また、明日
「……さん! コンノさんってば!」
頭上から降り注ぐ声に、はっと目を開く。
「もう、コンノさんてば、そんなところで寝たら風邪ひきますよ」
心配そうに声をかけてきたのは、『ニューカレでコケた子』こと一年の吉川千尋さん。
「付喪神が風邪なんかひくのか」
呆れ顔で指摘してくるのは、『実力派幽霊部員』こと三年の今野吉隆くん。
二人とも、数少ないボクの友人であり、「漫研仲間」だ。
「あれ……ボク、寝てた?」
頭を振り、一つずつ状況を整理する。
ここはクラブハウスの三階突き当り、漫研の部室。そして今は放課後で、確かついさっきまで――卒業生本の原稿に追われる二人の手伝いをしていたはずだ。
「気づいたら机に突っ伏して寝てたから、びっくりしましたよ。コンノさんも居眠りするんですね」
トントンと原稿用紙を揃えながら、吉川さんが笑う。どうやら無事、原稿が仕上がったらしい。
「他の部員が入ってきたらどうするんだ。まるっきり不審者だぞ」
机の上の消しゴムかすを払いながら睨んでくるヨシくんは、一足早く原稿を終えていたようだ。
「その時は上手いこと誤魔化してよ。ところで二人とも、卒業本の原稿、終わったの?」
「何とか間に合いましたー」
「今年は二人だけでよかった。去年は六人もいたから、描くのも製本するのも大変でな」
『毎年一人は五年生を出す』という漫研のジンクスを突き破り、見事卒業の決まった四年生二人。堀内くんは内定がなかなか取れず、下級生相手に管を巻いていたし、伊藤さんは卒業論文にダメ出しされて、それはもう盛大に嘆いていた。
彼らがボクを知らなくても、ボクはずっと忘れない。彼らがここで過ごした四年間を。
泣いて笑って、時に対立して。それでも最後には笑い合って、そうしてここを去っていく、愛しき「仲間」達。
そう、あの時も――あの時? どの時だっけ。
「コンノさん、何かいい夢見てました? 楽しそうに笑ってましたよ」
夢――そうか、ボクは夢を見ていたのか。
「そうだね。なんだか、懐かしい夢を見ていたみたいだ」
今となっては、もう思い出せないけれど。夢の中でボクは、なんだかとても楽しくて、そしてどこか――悲しかった、気がする。
「さあて、原稿も無事終わったことだし、打ち上げでも行く?」
「残念ながら、今日はこれからバイトだ。無理言って遅出にしてもらったからな」
さっさと帰り支度をして出ていこうとするヨシくんに、吉川さんが慌てて原稿を事務机の引き出しにしまい込む。
「わわ、待ってくださいよぉ! 私も帰りますってば!」
あたふたと広げていた荷物を鞄に詰め込んで、椅子を蹴倒す勢いで部室を後にしようとする吉川さん。そのまま飛び出していこうとして、慌てたようにこちらを振り返る。
「あっ! コンノさん、また明日!」
「はいはい、また明日」
それは呪文だ。ボクをここに引き留めてくれる『魔法の言葉』。
「吉川、置いてくぞ」
「今行きますってばー!」
今度こそドアを閉め、バタバタと駆けていく吉川さん。やれやれ、ヨシくんの方は挨拶もなしか。でもまあ、それも彼らしい。
彼は決して口には出さないけれど、ちゃんと信じてくれているんだろう。ボクが勝手に消えたりしないってことを。
「さてと。電気と戸締りくらいはしてあげないとね」
どちらも見事に忘れて帰っていった二人の代わりに、窓を閉め、内側からドアの鍵を閉めて、最後の仕上げに照明を落とす。
暗闇に包まれた部室の中、仮初めの肉体が夜に融ける。そうしてボクは本体――窓際に飾られた白狐の面――へと戻って、孤独な夜を過ごすのだ。
『また、明日』
自分に言い聞かせるように呟いて、そっと意識を閉ざす。
明日もまた、二人に会えますように。そう祈りながら。
閑話・狐面は極彩色の夢を見るか?・おわり
突然の過去話となりましたが、「コンノさんと冬コミ」で登場した「コスプレOB」こと本嶋さんの、現役学生時代のお話です。
自分が大学生だった頃より前の時代を想定して書いているので、携帯やPHSもなく、榊さんが音楽を聞いているのもカセットテープです(笑)
さて、「謎の狐面」追跡調査ですが、どうも漫研に狐面が持ち込まれたのは「1992年より後」のようです。なかなか核心をつく情報に当たりません。ますます気になる……。
※なお、記念本掲載時は在学中のPN「うみはら流」で載せております。