序 螺旋階段(LOOP)
はじめに(諸注意)
第一幕→N5816DP シリーズ一覧か下記リンクから読めます。
本稿には以下の要素が含まれています。
①軽度の百合?
②かなえさんがふきとぶ
③校閲してもし足りない部分
④誤字・脱字の見落とし? その他
なるべく抑制的に描写するよう心がけていますが、念のため「R15」タグをつけておきます。
以上の要素が苦手な方、精神が疲弊している方、十五歳未満の方は、ブラウザバックを推奨します。
本稿は三六文字×四〇行の縦書き形式で読むことを想定していますが、横書きでも可です。
例えば、算用数字やアルファベットは、縦書きを想定しています。ご容赦下さい。
本稿はフィクションです。実際の人物・団体等とは一切関係ありません。
※現状、書き下ろしです。二重投稿する際は、ここか、あらすじに追記します。
※物語は完結済みですが、ところどころ校閲途中の部分があります。あらかじめご了承下さい。
著作権表記
(C)賀茂川家鴨 無断転載禁止
(C)KAMOGAWA.Ahiru NO COPY
主要人物
刈谷 かなえ
葉山 ほづみ
栗原 美月
坂場 朱莉
周辺人物
滝沢 小百合
城井 智子[出番なし]
山河 鈴白
ルナーク
~前回のあらすじ:結末まで〈七九八字〉 とばしてもOK! ネタバレ注意!~
十六歳の少女である刈谷かなえは、葉山ほづみを魔物から救うために距離を置いていた。しかし、突如現われた魔物に襲撃され、葉山ほづみの傍に身を置くことにする。
刈谷かなえはルナークと契約して葉山ほづみを蘇らせた代償に、人の器を持った悪魔となっていた。刈谷かなえは、最果ての魔女がほづみを殺すために魔物を放っていると思い込んでいた。だが実際は、自らがほづみの傍にいるために呼び寄せた下級の使い魔が原因だった。
いかなる人間も、精神に絶望や怨恨を溜め込むと、魔物に変貌する。魔物は負の概念が具現化したものであり、欲望のままに生命を食らう。契約者である刈谷かなえは葉山ほづみを守るために、暴走する魔物を狩り、精気を奪い、自らの生命を延ばす。
刈谷かなえは、自らの願いで葉山ほづみが何度死んでも蘇る身体にし、葉山ほづみを殺し続けたのが自分であることを思い出す。刈谷かなえは結界に葉山ほづみ達を閉じ込め、時間の流れを切り取ってしまう。
葉山ほづみはルナークとの二回目の契約で刈谷かなえの永遠の不幸を望んだため、刈谷かなえが結界を解くと葉山ほづみは消滅する呪いを受けている。しかし、結界を解かなければ、刈谷かなえは自らの家族と会えないし、新年を迎えられない。見かねた栗原美月は刈谷かなえの呪いを解く。
葉山ほづみは三度目の契約を果たし、代償により暴走する。刈谷かなえと栗原美月はこれを止める。ルナークは、刈谷かなえが二重人格であることを、栗原美月に暴露する。栗原美月心身ともに疲弊し、魔力を使い果たして魔物と化す。坂場朱莉は栗原美月の一撃で魔物となる。
刈谷かなえは自身に精気と魔力を分け与えた葉山ほづみを仮死状態で保存する。刈谷かなえは栗原美月と坂場朱莉を打ち倒し、後に現われたルナークから力を奪う。刈谷かなえは新しく得た力で、三人の蘇生と平穏を願う。願いの代償を世界に振り撒き、刈谷かなえは拳銃で脳天を撃ち抜き、自害する。
延々と続く階段を、上っては、下りている。
ほづみも美月も朱莉も、もう誰も、私のことを信用してはくれないだろう。
みんな、私のことを恨んでいるに違いない。
ごめんなさい……。謝っても、もう、仕方のないことだけれど。
暑い……。
重たい汗が、私の服を濡らす。
階下には、白く滾り、私を待ち受けるマグマが満ちている。
並みの人間なら、すぐに肺を焼かれて死んでいるだろう。
私は悪魔だ。これくらい、どうということはない。
もちろん、魔力が枯渇していなければの話だけれど。
腰辺りまである黒髪をかき上げ、濁ってしまった闇色の瞳を一点に見据える。
飲まず喰わずで、何年この世界を渡り歩いたのだろうか。
左手の中指に嵌めた翡翠色の指輪を見下ろした。
かつての輝きを失い、宝玉は色味を失っている。
魔物はどこにも見当たらない。生命力が尽きるのは時間の問題だろう。
足が棒になっても、私はひたすら歩き続けた。
「ほづみ……どこにいるの?」
