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12 魔王ルナーク(LUNARK)

   二〇一七年一月六日、午前八時頃。


 私は時間を歪めている結界が〈もう一人の私〉のせいではないかと疑っていた。

 ほづみに相談すると、優しい笑顔が返ってくる。

「かなえちゃんは優しい子だよ」

 ほづみの小さな手に、頭の天辺をすりすりと撫でられてしまう。

「なあ、ちょっといいか」

 私は学校の昼食時に、鈴白から家族について質問された。

「家族……」

 すると、私と机をくっつけて前に座っているほづみが、沈んだ表情をした。

 ほづみが箸で掴んだウインナーが、弁当箱に、ころりと落ちた。ほづみの家族は、私が殺してしまったようなものだ。私にとっても、気のいい話ではない。

「悪いけど、家族のことを話す気分ではないわ」

「そうか。変なことを聴いてすまない」

 私は鈴白を冷たくあしらった。けれど、鈴白はめげなかった。

 すぐ近くで談笑している早弁組の美月と朱莉をつかまえている。

「ん? なんだい? かなえちゃんのお友達?」

「ああ、そんなところだ。なあ、海の怪物って、知らないか?」

 ほづみがぴくりと反応する。ほづみは、苦笑交じりに口を開く。

「わたし、ニュースで見たことあるよ。海にいる、船の形をした魔物なんだよね。不思議なことに、船さんが次々と〈不可解な難破〉をしているんだって。それで、調査に行った船は沈没しちゃったんだって」

「そうそう、それなんだけどさ。俺、遠くから見たんだ」

 今度は、美月がぴくりと反応する。

「おろ、魔物? 魔物を見たの?」

「ふうん、船の魔物か。海で見たのか?」

 美月は目をきらきらさせている。朱莉は気だるそうだ。

 鈴白は、二人の奇妙な反応に、ぽかんとしている。

 鈴白は、何かに気づいたように、身を乗り出して声を張り上げる。

「知っているなら教えてほしい。そいつ、俺の家族を喰っちまったんだ!」

 ほづみは凍りついて、箸を取り落としてしまった。私は鈴白を軽く睨んだ。

「ストーップ!」

 美月は慌てて鈴白の口を塞いだ。鈴白はもごもごと言っている。

「あんまり大きな声で、物騒なこと言わないでおくれよ!」

 私はほづみの箸を広い、先のほうを異空間から出したおしぼりで拭き取った。

「あ、ありがと、かなえちゃん」

「ほづみ、少し休む?」

 私は小首を傾げながら、ほづみに箸を差し出した。

「えへへ、ちょっとびっくりしただけ。心配しなくても、平気だよ」

「そう」

 ほづみの表情は、とても平気そうには見えない。私が姿を消したときのように、暗く沈んだ面持ちをしている。ウインナーを箸先でつんつんとつついている。

 私の無愛想な表情では、いまのほづみを元気にしてあげられない。

 ほづみのことが気がかりで、何もできない自分が悔しくて、胸がずきずきする。けれど、私は鈴白を恨まない。私はむしろ、誰からも恨まれる側なのだから。

 私に対しての罪は、すべて許すと、こころに決めている。

 朱莉は小さな欠伸をしている。寝不足のようだ。

 それにしても……海に潜む船の魔物、か。まさかとは思うけれど、私のこころの中から感じられたものだろうか。だとしたら、私は知らないうちに、また、とんでもないことをしてしまったのかもしれない。

