第4話 【知念朱花の異変】
講義の終了を知らせるチャイムが学内に鳴り響く。
あの後の講談の内容は自分が地域貢献を望んだからこそ今の会社があることや会社の今後の話などを神崎が話していくという、特に変哲のない講談だった。
「神崎さん、終わりのチャイムが鳴ってしまったのでそろそろ・・・」
神崎の講談中、一言も発さなかった伊藤教授が講談の終わりを神崎に伝える。
最後の最後まで伊藤教授は腰の低い態度のままであった。
「ああ、もうそんな時間ですか。ついつい話し込んでしまった」
そう言われた神崎は一度伊藤教授に反応し、前に向き直し、言葉を続けた。
「今日はご清聴、ありがとうございました。先ほども言いましたが、もっと掘り下げた話もできるでしょうし、よければいつでも話を聞きにいらしてください。それでは」
神崎は軽く一礼し、伊藤教授を伴い、扉に向かった。
そして神崎が退出する直前、ちらりと鷹一を一瞥してから退出していった。
二人が退出するのを確認すると、急に教室内がガヤガヤとし始めた。
「・・・やっと終わったか。1限目からドッと疲れたわ」
鷹一は背もたれに体重をかけ、ぐったりと寄りかかる。
力を抜きつつ、周囲のがやつきに耳を傾けると、鷹一の周囲では今回の講義内容について話している学生ばかりだった。
「あんな胡散臭い男の胡散臭い話にこれだけ盛り上がれるとはな。あの神崎とかいう人、カリスマはあるのかもな。どう思うよ、朱花?」
隣で静かに講義を受けていた朱花に声をかける。
だが、朱花からの反応は少しだけ間があった。
「・・・え?ああ、そうだね」
「・・・なんか朱花、講義が始まってから変だぞ。どっか悪いのか?」
空気の抜けたような反応をする朱花。
そして心なしか鷹一には、そんな朱花の顔色が悪いように見えた。
「ううん。大丈夫、だよ。・・・それじゃ私次の講義あるから行くね」
「あ、ああ」
そう言い、荷物をまとめ、そそくさと教室から出て行ってしまった。
それを追うように他の学生もぞろぞろと教室を出ていき、残っているのは鷹一を含めた次の講義がない学生たちのみとなっていた。
鷹一は朱花に何も言うことができず、そのまま教室を出る朱花を見送った。
「なんだか変な感じだったな、朱花」
「どうした?なんかあったのか?」
ともに講義を受けていた友人たちと別れた友助が鷹一に話しかけてきた。
「いやちょっと、講義の間から朱花の様子がおかしくてな」
「え?でも講義が始まる前はいつも通りだったよね?」
友助はあごに手を当て、講義前の朱花のことを思い出していた。
「講義中に体調崩したとかじゃないか?」
「そういう感じではなかったんだよな。なんか精神的にやつれているというか・・・」
「精神的に?うーん、それならパーッと楽しいことやれば気が紛れそうだけど・・・そうだ!」
友助は何かを思いついたのか、手を一つ打ち合わせる。
「ん?どうした?」
「久しぶりに三人で飯でも行こうぜ!なんだかんだで最近行ってなかったし」
友助からの提案は思いのほか、悪くない案だと鷹一は感じた。
ただ一瞬今朝と同じような違和感を少しだけ感じたが、鷹一は気のせいだと思い、気にしないようにした。
「三人で飯か。久しぶりにいいかもしれないな。いつ行く?」
「俺は今日バイトもないし、予定も空いてるからできれば今日がいいな。鷹一は?」
「今日か?んー」
鷹一はこの後の予定を思い出す。
この後は2限、3限と空き、4限、5限に講義があり、それが終わればその後はフリー。5限の終了時間は18時と少しだけ遅いが、食事には十分間に合うだろうスケジュールだった。
鷹一は友助にも念のためスケジュールを聞くことにした。
友助は4限までは鷹一と同じようなスケジュールで4限が終われば、その後はフリーになるスケジュールだった。
普段ならその日の講義終わりでアルバイトに直行する友助だが、今日はアルバイトが休みらしく、今日の夜は都合がいいらしい。
「じゃあ朱花にも今日の夜空いてるか聞いてみよう」
「うん、頼むわ。いやー久しぶりの三人飯だし、どこがいいかなぁ。楽しみだ!」
友助はこの後の夕飯でどこで食べるのがいいか、ああでもないこうでもないとぶつくさ言いながらうんうんと悩んでいた。それはそれは心底楽しそうに。
鷹一はそんな友人想いの友人の姿を横目についつい笑みがこぼれる。
そして上着のポケットにしまっていたスマートフォンを取り出し、朱花に今日の夜の食事のことと予定の確認のメッセージを送る。
メッセージの送信完了を確認すると、また上着のポケットに戻す。
「よし、とりあえず朱花にメッセージは送っといたから、あとで返信来るでしょ」
「うーん、どうするか・・・そうだ!」
鷹一の言葉を聞かずに悩む友助はまた何かを思いつくと、鷹一にずずいと顔を寄せてくる。
「鷹一って4限までは空いてるよね?それならこのあと駅前のほうに行ってみようよ!」
「え?今からか?」
友助の唐突な話に頭がついていかない鷹一だったが、詳しく聞くと直接最寄り駅の駅前を見て回って今日の夜にどこで食べるか実際に見て回ろうということらしい。
というのも鷹一たちの通うこの大学は郊外にあり、周囲に食事のできる店が少なく、様々な種類の店が立ち並ぶ最寄りの駅前で食事をすることが通例になっていた。
ただそれとは別に友助がなぜ今行きたがっているのか、そのことに心懸かりが鷹一にはあった。
「とか言いつつ、いつもの店に行きたいだけなんだろ?」
「あっ・・・ばれてた?」
「俺といるときだけしか行かないもんな、あの店」
「いやー、そっちも最近行けてなかったからね、久しぶりにと思って」
あっさりと目論見を見抜かれた友助は苦笑いをしながら頭をかいている。
大学入学後から友助がはまっているという店というのが、パン屋兼喫茶店をやっている『喫茶ジェリー』
その店はなぜか他の友人たちでなく、鷹一と一緒にしか来店しない不思議なこだわりがあるらしい。
「ちゃ、ちゃんと今日の店は探すから!ね!ね!」
そう言いながら友助は手を合わせ、懇願してくる。
「別に行かないとは言ってないだろ?」
「ははー!ありがてえ!」
「まあ、とはいえ朱花から行けるって了承が取れればだけどな」
そんなことを話していると、鷹一のスマートフォンが震える。
鷹一はスマートフォンを取り出し、着信の内容を確認すると、朱花からのメッセージの返信だった。
返信の内容は「今日は4限で終わるからそのあとは空いてるし、参加できるよ。お店とかは決まってる?」と書かれていた。
「朱花も空いてるから夜は来れるみたいだ」
「お!じゃあ早速向かおうぜ!」
友助はいつの間にか荷物をまとめ終え、すでに支度を済ませていた。
そんな友人の姿に呆れつつ、鷹一も荷物をまとめ、朱花に返信する。
「時間はだいたい19時ぐらいで店は決まったら連絡するよっと」
「それじゃ朱花ちゃんにも連絡したし、さっそく行きましょうか!」
友助が目をきらめかせながら、急かしてくる。
「そう急かすなよ、店は逃げないんだから」
友人のたまに見せるあどけない姿にほだされながら、移動を開始した鷹一。
何気ない話をしながら、店探しへと繰り出すのであった。