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趣味嗜好は人それぞれ

 シオンは涼しい顔で、まぁいいけど、と肩を竦めた。


「意地を張るのはゲイリーの勝手だし。でも俺はリナベルのことを気に入っているから、彼女の気を惹きたいんだよね」

「はぁっ? お前本当にどうしたんだよ? こんな不器量な女が気に入ったなんて、頭がおかしくなったとしか思えない。リーナみたいに素晴らしい美女を知っているのに、よくもまあこんなのを目に留めることが出来るなっ。あり得ないっ! 絶対にあり得ないっ!」

「いやいや―――」

「いやいや、じゃないぞ、シオンっ? お前の目を疑うよ。僕はお前の親友として心配して言っているんだ。何を血迷ってこんなブサイク眼鏡……っ!」

「あー、ゲイリー……。俺はリーナとリナベル、この二人を同じくらい好きなんだ。うん、同じくらいというか、全く完璧に同じ『好き』だな」

「……っ!?」


 リナベルは目をひん剥いて固まっているゲイリーを一瞥してから、シオンを睨んだ。


「ちょっと、シオンさんっ」

「シオンさん? 言ったでしょ、リナベル―――」

「シオンっ。いいかげん、うちの坊ちゃんを揶揄うのはやめてちょうだいっ。あなたが意味ありげな言い方をする度に、話がこんがらがっていくんですからね? 確かにこの人は甘やかされたおバカな傲慢男だけど、根が単純だからあなたのいいかげんな話に振り回されて、ほら見て下さいよ。魂が抜けかけてるじゃないの」

「いいかげんって酷いなー。事実なんだけど?」


 シオンを諌めるだけのつもりが微妙にゲイリーへの悪口混じりになってしまったのは仕方ないだろう。リナベルだって聖人君子ではないのだ。目の前で散々こき下ろされた以上、多少の悪意は大目に見てもらいたい。


 だが、ゲイリーはリナベルの言葉に飛び上がって反応した。


「だ、だ、誰が甘やかされたおバカな傲慢男だって!?」

「あー……失礼しました。つい本当のことを」

「ななななんだとーっ!? 今日という今日は許さないぞ、リナベルっ! お前みたいなブサイク女っ、シオンが気まぐれを起こして少しくらい構ったからって、いい気になるなよっ?」

「いい気になんかなっていませんよ。どっちかっていえば、この人には迷惑してるんですからねっ」


 リナベルはニヤリと笑んで続けた。実は烈火のごとく怒っているのだ。


「それにしてもいつもいつも同じ悪口で飽きません? 語彙が貧困すぎてわたしには関係ないけど心配になっちゃいますよ。ほら、この間隠していた答案用紙が旦那様にみつかって大変な大騒ぎになったでしょう。また落第してあの光景を見せられるかと思うと……自分の部屋に五日間閉じ込められて、食事は薄いスープだけにするって激怒されましたもんねぇ。奥様が旦那様に『あの子が死んでしまいます。飢えて死んでしまいます。泣きすぎて病気になってしまいます。どうか許してやって下さいな』って訴えて赦してもらってましたけど、本当は可哀相な傷ついた息子のためにって、奥様が普段以上のご馳走をこっそり作らせるもんだからこっちは本当に大変でしたよ。豪華な差し入れ三昧でなかなか快適生活だったでしょうけど、お小遣いを減らされたのはかなり痛かったですよねぇ?」

「こ、この……っ」

「あらあら坊ちゃん、赤くなったり青くなったりずいぶん器用ですこと。見てるこっちの目が回りそうですわぁ」


 駄目押しに、オホホホ……と片手を口元に当てて高笑いを浴びせてやると、口も利けないゲイリーに代わってシオンが羨ましそうに、いいなぁ、と口を挟んできた。

 気を削がれてリナベルとゲイリーが目を向けると、シオンは不平がましく口を尖らせていた。この状況で何を羨まれているのかわからず、なんとなく一時休戦の空気になる。


「なんだよ、シオン。今の流れのどこに『いいなぁ』って要素があるんだ?」


 ゲイリーの言葉にリナベルも頷いた。


「そ、そうですよ。わたし達の言い争いを聞いててその発言はおかしいっていうか、変っていうか―――」

「本当に悪い物食ったんじゃないのか? いつも掴みどころのない奴だけど、ここまでおかしいのは初めてだ。まさか病気とか―――おいリナベル、うちの薬箱はどこにあるんだ? 何かいい薬とかないのか?」