 私は鈴白を一瞥した。鈴白はそれを見逃さなかった。

 鈴白は美月を振りほどき、私に詰め寄ってきた。面倒だけど、仕方ないか。

「なあ、かなえ。何かこころあたりはないか?」

「こころの海の奥底に、何かが潜んでいるような気がする。それくらいよ」

 私はチキンライスを口にしながら、淡々と応える。

 鈴白とは目を合わせない。目を合わせるのが少し怖い。

 私は箸を休めて、溜息をついた。

「重たい話なら、後にしてくれる?」

「いや、すまない。そんなつもりじゃなくて」

「別にいいわ。気にしてないから」

 私は黒髪を右手の甲で軽く払った。ふわりと毛先が舞う。

「いや、かなえちゃん、気にしてるよね」

 美月が茶々を入れてくる。

 うるさい。私は黙々とサラダを咀嚼した。

「俺さ、その魔物を探しているんだ。見つけたら教えて欲しい」

「後にして」

 私が素っ気なく返すと、鈴白は宙に浮いたように、おろおろとしはじめた。

 見た目に反して、可愛いところもあるのね。

 ……さて。見かねた美月と朱莉は、左右から鈴白に詰め寄った。

「なら、あたしに詳しく教えておくれよ」

「アタシら、そういう話の専門だからな」

 鈴白は軽く瞬きをする。

「信じてくれるのか?」

 朱莉はニヤリと歯を見せて笑った。

「じゃあ、ちょっと付き合ってやるか」

「あいよー。一名様、ごあんない~」

 鈴白は、美月と朱莉に両腕を組まれて、ベランダへと連れていかれた。

 春の日差しが、ほづみの柔らかい頬を柔和に照らした。

 私は、元気のないほづみの口の前に、私のチキンライスを一口ぶん掲げた。

「ほづみ」

 私が声をかけると、ほづみはチキンライスにぱくついた。

 さっきまで暗かったほづみは、ぱっと笑顔になる。

「かなえちゃんが作ってくれたご飯、とってもおいしいよ」

「ありがとう。そう言ってくれると、作りがいがある」

 私は、ほづみに合わせて、ぎこちなく、薄く微笑んでみせる。

 こんな風に、いつまでも、ほづみのこころを騙すような生活を続けていていいものだろうか。……いや、いいわけがない。どこかで区切りをつけなければ。

 食事を終えた後、私達は鈴白のアドレスを交換した。

 私とほづみだけがガラケーだった。

 ほづみは私に合わせてくれているのかもしれない。



   二〇一七年一月六日、午後七時頃。


 ショッピングの帰り道のことだ。

「ほづみ?」

 ほづみと一緒に歩いていたはずなのに、忽然と消えてしまった。

 嫌な予感がする。……奴の気配を感じた。

 買い物袋を異空間ポケットに放り込む。

 人払いの魔法を使ってから、気配のするほうへ転移する。

 ここは公園の辺りだ。近くにいる。

「ほづみ!」

 公園の真ん中で、ほづみが横たわっている。

 すぐ近くでは、ルナークと美月が相対していた。

 私はほづみを揺さぶった。反応がない。

「ふざけんな! ほづみんに何しやがった!」

 激怒した美月は、光の剣を携え、ルナークに斬りかかる。

 けれど、ルナークの凶刃は、身月の腹を綺麗にえぐった。

「美月!」

 美月は吹き飛ばされ、ビルの窓に叩きつけられた。

「おい、しっかりしろ、バカ!」

 朱莉は美月に治癒魔法をかける。

「朱莉、ほづみを任せた」

「……おいおい。アタシは、分身なんてできねえぜ」

 朱莉はほづみと美月を引っ張り上げ、膝の上に寝かせた。

 ルナークの奴、何が目的なの?

 私は、今度こそ、お前を許さない。

 結界を貼り、自身とルナークを隔離する。

 平静を装って、ルナークの前で身体を斜に構えた。

 右手の甲で黒髪をさらりとかき上げる。

 怒りを押し殺して、ルナークに問い詰める。

「何のつもり」

「有機生命体を用いた実験の一環である」

「…………」

 私は無言で目を眇める。

「刈谷かなえの家族は嘆いている」

 私は眉をひそめた。

「……何の話?」

「ルナークは契約対象に最低限の事実を話す義務がある」

「そう」

 素っ気なく返してみせる。

 ルナークは、私の家族が何に嘆いているのかは言わない。

 こいつは嘘を言わないだけ。信用ならない。

「結界を貼ったのは刈谷かなえである」

「……そう」

 そんな気はしていたけれど、どうして私は結界を貼ったのだろうか。

「葉山ほづみの家族は、刈谷かなえの意志によりに殺された。願いの力でなければ、蘇ることはない。葉山ほづみは刈谷かなえが原因で家族を失ったことと、自らを殺されたことに恨みを抱いている。しかし、刈谷かなえによる願いの力により、その心情は絶対に抑圧されなければならない。葉山ほづみの精神は苦痛にもだえている」

「いいえ、そんなことはない……はずよ」

 私は搾り出すような声で否定し、被りを振る。けれど、こころではわかっている。家族を殺されたり、臓器移植でもないのに自分の身を死ぬまで傷つけられたりして、怒らない人間がいるだろうか。私なら怒る。

「ほづみの愛は偽りのものである」

 ルナークは淡々と語り続けた。

「刈谷かなえの魂は、強力な魔物になりうる素質がある。貴様の精神の中にある魔物は、貴様が無意識に貼ったこの結界により、封じられている。結界は、この世界の時間を歪めている。ルナークが推し量るに、栗原美月でも浄化不可能な魔物である」

「美月でも浄化できないっていうの? 嘘よ、そんな……」

 私は戸惑いを隠せなかった。

「ルナークは嘘は吐かない主義である。もう一度事実確認を行う。刈谷かなえは自らの精神に眠る魔物を封じている。葉山ほづみの傍にいるために、無意識のうちに結界を貼った。その事実は揺らがない」

