第5話 【喫茶ジェリー 来店】
鷹一たちの通う大学から路線バスで30分。
鷹一たちは目的地である、最寄り駅に着いていた。
「何回来てもここはいろいろあるよな」
「というよりうちの大学の周りに何もないんだろう」
「さーてと!向かいますかねー」
大学周辺に対して厳しい評価をする鷹一をよそに、友助は最初の目的地へと向かっていた。
鷹一は少し遅れて友助の後を追おうと歩き出すと、曲がり角の死角から現れた人とぶつかり、尻餅をついてしまった。
「おわっと!・・・いてて」
「ん?なんだ、大丈夫か?」
「ああ、すみません。大丈・・・え?」
ぶつかった相手と思しき相手から声をかけられ、鷹一は声のするほうへ顔を向けると、そこにあったのは巨大な壁だった。
「悪いな、死角だったからか全く気付かなった。ほら、立てるか?」
そう言いながら、壁のように巨大な人物は鷹一に手を差し伸べてきた。
その人物の手を借りながら立ち上がった鷹一は、立ち上がってもなお見上げるその人物に驚嘆した。
鷹一は立ち上がってからようやくその人物をしっかりと見たが、体格通りの厳つい風貌だった。
少し気圧されるも、鷹一は自分に送られる視線から優しさを感じていた。
「よ、鷹一!?何があったんだ!?」
「友助?」
すると、先に進んでいた友助が血相を変え、走って戻ってきた。
それに気づいた厳つい人物は鷹一に話しかけてきた。
「友人か?」
「え?あ、ああ」
「そうか。友人を待たせるのもあれだから、これで失礼しよう。これからはお互い気を付けようか」
それだけ言うと厳つい人物はゆっくりと去っていった。
鷹一はただそれを見送るだけだった。
その後、友助と合流して、何があったのか説明しながら、最初の目的の店に歩みを進めた。
「いやー、鷹一がガラの悪いおっさんに絡まれてるのかと思って驚いたよ」
「俺も最初はびっくりしたさ。まあ悪い人じゃないみたいだったし、何ともなかったけど」
「しっかしあのおっさん、どっかで見たことあるんだけどなあ・・・」
友助の言葉は鷹一に独り言と取られてしまい、鷹一の耳には入らなかった。
そして、鷹一と友助は最初の目的地、『喫茶ジェリー』に到着したのだった。
「やっぱりこの喫茶店は駅からちょうどいい距離だよな、ほら着いたぞ」
「ん~・・・ん?おお!待ち焦がれた『喫茶ジェリー』!」
「待ち焦がれたって言っても俺たちから足を運んでるんだけどな」
そう言いつつ、鷹一は入店しようと店の扉に手を伸ばす。
「ちょー!?鷹一!まだ心の準備が!」
「そんなの待ってたらいつまでも入れないだろ」
鷹一は躊躇する友助の首根っこをつかみ、容赦なく引きずり、店の扉に進み、扉を開ける。
友助は咄嗟のことで思考が追い付かず、慌てふためいている。
「え!?待とう?ね?マジで!」
「いらっしゃいませ。あれ?君たちは・・・」
鷹一は友助を引きずり、入店すると扉に付いている鈴がチリンと澄んだ音が鳴り響く。
するとすぐさま店の奥から声がかかり、店の奥から顔の両サイドを大きめの水色のリボンでまとめている小柄な女性が姿を現した。
その女性は幼さの残る顔つきながら、大人の色気を感じるような雰囲気だった。
「み、みうさん!」
友助が店の奥から姿を現した、毎回来店する理由の人物である女性の名前を嬉しそうに漏らす。
月島みう。
月島はこの『喫茶ジェリー』を数人のアルバイトと共に経営している。
20代と、まだ若いながらに両親が経営していたこの店を切り盛りしているという。
『喫茶ジェリー』は店の雰囲気も良く、老若男女様々な客層に愛され、女性客には月島自身が毎朝手作りしているパンが受け、男性客には友助同様、月島自身の魅力にやられ、一日でも多くご尊顔を拝もうとリピーターになっているため、運営はうまくいっているらしい。
鷹一自身もパンとコーヒーの旨さを気に入って、準リピーターのように来店している。
「確か、前来てくれてた学生くんね。でもまだ午前中だけどどうしたの?」
「いやーその」
友助は憧れの月島に答えづらい質問をされ、たじたじになる。
事情を察したのか、月島は呆れたような、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
「ははぁ。君たちサボりだな?ダメだよ、ちゃんと授業出なきゃ?」
「え!?いや!ちょうど講義が空いたんで、せっかくだしみうさんのパンを昼食に食べたいなって!思って!」
「友助・・・」
必死に取り繕う友人の姿に呆れ果てる鷹一だった。
そんな友助の言葉に納得したのか、月島は改めて接客を始めた。
「ふふっ、じゃあそういうことにしておきますね。それで今日は?お店で食べていく?お昼には少し早いから待たせることもないけど」
店内は焼き立てのパンが置かれているスペースとカウンター席、テーブル席と分かれており、今はパンを選んでいる女性二人と、カウンター席に新聞を読みながらコーヒーをすすっている老齢の男性。それからテーブル席に三人組の妙齢の女性たちがいるぐらいで全体的にがらりとしている。
食事時の時間帯であれば、パンを買い求めに行列ができるほどの人気店だが、鷹一たちは昼食時よりも1時間ほど早い時間に来店しており、鷹一は店内で食べるのも悪くないなと考えていた。
「ご迷惑じゃなければ店内でいただきます!」
「ふふふ、面白いのね、君。お客様を迷惑なんて思わないからゆっくりしていって。お友達もそれで大丈夫?」
敬礼でもするのではないかという勢いで反応を示す友助。
そんな友助にほほえましく対応し、月島は続けて対応しようと鷹一へと向く。
そして月島と目が合った瞬間、鷹一の体の芯がざわりと騒ぎ、とっさに反応ができない。
気持ちの悪いものではない、ただひどい違和感を感じた。
月島の言葉になかなか反応しない鷹一を不思議に思った友助が話しかける。
「どうした、鷹一?」
「・・・ん?あ、ああ、俺もそれで大丈夫です」
「そう?大丈夫ならいいけど・・・じゃあ好きなパンを選んでね」
月島はそう言って店の奥へと戻っていった。
鷹一はそんな月島を見送りつつ、いまだ体に残る違和感はなんなのかわからずじまいのまま、駅周辺の中でも一際評判のいいパンを友助と選んでいくのであった。