呼びかけても無駄なことはわかっている。けれど、抗鬱薬のない今、希望を信じていないと、私は気が狂ってしまうだろう。
いいえ、もしかしたら、もうすでに気が狂っているのかもしれない。
だから、私はこんな自分でも愚かだと思う願いを叶えた。叶えてしまった。
私のすべてを犠牲にして、世界に絶望の呪いを振り撒いた。
その代わり、ほづみ達は、きっと生きているだろう。それが唯一の救い。
でも、もう、三人には会うことすらできない。
だから、私の願いが叶えられたかどうか、確認することができない。
延々と続く階段を越えると、暗い森の中に出た。
強い雨が降りしきり、私の身体を濡らす。
ここはどこだろう。異空間にしては、現実世界のような場所だ。
もしかしたら、魔物の結界の中なのかもしれない。
振り返ると、今まで来た道はなくなっていた。
私には、前に進むことしかできない。
もう魔力も体力も限界だけれど、それでも歩を進める。
「ぐっ……」
木の根元に足をつっかけてしまい、派手に転ぶ。
黒のゴシックドレスに着いた泥を払う。私の魔力を吸うこの衣服は、不思議と動きやすく、生地が切れても、汚れてしまっても、勝手に再生する。最期くらい、綺麗な姿で華やかに散りたいと思う。
気力を振り絞り、よろよろと立ち上がった。
「まだ……」
歯を食い縛り、一歩、また一歩と先を目指す。
ここで倒れたら、おそらく私は死ねるだろう。
永く辛い悪魔の呪いから解放されるかもしれない。
私のこころは、生を送ることと、地獄に落ちることとを、天秤にかけてみた。
……ここで死ぬことには、納得していない。
ほづみがいる。美月や朱莉だっている。私には、ほんとうの家族がいる。せっかくできた、数少ない家族を、手放すわけにはいかない。
……手放すわけにはいかない? 何を?
何を考えているの。
いまの私にはもう何も残っていない。
これ以上、何を手放すというの。
全世界の人々が私を恨んでいるかもしれない。もし、そうではないとしても、私は誰からも忌み嫌われ、蔑まれる存在であるべきだ。
人々のこころに絶望を植えつけてしまったのだから。
雨風が強まり、雷が轟く。
激しい天候は、私の表情を歪ませ、私の魂を削りとっていく。
その調子よ。
せいぜい苦しめて殺しなさい。
とうとう耐え切れなくなって、地面に倒れふした。
身体の芯に宿る暖かいものが、急速に冷えていくのがわかる。
あと少しで、私は無に還る。
ほづみには美月と朱莉がついている。
私の大切な家族なら、ルナークの横暴を阻止できるだろう。
目が霞んできた。意識が朦朧としている。
けれど、思い描いたほづみは、最期まで優しい言葉を投げかけてくる。
『わたしは、ずっとかなえちゃんの傍にいるよ。どこにもいかない』
ほづみと約束した。私はいつでもほづみの傍にいる。
人生を捨てても、魂を削っても、世界を敵に回そうとも、ほづみを守り、ほづみを愛し、ほづみのために生きて、ほづみのために死ぬ。
『かなえちゃんは、みんなに悪いことをしたかもしれない。でも、かなえちゃんは、わたしたちにとって、かけがえのない友達なんだよ』
頭の中に響くほづみの声は、涙を押し殺したものだった。
だめ、こんな妄想に騙されてはいけない。
私は誰にも必要とされていないのだから。
でも……もう少しだけ、ほづみの傍にいたかった。
暗く濁った瞳から、熱いものが流れ落ちていくのを感じた。
涙は雨水に溶け、頬を伝い堕ちていく。
『ほづみ。私にもまだ、涙を流すことができたみたい』
届くことのない思いを、ほづみの声にぶつけた。
『やっぱり、かなえちゃんは、優しいな』
思い描かれたほづみに手を伸ばす。ほづみは、暖かい、うららかな光を放っている。ほづみの掌は、やわらかく、虹色の輝きを帯びている。私の指先が、ほづみの指先と触れ合う。さようなら、ほづみ。ありがとう。
『諦めちゃだめだよ、かなえちゃん!』
「……ほづみ?」
ふと、景色が変わる。私は、白と黒の格子状の廊下で寝ていた。
寝返りを打つ。身体が軽い。
指輪を見下ろすと、仄かに翡翠色の輝きを放っている。
枯渇していたはずの魔力が回復している。
「まさか、そんなこと……」
ほづみ、あなたは、まだ、生きろというの?
諦めてはいけないというの……?
