと、桃の香りがした。