「……黙りなさい」

「ルナークは契約相手に最低限の事実を話す義務がある。幻惑の魔物は刈谷かなえが死の淵で無意識に生成された使い魔である。幻惑の魔物は捕獲対象の理想と空想、希望と絶望を反映する媒体である。幻惑の魔物は他の有機生命体の思念を捕獲対象の記憶と思考を反映して自律行動する実存する幻惑を生み出す。貴様の中にいる〈刈谷かなえ〉は自らの肉体と精神を檻に閉鎖し、精神の損耗を自ら促進し、魔物として世界を呪うつもりでいた」

「……嘘よ」

「ルナークは嘘を吐かない主義である。しかし、刈谷かなえは、刈谷かなえの願いと葉山ほづみの願いにより、魂そのものの汚染による崩壊は認められない。ただし、〈刈谷かなえ〉の力を増徴し、魔物としての魂の素質は磨かれ続ける。その結果、成長した魔物は刈谷かなえの魂の器を破り、いつしか強大な力を持って世界を呪うだろう。もちろん、刈谷かなえの魂は願いにより消失しないが、さまざまな要因により、肉体や精神はある程度損耗することが推測される。貴様の魂に宿る魔物の標的は、推測するに、貴様が現在の状況になりうる要因となった葉山ほづみであろう」

「違う。全部、私とお前のせいだ。私が最初に殺すのはお前だ。お前が絶対に死なないというのなら、私はお前だけを殺し続けることができる。ほかの誰にも危害を加えなくて済む」

「ルナークは死を恐れない。ルナークは不死身である。ルナークは実験目的以外で有機生命体に危害を加えない」

 私は異空間から大型の銃身を取り出し、構えた。

「黙れ!」

 私はルナークにマシンガンを浴びせた。

 連なる薬莢が銃身に吸い込まれていく。

 マズルフラッシュが瞬く。硝煙の奥で、肉が弾ける。

 熱い空薬莢が銃身の右側面から勢いよく飛び出し、地面に散らばっていく。

 私は怒りに任せて、空薬莢を魔力で保護した足先で蹴り飛ばした。

 空薬莢は、カラカラと音を立てて転がっていく。

「なら、お前はどうしてほづみや美月を襲ったのよ!」

 私は引き金からいったん指を離し、腹の底から叫んだ。

 ルナークの肉体は瞬時に再生し、淡々と言葉を紡ぐ。

「先に述べた通り、実験のためである」

 ルナークは猪首を小さく傾げた。

「葉山ほづみや栗原美月の精神が崩壊した結果を観察するためである」

「……ふざけないで」

 こいつには、人間の気持ちなんてわからない。

 私はルナークの頭部に狙いをつけ、引き金を絞る。

 牛型の頭を吹き飛ばし、殺した。

「何故、刈谷かなえは、無意味なことをするのか。実験活動であるならば、納得がいくが、貴様は感情的な行動をしていると推測される。あるいは、ルナークの力を得るためだろうか。それは構わないが、しかし、貴様がルナークの力を得て、何が変わるのだろうか。肉体と精神に負荷がかかるだけではないのか」

「お前が契約できないようにするためよ」

「刈谷かなえの行動は私欲的である。有機生命体は相応の代償をもってしても願いを叶えることを望む個体がある可能性を理解していない」

 私は耳を貸さない。ルナークを殺意のこもった瞳で睨みつける。

「知ったことか。私はお前を、何度でも殺してやる」

 ルナークが蘇生するたびに、ルナークに風穴を開け続ける。

 私は、目の色を紅く輝かせ、気の済むまでルナークを怖し続けた。私はルナークから力を極限まで強奪してから、結界を解く。私はほづみの傍に駆け寄った。「ほづみ!」

 私は、泣き叫ぶような声で、ほづみの名前を連呼する。左腕でほづみを抱き起こす。ほづみは目を覚ました。

「かなえ、ちゃん……」

 私はほづみの右の掌を、私の右手で包むように握った。少し、震えている。怯えているのかもしれない。

 ……当然だ。ほづみは、自分の記憶とこころに困惑しているのだろう。

 けれど、ほづみは私に寄り添おうとした。

「ねえ、かなえちゃん。もっと、近くに来て」

 ほづみの嗚咽を無視して、背を向ける。

「美月、朱莉、あなた達に、ほづみを預かってほしい」

「……いいけど、ほづみんは嫌がってるよ?」

「ほづみのことを思って言っているの。お願い」

「なあ、かなえ。強がってもしょうがねえだろ?」

「強がってはいない。ただ、怖いだけ」

「怖い?」

 ほづみに嫌われるのが怖いだけ。たったそれだけのこと。

 ほづみに呼び止められる前に、私は転移した。

 小さなほづみの声が聞こえた気がするけれど、もう遅い。

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▼本編▼
ルナークの瞳:かなえのこころ(第一幕)
かなえさんのお茶会(番外編)
ルナークの瞳:かなえの涙(第二幕)←いまここ
かなえさんの休日(番外編)
『ルナークの瞳:かなえのこころ』反省会(※非公開)
ルナークの瞳:美月の笑顔(※非公開・没稿)
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