ほづみの願いなら、まだ諦めない。
ほづみが望むなら、まだ頑張れる、
休息を求める身体に鞭を打ち、出口を探して歩き出す。
でも、どうすればいいの……。
いつまでも、出口が見えない。
息が上がり、壁に背をもたれて、うずくまった。
悪魔の身体は、何も食べなくとも生きていけるし、シャワーを浴びなくとも清潔を保っていられる。老化現象は止まり、これ以上、大人になることも、おばあさんになることもない。魔物や小動物、あるいは人間を殺し続ければ、半永久的に生きられるだろう。
けれど、こころは、人間らしい生活を捨てきれるほど、強くはなかった。
水が飲みたい。食べ物が食べたい。お風呂に入りたい。友達と会話がしたい。
日に日に壊れていくこころとは裏腹に、肉体は健康そのものだった。
誰にも頼らないと決めた。
でも、もし、助けてくれるのなら……。
私を許さなくてもいい。けれど、私のことを一瞬でも信じてくれて、私が信じてもいいというのなら、私は……〈あなた〉に頼りたい。
ひとりで異空間に閉じこもって、みんなを見捨てることなんてできない。
『お願い。誰か、助けて……』
たったひとりで、すすり泣いていた。
誰も助けに来るわけがない。
そんな都合のいい話はメシア理論で十分だ。
『あたしのことは、ちゃんと名前で呼んでほしいなあ』
また幻聴が聴こえてきた。
今度はほづみのときよりはっきりしている。
栗原美月の相変わらずのんきな声音が脳裏に響く。
『……美月。ごめんなさい。あなたには迷惑をかけた。正義を貫き通すあなたにとって、私がしたことは到底許されないことだと思う。でも、後悔はしていない。私はあなた達の命を救いたかった。残酷で、身勝手な願い事よ』
『そっか。かなえちゃんはそう思ってたんだ。でもさ、あたしはむしろ、あんたにお礼が言いたいんだよね。だって、命の恩人だよ? あたしがかなえちゃんを責める理由なんて、どこにもないよ。もちろん、かなえちゃんは世界に対する責任がある。でも、かなえちゃんがいなくなったら、誰がこの世界を救うのかな?』
『それは、そうかもしれないけれど……でも、美月』
「呼んだ?」
右前方の壁が吹き飛び、栗原美月が歩いてきた。
「ちょ、あなた、どうやってここに来たの?」
「うーん、それが、あたしにもわかんないんだよねー。なんとなく異空間を散歩していたら、たまたまかなえちゃんの声が聴こえてきたもんだからさ」
「寂しかった……」
美月に飛びついて、強く抱きしめた。
でも、まだ、泣くには早い。
少しばかりの笑顔で感情をごまかす。
「よしよし。あたしもかなえちゃんに会いたかったよ」
ほづみとは少し違う、美月特有の柔らかな感触と、柑橘系の香りが、私のこころを満たしていく。絶望に染まっていたこころが、少しずつ晴れていく。
美月に介抱されるがまま、じっとしていた。
「そろそろ動かない?」
「もう少し、このままでいさせて」
「うん? しょうがないなあ。でも、こういうのはほづみんとやりなよ」
美月のふわふわとした栗色の髪が、頬に触れる。
沈黙にむずむずしていた美月は、言葉を思い出したように口を開いた。
「かなえちゃんがこの空間から出られなかったのは、強固な結界のせいだよ」
「結界? それは変よ。魔物の結界程度、私の力があれば突破できるはずよ」
「そのへんの魔物の比じゃない。ものすごく大きな結界で、ぐるぐると同じような道を回っていたら、いつまでも出られないと思う」
「そう……でも、美月、あなたは平気なの?」
「まあ、それはほら、スーパー美月ちゃんだから」
「あながち間違いではないかもしれない」
美月は照れ臭そうに、へらへらと笑っている。
「え、そうかな? まあ、確かに、この結界は結構手強いけれど、あたしの結界に比べたら、まだまだだと思う。でも、かなえちゃんだって負けてないよ。あたしと戦ったときだって、かなえちゃんは疲れて本気を出せなかっただけだと思う」
「そうかもしれないけれど、いまの美月は私より強いかもしれない」
「本当かなあ。実感ないけど……。まあいいや。いまから、あたしは『かなえちゃんをほづみんのところに連れて返る作戦』を実行に移すね」
「長い名前……誰が考えたの?」
「あたし!」
「だと思った」
美月は私の身体を両手で抱えると、美月が開けた穴へと飛び込んだ。
穴の奥には白い光が広がっていて、ほづみがこちらに微笑みかけてくる。
「ほづみ!」
手を伸ばすと、ほづみと美月は蝶になり、天に舞った。
激しい荒波に揉まれ、身体がふわりと浮き上がっていくのがわかる。