「薬っていっても―――。……はっ? これってもしかして―――」

「な、なんだよ?」


 青い顔をしたリナベルが耳元に口を寄せてたった今思いついたことを言うと、ゲイリーはギョッとした顔になった。


「や、え? ……ええっ!?」


 暫く目を泳がせた後、不安げにシオンを見てから、意を決したように口を開く。


「あー……いや、そのぅ、ぼ、僕には全く理解できないが……そういう願望を持っていても……お前を見捨てたりはしないから。……友達として必ず更生させてやるから、な? いや、でも個人の趣味嗜好は尊重すべきなのか? 親友と見込んで、勇気を出して己の性癖を曝け出したんだろうし……でも、そんな性癖がバレたら―――世間に爪弾きにされてもおかしくない……うー……どうしたら……」

「ゲイリー」


 頭を抱えたゲイリーを、シオンは疲れた苦笑いで宥めた。


「なんとなくわかった気がするけど、お前の頭の中に繰り広げられている妄想は、完全に間違いだから。安心して忘れていいよ」

「……本当か?」

「うん。本当に」

「……強い女に踏みつけられたい願望はないのか? ひ、被虐趣味っていうか―――」

「ないから」

「じゃあ、鞭とか言葉攻めで興奮するってことは―――」

「……ないから」

「じゃあ、女装―――」

「ないから。全部ないから」


 疑わしげに親友を見ていたゲイリーは、何度もきっぱりと断言されて、安堵したように気の抜けた息をついた。


「まぁ、そこまで言うなら信じるけど―――いやぁ、びっくりしたぞ。生まれた時から知っているお前の、新たな一面を見たと思って肝が冷えた。勿論、お前が人に言えない性癖を持っていたとしても―――その、なんだ。僕は全力でお前を助けてやるつもりだったぞ? 具体的に何をどうするかは、まだ考えていなかったけれどもな」

「ゲイリー。お前の友情には心底感謝するよ。全くの的外れだったけどね」

「でも、じゃあなんで、リナベルなんかをリーナと同等に見てるなどと、わけわかんないことを言い出したんだ? 僕はお前が精神的に何か強い抑圧を受けてて、頭がおかしくなったのかと思ったんだぞ?」

「別におかしくはないと思うけど? これは個人の好みの問題だよ。俺の性癖や趣味嗜好がどうあれ、ゲイリーは受け入れてくれるんだろう? 俺はリナベルに興味があるからね。リーナのことも勿論大好きさ。でも彼女にはあまり―――そう、会えないからね」

「なんだよ、リナベル。お前が変なこと言って惑わすからっ」


 ゲイリーは親友が危ない趣味にはしったわけではないと一応は納得したのか、好みや趣味嗜好といった発言の方は無視して、置き去りになっていたリナベルを振り返って噛み付いた。

 不機嫌な顔で睨まれ、リナベルも言い返す。


「そもそもはシオンがわたし達を見て、いいなぁって言ったからでしょ? それにわたしは、怒られるのが好きなのかもって言っただけです。わたしは妄想でとどめたのに、具体的な中身のあれこれをわざわざ口に出したのは自分でしょ? 勝手に言ったくせに人のせいにしないで下さいよ」


 睨み合う二人にシオンは苦笑した。


「それもどうかと思うけど、俺がそう言ったのは二人の仲の良さに嫉妬したからだよ」

「「はぁっ!?」」

「ほら、まただ。息ぴったり」

「それはあなたが気持ち悪いことを言うからでしょっ?」

「そうだよっ。僕がこんな奴と仲がいいだの、息が合うだの、あり得ないぞ? やっぱりお前、どこかおかしいんじゃないのか? 目が腐ってる!」

「今のも俺的にはちょっと面白くないんだけどね―――まぁ、言っても二人には納得してもらえないだろうからいいけど。それより、あまりリナベルの仕事の邪魔をしてちゃ悪いんじゃないかな」


 そうそう、その通りだ。

 激しく同意するリナベルに、シオンはこっそり片目を瞑ってよこしてから、ゲイリーを上手いこと丸め込んで連れて行ってくれた。確かにうるさいのを連れて行ってくれるのは助かったが、俺たちの仲なんだから任せとけ的な空気が、どっと疲れを誘う。だが、文句をつけることもできなくて、リナベルは一方的に恩を売られたような釈然としない気分で、深いため息をついたのだった。




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